1-53
続きです。
成果物を携えて街に戻る。
到着するとリサと別れ、俺は先にウルルたちを返却してから向かうことになった。
「ふー・・・・・・リタは、もう目覚めた頃かな・・・・・・?」
距離を考えたらかなり早く帰ってこられた方なのだが、結局絶対的にある程度の時間はかかってしまう。
あまり長い間待たせるのもかわいそうだ。
まぁ薬草に関してはリサが持って行ったので、俺の到着時間は関係ないのだが。
ともあれ様子は気になるので我が家へ早歩きで向かう。
ウルルだけ両手に抱えるほどの荷物を持っていた。
すっかり慣れたもので、家にはすぐに辿り着く。
入り口の戸を開けると、すぐにフォスタが出迎えに来てくれた。
「あ、おかえり〜・・・・・・。えっと、マナトはこれからまた向かうの?」
「ああ、そのつもり。まぁ何か役に立てるってわけでもなさそうだけど・・・・・・気になるからね」
「うん・・・・・・分かった。ご飯用意して待ってるね」
「あ、ありがとう・・・・・・」
ウルルの引く荷車に乗っていたときにいちおう十分な時間はあったのだが、しかし食事らしい食事はしていない。
何より流石に家が恋しいというか、ゆっくりしたい気持ちがあった。
昨日結局ほとんど寝てないし。
時間で言えば二時間にも満たないんじゃないだろうか。
「じゃあ・・・・・・!」
なるべく早く帰って来ようと心に決め、ウルルたちを受け取ったフォスタに背を向ける。
「フォスタ! みてみて! 花!」
「ん・・・・・・どしたのウルル・・・・・・? あ、綺麗じゃ・・・・・・うっ!? なに!? やだ臭い・・・・・・!」
背後から例の花にむせるフォスタの声が聞こえたが、気にしないことにして走った。
そのまま迷わずにリタの家へと向かう。
そもそもそんなに離れていないから、正味どれだけ急いでもそんなに変わらないのだが、それでも何かに気持ちを急かされて走った。
たどり着いたリタの家。
その扉をノックもせずに押し開く。
すると、入ってすぐの部屋にリサの姿が見えた。
その手には薬草と、恐らくこの部屋の棚から拝借したであろう小さな鉄瓶を持っていた。
「お、丁度いいところに来たな」
俺に気づいたリサは、こちらを向いて手招きをした。
そのジェスチャーに引っ張られるように、自然と俺の歩みはそちらに向かう。
「あれ、なんか俺のやることあります?」
「もちのろんよ! 一家に一人、湯沸かし器のマナトじゃないか」
「いや、そんな風に言われたことないすよ・・・・・・」
だが何が求められているのかはこれで分かった。
リタの家は金属だけじゃなくて普通に可燃物も置かれているから少しハラハラする。
比較的短い刀身とはいえ、屋内で出すのはそれなりに危なっかしいサイズ感なのだ。
ともあれ扱いにはすっかり慣れているので、すぐに炎の剣を抜き出す。
そして、とりあえず今はどこに置くわけにもいかなそうだったのでそれを水平にして持った。
「あんがと。・・・・・・と、置くけど大丈夫か?」
「大丈夫、フォスタん家でも結構こういうことあったから」
そんな俺は本当に湯沸かし器かもしれない。
まぁ適材適所ということだ。
リサが今は熱だけを放つ刀身に、鉄瓶をゆっくり置く。
中には既に水が入っているようで、確かな重さが手首に伝わった。
リサもその不安定さは感じたようで、鉄瓶の持ち手から手を離すことはない。
そしてもう片方の手で鉄瓶の蓋を開け、置き場所に悩んで俺の頭に乗せた。
「え・・・・・・?」
「わりぃ、ちょっと我慢な」
「あ、いやまぁ・・・・・・構わないけど」
少し落ちそうで心配ではあるが、落としたら割れてしまうような材質でもないので大した緊張感は無い。
落としてもせいぜいデカめの音がしてそれにビックリするくらいだ。
そうして片手を空けたリサは、上着の内側に手を入れる。
取り出したのは取ってきた薬草だ。
そしてその葉っぱの一枚を、器用に爪を使い片手でもぐ。
それをそのまま、まだ沸かない水の中に落とした。
「一枚だけ・・・・・・でいいの?」
決して大きな植物でもないので、本当にこれで効くのかといささか疑問に思う。
しかし追加で葉が投入される様子もなく、そのまま再び蓋をしてしまった。
「本当はもう少し入れてもいいんだがな・・・・・・今は正確に計量も出来ないからとりあえず一枚だ。葉っぱ一枚だからって舐めちゃいけない。お前さんが朝食代わりにこの薬草をまるごと食おうもんなら、命の保証はないぜ」
「まじか・・・・・・」
薬も度が過ぎれば毒か。
いや、というよりも元来この植物にある毒が薬としても使えると言った方が適切だろう。
「ま、葉っぱ一枚煮出すくらいならまず安心ってこった。その分効き目は弱いかもだが・・・・・・二枚目入れたら既に危ない」
