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ムーンライト・エンブレイス  作者: 空空 空
セカンドホームタウン
6/67

1-5

 少しの言葉を交わしながら、迷路の街を巡る。

そうして周りの様子を見ているうちに、ここが異世界なのだという実感も湧いてきた。


 というのも、この街はいわゆる“異世界”というものの印象から遠すぎる。

広い世界は空から落ちたときに見たそれきり。

今はずっとこの閉ざされた暗い街の中だ。


 しかし、行き交う人々に目を向ければ、ここが異世界なのはやはり確かなんだと分かる。

少なくとも地球では見ないような肌の色に、明らかに爬虫類のような姿をした人もいる。

そして、その誰もが同じ言葉を話し、その差異を当たり前のこととして受け入れている。

こういうところに関しては、きっと前の世界よりずっと進んでいる。

まぁそれだけ色々な人が居るということだ。

特にこの街は。


「にしても・・・・・・やっぱりこう・・・・・・閉塞感があるよなぁ・・・・・・」


 どうせなら、もっと思い切り土地を使って広々とした居住区にすればいいのに。


 すると、俺の言葉を聞いたリタがこちらを見上げる。


「・・・・・・そうですね・・・・・・。この狭さの理由を今から見に行きましょうか」

「え? 狭さの・・・・・・理由?」


 その言葉を聞いた俺が、何かを考えつく前にリタは進路を変える。

乾いた砂地を蹴って、その背中を追った。


 どこかに寄り道をするわけでもないので、目的地には十数分とかからずにたどり着く。


「ここ、は・・・・・・?」

「門、です」


 この街の閉塞感の正体。

高くそびえたつ、真っ黒な壁。

その質感はいかにも重苦しく、見上げるだけで息がつまる気がした。


「この壁は、街の四方を囲う・・・・・・いわば防壁です。汚染に追われた人たちの街ですから、当然何よりも恐れるのは汚染です。これは・・・・・・汚染自体に抵抗力は無いですが、少なくとも魔物には一定の効果があります。門を開ける知能が無い者にとって、この壁は大きな障害になるんです」

「なる、ほど・・・・・・」


 道理で強靭そうなわけだ。

ただ、俺が事情を知らぬ異世界人だからなのか、どうしても脳裏に気休めという言葉がよぎってしまう。

当然、それを言葉にすることはなかった。


 リタは壁の表面を包帯の手で撫でて続ける。


「この壁が最初に出来たものなんです。そして、ここに誰かがやってくるたびに建物が増え、やがて中を埋め尽くしました。地面が埋まれば、今度は上に。限られたスペースに三次元的に、無秩序に増築を繰り返した結果の出鱈目な構造なんです。この街の閉塞感は、ここに住む人たちにとっては安心なんですよ」


 リタの横に並び、俺もまた壁に手を触れる。

冷たく、表面はややざらついている。

その感触は、少なからず時の流れを感じさせた。


「リタは・・・・・・いつからこの街に?」

「・・・・・・そう、ですね。わたしがまだ・・・・・・5、6歳くらいのときでしょうか? お姉ちゃんと一緒に、先生に連れてこられました」

「あ、その先生ってのは?」

「そ・・・・・・れについては、ですね・・・・・・。まぁ、この街を出たときにきっとすぐ分かりますよ」


 そう言って、少し難しい表情をして右手をさする。

しばらく何か言い出しそうに口を小さく動かしていたが、結局それは言葉にならなかった。


「いや、ごめん。全然いいんだ。ただそういえば言ってたなって。それだけ」

「いえ・・・・・・」


 空気を変えようと笑ってみせるが、リタのように上手くいかない。

男の笑顔にゃキュートさが足りないのだろうか。

リタの表情に差した影は、俺には消せないみたいだ。


 しばらくして、リタは再び歩き出す。

来た道を戻るような順路だ。


「あ、と・・・・・・どこに?」


 小走りでその背を追いかけながら尋ねる。

すると、リタは何かを整えるようにふっと息を吐いて柔らかな表情で告げた。


「もう日が落ちます。続きは明日にしましょう。泊まっていってください」

「え、泊まるって・・・・・・」


 女の子の家に?

俺が?


 そうか、これが異世界か。

そうだよな、こう・・・・・・な!

これでこそだよな!


「お、おう! 頼むわ」


 今日は色々な話を聞いたのもあって疲れてたし、やはり癒しは欠かせない。

リタは・・・・・・ともかく、お姉さんの顔はまだ拝んでいない。

もしかしたらベッドの数が足りない、からの・・・・・・。


 なんてことがあるはずもなく、案内されたのはいわば宿屋だった。

この街で一番大きな建物。

リタいわくまれに来る旅商人を泊めるくらいだからほとんど子供の遊び場になっているらしい。


 リタに続いて、開かれた入り口を潜る。

入ったらすぐに開けたスペースで、構造としては俺の知るの受付とかと大差ない。

まぁ無論どこもかしこも粗悪な金属製だが。


「ああ、見ない顔だね?」

「あらほんと。旅のお方?」


 出迎えてくれたのは、ややふくよかな体型の二人だった。

どちらも年齢は四十代くらいか、その雰囲気はいかにも夫婦然としていて、たぶんその印象に間違いはないだろう。


「おじさん、おばさん・・・・・・お客さんです」


 リタはそれだけ伝えると、今度はこちらに向き直った。


「さて、せっかくですからここでお金の勉強です!」

「え、お金?」

「はい。このせか・・・・・・ここの通貨、知らないですよね? まぁこの街だけなら基本的に物々交換か労働で支払うので済みますが・・・・・・マナトの場合、やはりここを発つでしょうから」

