1-52
続きです。
ベッドが揺れるのを感じて、目を覚ます。
「ん・・・・・・? あれ?」
そうして朝を迎えて、初めて自分が眠ってしまっていたのに気づいた。
最初はリタが苦しそうにしているのをハラハラとした気分で見守っていたが、しかしリコの言ったようにリタがついに限界を迎えて意識を失った後に俺も眠ってしまったみたいだ。
気絶した直後には「まさか死んでないよな?」と違った意味合いで心配になったが、しかしそれにも慣れれば様子はほとんど眠っているのと変わらないので、それで俺の緊張の糸も弛んだのだと思う。
ベッドの脇で覗き込むように見ていたものだから、リタの上に俺の体重がかかってしまっている。
それに気づいた俺は、怪我人を下敷きにして寝るわけにはいかないと慌てて飛び起きた。
部屋の角にはリコも居て、彼女も壁に背中を預けるようにして座って眠っている。
リサのみはずっと起きたままだったか、あるいは俺より先に起きたようで部屋の外から足音が聞こえた。
そして、肝心のリタは未だ気を失っている。
一応呼吸を確認して、それからベッドを離れた。
「お、起きたか」
部屋にやって来たリサが、未だ眠っている二人を起こさないように小さな声で囁く。
「はい、今さっき」
それに俺も小さな声で返事した。
そうして立ち上がり、入り口付近のリサに駆け寄る。
「あの・・・・・・」
「分かってる。薬草だろ? もう行くか?」
「・・・・・・はい」
昨晩の時点でそれについては話していたのですぐにまとまる。
出来るだけ早い方がいいので、物音を立てないようにそっと二人で部屋を立ち去った。
家からも出ると、まだ明るくなりきらない朝が俺たちを出迎える。
気温は涼しめで、微弱な風が心地よかった。
「さて・・・・・・じゃあ、少し準備だな・・・・・・」
外の空気を吸って伸びをするリサが、少し眠そうに呟く。
「準備・・・・・・」
「まぁ待ってなって」
そう言うと、俺を残してどこかへ行ってしま・・・・・・。
「おっと・・・・・・お前さんにも頼んでおきたいことがある」
足を止めたリサがこちらに振り返る。
なんのことか分からない俺は、聞き返すように自分の顔を指差した。
「ああ。マナトには・・・・・・連れてきてもらいたい奴が居てな。何せこの辺には目当てのものは自生してないからな。少し遠出になる・・・・・・」
「遠出・・・・・・?」
だからなんだ、というか・・・・・・その場合に特別役に立つ人が居るのだろうか?
依然疑問は解消されないが、リサはまぁすぐ分かるって、と表情で言っている。
「いいか、お前に呼んで来てほしいのは・・・・・・」
壁の外、まだ朝露に濡れたままの草原をリサの持って来た荷車に揺られていた。
荷車なんだから載せるのは荷物だろ・・・・・・と言いたいところだが、事実必要なものは薬草だけで、だからリサは自分たちが乗るつもりでこれを持って来たのだろう。
そしてその荷車を引いて走るのは・・・・・・。
「わふ〜」
俺がリサに呼んで来いと頼まれた、ウルルとフルルだった。
そんな犬ぞりの感覚で・・・・・・。
「こ、これ・・・・・・いいの?」
「ん? いいって・・・・・・何がだ?」
「いや、なんか・・・・・・倫理的?に・・・・・・」
その・・・・・・例えば種族の差別というか、扱いというか・・・・・・そういうところで問題になりそうだ。
あとは幼い子供に車を引かせて、いい大人がその上で胡座をかいてる絵面・・・・・・。
誰の目もないとらいえ、いささかマズい気がする。
しかしリサは俺の言葉を受けて笑う。
「はは、まぁ・・・・・・いいじゃないか。楽しそうだろ?」
「それは、まぁ・・・・・・」
俺たちを乗せた荷車を引き、短い足をしゃかしゃか動かすウルルの姿は確かに楽しそうだ。
速度も俺たちが走るより圧倒的に速く、ワーウルフの凄まじい身体能力を実感する。