薬草という呼び名に騙されて、ゲームの回復アイテムくらいの気持ちで使えるのかな・・・・・・なんて採る時は思ってたが、素人が猿真似で使うべきじゃないな。
葉の大きさによっては一枚でもアウトとかありそうだし。
「因みに・・・・・・これ、俺が飲んだらどうなります?」
「ん? なんだ、お前もどっか痛むのか?」
「あ・・・・・・違くて、健康な人が飲んだら、なんか・・・・・・より元気になる、みたいなの、あるのかなって」
さっそく水は温まり出したようで、鉄瓶から薬草の独特な匂いが香り始める。
「なんなら飲むか? 普通に余ると思うし・・・・・・。言っとくがまずいぞ? あとたぶん眠くなるだけ」
「な、なるほど・・・・・・なら、飲むのは遠慮しときます」
寝不足で十分に眠いし。
それからしばらく待って、ようやく湯が沸く。
それに気がつくと、リサは置くときと同じようにゆっくり鉄瓶を持ち上げた。
「よしよし、もういいぞ」
言われて俺も納刀する。
納刀、というか霧散するのだけど。
リサは薬草の煮汁が出来上がると、すぐさまそれを棚にあった口の広いお椀に移す。
たぶん以前と同じようにしているだけなのだろうけど、動きに迷いが無さすぎて他人の家なのに我がもの顔してるようにすら見えた。
椀に注がれると、その匂いはより強く香ってくる。
臭い・・・・・・とも言い難いが、少なくとも良い匂いではなかった。
湯気が昇るお椀を片手に、リタの部屋に向かう。
俺もそのリサに続いて、リタの部屋を目指した。
リサが開けた扉から俺も中に入ると、目が覚めたようでベッドの上で一応は体を起こしているリタが見えた。
部屋の角にはリコが座っている。
どうも先程まで話していた様子だ。
「リタ・・・・・・その、大丈夫?」
少なくとも会話出来そうなくらいには落ち着いているみたいなので、ベッドに座るリタに声をかける。
リタは小さく頭を下げて、弱々しい声で応えた。
「すみません、心配かけてしまって・・・・・・。それに、またそんなものまで用意させてしまって・・・・・・」
そう言うリタの視線はリサの持つ椀に注がれている。
「いやいやいや! 全然! もう全然だから! 適当に葉っぱ摘んできて煮ただけだから!」
その実、俺はその工程にほとんど貢献していないのだが、その分際で手を横に振る。
リサはそれを軽く笑って眺めながら、リタに煮汁を渡した。
「熱いから気をつけろよ」
「ありがとうございます・・・・・・」
リタは受け取ったお椀を両手で包むように持ち、ゆっくり口をつける。
さすがにこの部屋まででの道のりでは適温まで下がりきらなかったらしく、一度水面に唇の先が触れると離してしまった。
しかしすぐにもう一度口をつけ、今度はゆっくりとその透明な液体を喉に流し込んだ。
「ど、どう・・・・・・?」
そんなにすぐ効果が出るもんでもないだろうとは思いつつも、思わず尋ねてしまう。
煮汁を飲み干したリタは一息ついて、それに答えた。
「お腹があったかいです」
「それ、は・・・・・・」
薬の効果なのか、とリサさんの方を見る。
返ってくる答えは「お湯を飲んだから」というシンプルなものだった。
リタの右腕を見る。
今ではあのピンク色の光も微弱になり、包帯を外している今でも明るい部屋だと分からないくらいだ。
魔物の舌が貫通した手のひらの傷は今でもなかなか痛々しいがひとまずは快方に向かっているようで安心する。
「う・・・・・・すみません。また横になってもいいですか・・・・・・?」
「え、何? どうしたの!? 具合が・・・・・・」
「まぁ落ち着きな。薬が効いてきただけだよ」
リタの言葉に過剰に反応する俺をリサがなだめる。
リタは発言通り再び横になり、そして潤んだ瞳でこちらを見た。
「眠くなってきちゃっただけです。わたしのために・・・・・・本当にありがとう、ござい・・・・・・」
薬の効果はあれでも結構強烈らしく、リタの言葉が途中から聞き取れないものになる。
それでも何故か眠気に抗っているようでゆっくり瞬きを繰り返すが、そのまま緩やかに眠りに落ちてしまった。
「ひとまず・・・・・・このことに関してはもう心配は要らないわ」
後ろから、静かな声でリコが言う。
振り向けば気だるげな表情で「あんたらも帰ってさっさと休みなさい」となんなら少し邪魔そうに言った。
まぁ事実リタもゆっくり休むには落ち着いた環境の方がいいだろうし、リコ自身も疲れているだろう。
ジェスチャーだけで「それじゃまた」の意を伝えて、リサと共に部屋を出る。
リコはそのままリタの部屋で様子を見守るみたいだった。
他に用も無いので、やっぱり少し気にかかる感じはあるが家を出る。
何より俺には美味い飯が待ってるわけだ。
俺自身さっさと体を休めようと決め、フォスタたちの居る俺の家に向かった。
続きます。