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ムーンライト・エンブレイス  作者: 空空 空
セカンドホームタウン
56/67

1-55

続きです。

 先行するリサの背中を追って歩く。

端から長距離移動のつもりらしく、その歩みは着実。

決して急がず、安全に最低限の労力で進む。


 辺りの景色は、今まで見てきたものとそう変わらない。

視界一面に広がる草原。

それらが枯れているわけでも、背の高い木が生えているわけでもない。


 だから・・・・・・安心、というのも違う気がするが、まだ俺たちには時間が残されているようでそれが嬉しかった。

その反面・・・・・・。


「これ・・・・・・異変が見つかるまで歩くんだよな」

「そうですね」


 俺のため息混じりの言葉に答えるのは、一番後ろを歩くリタだ。

その声に特別だからどうだ、というような感情は滲んでいない。


「はぁ・・・・・・」


 いったいどれほど歩くことになるやら・・・・・・。

少なくとも野営は覚悟してきてはいたが、実際にその旅路に出てしまうとまた気分が違う。

何より恐ろしいのが、まったくもっていつこの調査が終わるのか検討がつかないことだ。

もしかしたら数ヶ月歩きっぱなしということも・・・・・・。


 ちらりと後ろを振り返る。

リタの頭越しには、まだセカンドの姿が見えた。

だがこれもじきに見えなくなってしまうのだろう。


 進めば進むほど、帰るのに必要な距離も増えていく。

もうこの近辺で汚染が確認出来なかったら戻ってしまっていいんじゃないだろうかとも思うが・・・・・・。

まぁ、いいかげんに片付けるべき問題じゃないのだろう。


 まだ日の高い空を見上げる。

空には俺らの歩みよりさらにゆったりしたペースで雲が流れていた。

雲の影も同じ速度で草原を撫で、穏やかな風を可視化する。

綺麗な景色ではあるのだが、今は途方もない距離を想起させるばかりだ。


 だからだろうか。

“それ”を見たとき、驚きとか絶望とか、そういうのが俺の心に訪れる前に拍子抜けさせられてしまった。


「え・・・・・・」


 間抜けにぽかんと口を開けたまま、その場に立ち尽くす。

急に歩みを止めたにもかかわらず、リタが俺の背に衝突することはなかった。


「はぁ・・・・・・なるほどな」


 今俺たちが立っている、小高い丘のようになっているその場所の頂点。

そこでリサが腰に手を当て、歩みを止めた。

そのため息が、俺の心臓をキュッと締め付ける。

落胆、諦観・・・・・・その声に滲むのはいったいなんなのだろう。


 丘を越えた先、セカンドからそう遠くない場所。

そこには、川の汚れが淀みで渦巻くように、黒と赤が汚らしく混ざった・・・・・・汚れた大気が溜まっていた。


 その位置から途端に別世界になったみたいに、景色が精細さを欠いている。

草原なんかその先には無くて・・・・・・あるのは剥き出しになった不健康な土の灰色。

死が蔓延り、そこにはもう何も根付かない。


「・・・・・・帰り、ますか・・・・・・」


 そう告げるリタは、表情にこそ表さないが、その声色は静かに沈んでいた。

誰も感情的にならない、涙も流さない。

いや・・・・・・感情的になれないのだ。

ただ目前に広がる現実を前に、それを受け入れるしかないと知っている。

故に・・・・・・。

ただ冷静に、ゆっくりと絶望に沈んでいくのだ。


「・・・・・・そうだな。もう・・・・・・これ以上見るものもない」


 リタの言葉に、リサが声だけで答える。

まだ街を出て十数分程か・・・・・・。

しかし俺らはそのまま来た道を戻るのだった。


 心のエネルギーがすっかり枯れてしまって、もはや楽観的な言葉も出てこない。

冗談を言う余裕を失う。


 だってあれは現実だから。

少なくとも一度は経験した現実、それをもう現実的な方向で考えるしかないのだ。


 俺が何か言えたら・・・・・・そう思うが、この重苦しい空気に喉を塞がれる。

何より俺自身、俺の言葉があの二人の何の助けにもならないことを理解していた。


 帰り道の足取りは重い。

ただただ重い。

安全や体力の温存を考慮した遅さではなく、散漫な足取りだ。

そして・・・・・・。


「クソ・・・・・・」


 リサが歩みを進める力を失う。

膝から崩れて、やり場のない感情が手のひらに力として注がれる。

地についた手が、その爪が土を抉るだけ。


「俺たちはどうすればいいんだよ・・・・・・」

「リサ・・・・・・」


 初めて見るリサのこんな姿に、言葉が出なくなる。

リタは黙ってそのそばに屈んで、リサと視線の高さを合わせた。

そして子どもをあやすようにその背中を撫でる。

ただ優しく。


「クソ・・・・・・クソ・・・・・・」


 リサは肩を震わせながら、リタに撫でられるまま静かに涙を零した。

ぽたり、ぽたり・・・・・・と、それは土に染み込んでいく。

ただただ、なす術もなく、当たり前のこととして染み込んでいくだけだ。


 自然の摂理。

なるべくしてなっただけ。

起こりうることが起きただけ。

そんな当たり前のことが、リサの精神を痛めつけたのだ。


 手のひらを握りしめ、空を見上げる。

場違いに清浄で、清々しい空。

雲の切れ間に、巨大な城のその一部が見えた。


「天空の・・・・・・城・・・・・・」


 お前は空から俺たちを見下ろして、いったい何を考えてるんだ?

続きます。

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