「うっ・・・・・・」


 まだこの街を俺の住処に決めたわけじゃないが、なんとなく一つ選択肢を潰された気がして反応に困る。

というか、この場所に居心地の良さを感じつつあったわけで・・・・・・とりあえず目を逸らして応じた。


「いいですか? これがここでの通貨、チップです」


 リタはお構いなしに俺の手をつかまえて、手のひらの上に硬貨を載せる。

非常に軽量の、ややくすんだ黒色のコインだった。

描かれた模様は単純で、何らかの植物であるらしかった。


「これが1チップ、になります。そしてこれが10、100・・・・・・」


 次々に載せられていく硬貨。

この見た目がまた非常に似ていて分かりづらい。

見た目よかむしろ重さでの判別の方が簡単かも知れなかった。


「えっと・・・・・・で、この宿代はいくら?」

「そうですね、200チップです」

「やっす」

「え?」

「あ、いや・・・・・・はは」


 日本基準で口を滑らせてしまったが、こうも1円と1チップの価値に乖離があるとうっかり散財してしまいそうだ。

気をつけねばならない。


「さぁ、とりあえずいくらかお金は渡しておきますから、しばらくはそれで生活してください」

「え、くれ・・・・・・んの?」

「だってあなた無一文じゃないですか・・・・・・」

「いやぁ、はは・・・・・・」


 リタが巾着袋ごと差し出してくれたそれを、やや後ろめたいものを感じながらも受け取る。


「じゃ、また明日」

「え、あ・・・・・・」


 お金を渡してしまうと、リタはニヤリと笑みを浮かべて俺から離れてしまう。


「え、ちょっと!?」


 見知らぬ土地で一人は流石に不安なんですけど、と外に首を出すが、リタはそれすら面白がるようにして去ってしまった。

まるで子供の初めてのおつかいを他人事で楽しむような、そんな態度だ。


「ああ、もう・・・・・・」


 からかわれたような気持ちになって、しかしどうしようもないので宿屋夫妻の前に戻る。


「すみません・・・・・・これでお願いします」


 そして言われたように200チップを差し出した。

しかし禿げ頭のおっさんはそれを受け取らずに俺に声をかける。


「なんかよく分からんが、お前さん・・・・・・リタの客だろ?」

「へ? え・・・・・・と、それは・・・・・・どうなんだろ?」


 今一番親交があるのはリタに違いないけど、客かと問われれば・・・・・・。


「まぁなんでもいいから兄ちゃん、お代は結構だよ」

「え・・・・・・?」

「リタには世話になってるからな。ま、その分サービスってこった。俺たちにゃそんくらいしか出来ねぇからよ」

「まじすか!?」


 その人当たりの良さそうな柔和な顔つきに違わず、なかなかいい人みたいだ。

ただその割には少し複雑そうな表情をしているが・・・・・・。

まぁ何はともあれ、無料で泊まれるなら・・・・・・。


「ダメですよ! ちゃんと受け取ってください!」

「うぉ!?」


 いきなり背後からやってくる声。

誰かと思う間もなく明らかにリタだ。


「戻って来たのかよ・・・・・・」


 驚く俺をよそに、リタは店主の前にやってくる。


「相手が誰でも、200チップで一泊ってしてるんですからそれに従わないとです。セカンドでは助け合いなんて前提なんですから、商売は商売です」

「おぉ、こりゃ・・・・・・まいったな」


 俺の肩越しに語るリタに、店主のおじさんは苦笑いする。

そして数秒の後・・・・・・。


「分かった。じゃあありがたく頂戴させてもらうよ」


 店主のおじさんは、頭を掻きながら200チップを受け取った。


「じゃ、今度こそまた明日ね?」

「え・・・・・・ああ。明日な」


 俺の肩につかまるリタに、さっきよりかはちゃんとした別れを告げる。

リタはそれを受けて満足気に去った。


 まったく、なんだったんだか。

ひとまず貰った巾着袋を握りしめて、少し凝った気がする肩を回した。


「いや、兄ちゃん・・・・・・済まねぇな。そういうわけで・・・・・・」

「あ、いや・・・・・・すみません。お世話になります」

「おう」


 一連のやり取りが終わると、すぐに部屋へと案内される。

この建物は初めから宿屋のつもりで建てられたのか、この街にしては珍しく建物内に階段があった。

それを登った先にいくつかの個室があり、俺はその一番奥の部屋をあてがわれた。


「じゃあ何かあったら俺か・・・・・・もしくは・・・・・・まぁ下に誰かしら居ると思うからそいつに声をかけてくれ。そしたらそいつらが何とかしてくれるはずだ」

「ありがとうございます」

「はは、なに・・・・・・気にすんな」


 店主は俺の肩を気安く叩いて笑う。

そうして階段を降っていった。


 その姿をなんとなく見届けてから、部屋の戸を閉じる。

ガラスも何もはまっていない窓から外を見れば、今日リタと巡った街が夕日のオレンジに濡れているのが見えた。

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