1-58
続きです。
二人を置いて駆け出してしまったことを今更ながら後悔する。
いくら状況が芳しくないからといって、あの二人に説明しなかったのは良くなかった。
それだけ、今はわたしが理性的じゃないということか・・・・・・。
突然の鎧の集団の襲来。
彼らが王都から来た者たちだとするとおそらく・・・・・・。
「・・・・・・!」
街への距離を全速力で埋めていたが、その視界で光がきらめく。
それは鎧の反射などではなく、より確かで攻撃的な・・・・・・。
「・・・・・・魔法」
少し身を躱せば、じわりと肌を焼くような熱が通り過ぎた。
放たれた魔法の炎は、わたしの少し後ろで着弾し爆発。
激しく土を巻き上げた。
明らかにわたしを狙った攻撃。
明確な敵意だ。
威嚇射撃でもない、しっかりと殺しに来ている軌道。
火炎弾がその一度で止むことはない。
列を成す、おそらく魔法兵が立て続けにこちらを狙い撃ちしてくる。
技術としては中の上。
状態が安定していて、癖がない。
いかにも教本通りといったお手並だ。
降り注ぐ炎の砲撃を避けながら、進路は真っ直ぐにその隊列に突っ込む。
丁度魔法部隊の真ん中に居た人に飛びかかり、勢いのまま地面に叩きつけた。
「お、おぉ・・・・・・」
いきなりのことにどよめく兵士たち。
わたしに注がれる幾つもの視線。
どれもこれも怪物を見る目だ。
獰猛な野生動物に怯えるように、わたしが何かをするまでもなく隊列は崩壊していく。
わたしから距離をとり、大層な鎧を纏っているというのに酷く腰が引けている。
彼らは、わたしに怯えている。
少なくとも今この瞬間においては、彼らはわたしを殺すことは出来ないだろう。
それでも念のために、飛びかかった兵士を人質として拘束しておく。
「随分なご挨拶じゃないですか」
捕まえた兵士の首根っこを掴んだまま、どこかに居るであろう部隊長に語りかける。
鎧はどれも統一されていて、見分けがつかない。
が、少し後ろの方から屁っ放り腰の兵隊を掻き分けて一人歩み寄って来た。
「いやなに・・・・・・私としても立場があるものでな。一応形式的にはこの隊を率いる者だ。彼らの命を守るために撃たせたに過ぎない。そんな形相で・・・・・・かのリタ・ナンバーナインが迫って来たとあっては、そう判断されても仕方がないだろう?」
鉄兜の中から聞こえてくるのは、思ったよりいくらか若い男の声。
部隊長というだけあって、わたしを前にしても平静を保っていた。
その男の言葉は無視して、睨みつける。
「あなたたちの目的はなんですか? 王都のエンブレムは身につけていないようですけど・・・・・・王都からですよね?」
男はわたしの言葉に、鎧越しにあごを撫でる。
「ふむ・・・・・・先程も言ったが、私たちにも立場というものがあってね。所属や依頼主を秘匿するのも訳あってのことだ。ましてや何故来たか、など・・・・・・」
言葉でなく、視線で威圧する。
真っ直ぐな殺意を向けて「あなたはそんなことを言っていられる立場にない」と思い知らせる。
乱暴なやり方だが、それはお互い様だ。
「おっと・・・・・・」
わたしの行動に、男はあっけなく両手を挙げて降参のポーズをとる。
「やれやれ、命には変えられないね。分かった、大人しく白状しよう」
そう言って男は、一歩引く。
わたしがすぐに殺せる間合いから、それとなく外れる。
それから語り始めた。
「キミも知っているだろう? 少し前に汚染領域の以上拡大があった。今回はそれを受けての遠征だ。じき汚染に飲まれる街から、利用価値のある人員を確保。どうせここではもう生きられない。こんな街・・・・・・人間の住むような場所じゃない。だからキミたちにとってもそう悪い話じゃないだろう?」
「問題はあなたたちがこの街に、ここの人々にどんな利用価値を見出したかです。もともと土地を不法占拠した、街と認可されていない街です。それに対する王都の対応は黙認・・・・・・ですが、さぞ煙たかったことでしょう」
「ふん・・・・・・よく分かってるじゃないか」
男は軽薄に頷く。
少し分かってきたが、この男の妙に軽い態度はハッタリだ。
底が露呈するのを恐れている。
だから軽薄に掴みどころなく・・・・・・少なくとも自分については悟らせないようにしている。
つまり保身に徹しているのだ。
「さて、キミの言う通り・・・・・・この街は王都にとっては目の上のたんこぶだったわけだ。何よりキミたち“生徒”の存在がね。キミたちが居なければ、この“人員回収”ももっと迅速に行われていただろう。で、既に察しはついているようだが・・・・・・ここの住人の“用途”はつまりそうした邪魔者に相応しいもの、というわけだ」
「具体的に話してください」
「やれやれ、本当に恐ろしい娘だ。だが、それには答えかねる。と言うのも、私たち自身それは知らされていなくてね。端から私たちが口をつぐんでくれるとも思っていなかったのだろう。まぁつまり・・・・・・そういう絶対に知られてはならないような用途だ、というのは容易に推測出来るがね。待遇は・・・・・・良くて奴隷だろう」
奴隷。
魔術的な契約で築かれる絶対的な主従関係だ。
もしこの街の人々を奴隷商に流してお金を稼ごうという手筈なら、それはエンブレムなどつけていられないはずだ。
あるいは奴隷未満の扱いとなると、生命の保証すらないだろう。
どのみち、彼らに捕らえられればわたしたちに自由がないのは明らかだ。
「さぁ、リタ・ナンバーナイン。こちらとしてもあまり手荒な真似はしたくない。死人を出したくないのはどちらの立場からしても同じはずだ。キミ自身にも、大人しく我々に着いてきていただきたい。どうだろうか?」
それはそうだ。
争うことになれば、この兵隊にだって死人が出るのは必至。
わたしたちに何らかの“用途”を見出したのであれば、出来るだけ殺したくもないはずだ。
だから、言う通りにするのが最も円満。
・・・・・・というのは、向こう側に偏った理屈に過ぎない。
現に、この街の人は既に反抗を選んでいる。
未だ街から出てこない兵隊や、未だこの場に揃わない街の人々がその証拠だ。
少なからず、彼らはこの運命を良しとしない人々に手を焼いている。
拘束していた兵士を、片手で投げ捨てる。
投げ出された兵士は、怯えた様子の他の仲間たちに回収された。
それを見た部隊長は、そういうわたしの“返事”を受け取って、すっと隊列の影に身を引いて隠れてしまう。
「思ったより話が出来そうだと思っていたのだが・・・・・・残念でならない。それとも希望に満ち溢れた嘘でも吹き込んでやるべきだったか。いや、キミには通用しないな」
「そうですね。散々な現実を目の当たりにして来ましたから」
逃げる男の捨て台詞に答える。
あの男は、最初から自分の命以外は惜しくないようで、すっかり他の兵士を防壁扱いだ。
そういうところが何から何まで気に入らないが、しかし事実それは効果的だった。
そうやって自分は隠れておいて、それでも尚偉そうに他の隊員に命令する。
「あのバケモノを殺せ」
瞬間、あの部隊長よりは幾分か真面目な兵士たちが、こちらに津波のように押し寄せて来た。
続きます。