急停止したら止まりきれない荷車にウルルが吹っ飛ばされそうで恐いけど。
「・・・・・・てか、フルルは・・・・・・?」
さっきまで二人で引いていたはずなのだが、気づけばウルル一人になっている。
驚きに感情が追いつかずに冷静そうな口調になっているが、普通にめちゃくちゃ焦ってる。
「あぁ・・・・・・それなら・・・・・・」
「ここ・・・・・・」
リサが何でもない風に俺の隣を指差す。
するとその位置から平坦な声が上がった。
「えぇ、いつの間に・・・・・・」
位置関係で言えば、ウルル側を正面とすると俺より奥の位置に座っている。
つまり少なくとも一度は俺の視界を横切るはずなのだが、全然気が付かなかった。
「てかキミ・・・・・・ウルルにばっかやらせてちゃダメでしょ!」
「やりたい人がやればいーの。わたしはここー・・・・・・」
風に柔らかな毛を揺らしながら、目を細めて気持ちよさそうにしている。
普段はウルルのパワフルさにばかり目が行きがちだったが、やはりフルルもそれなりに問題児というか、癖のある子なんだよなぁ・・・・・・。
「あ、ウルル・・・・・・そこら辺岩埋まってるから気をつけろよ!」
「あい!」
リサの言葉にウルルが元気よく返事する。
なお、避けることはせずにそのまま直進する模様。
岩の上を通過する際は酷い揺れが襲った。
「やれやれ・・・・・・避けてくれって意味だったんだがな・・・・・・」
荷車の上で体勢を崩したリサが笑う。
ぶつけた肘をさすりながら。
そんな荒々しい運転ではあるが、速さは一級品。
以前狩りをした場所など楽々通り過ぎて、俺の来たことのない場所をぐんぐん突き進んで行った。
しばらく似たような草原が続くが、やがて辺りの植生が少し変わってくる。
そして更に数秒後・・・・・・。
「お・・・・・・!」
この世界に来て初めて、樹木を見ることが出来た。
まぁ元の世界と特段変わった様子でもないが、景色の雰囲気が変わるとやはり新鮮な感じがする。
少し先に広がるのは、そんな木々がひしめく・・・・・・森だ。
その森が目的地だったようで、リサの指示の元ウルルは徐々に減速する。
そしてちょうど森の始まりの箇所、まだ木々のまばらな位置で停止した。
「今回は寄り道しないからな〜・・・・・・」
リサが荷車を降りながらウルルに向かって言う。
ウルルは「わかった!」と、絶対分かってない返事で応じた。
俺とフルルもリサに続いて降りる。
そして荷車は・・・・・・。
「ここに置きっぱでいいのか? 誰かに持ち去られたりとか・・・・・・」
「ここまで来る時に誰も見なかったろ? こんなところに住んでる奴なんかもう居ないんだよ。だから大丈夫だ」
そう答えるリサの表情は、むしろ残念そうだ。
それもそのはず、それだけ人が生活するのに適していないということの証左なのだから。
「さて・・・・・・じゃあ目的のものは前と同じだ。探索開始、あまり離れすぎるなよ?」
リサの合図で、ウルルとフルルは素早く森の中に駆け出す。
茂みに突っ込んで、そして探し始めた。
「あの・・・・・・薬草ってどんな見た目・・・・・・」
俺も探そうと尋ねると、リサはそれに笑いながら答える。
「ああ・・・・・・少し縁がギザギザした平べったいやつなんだが・・・・・・見分けるのは難しいと思うぞ? それに、あの二人は鼻が効くからな・・・・・・心配しなくてもすぐ見つかるさ」
「えぇ・・・・・・じゃあ俺ってもしかして要らないんじゃ・・・・・・」
「はは、まぁ保護者枠だな。俺も含めて、こういうことに関しちゃ二人に敵わないよ」
「そ、そうか・・・・・・」
ならばせめて保護者らしくしっかり見守ってようと、せっせか走り回る二人の様子をよく見ておく。
一応はリサの言いつけを守っているらしく、見える範囲内には居てくれた。
しばらくガサガサやって、そして最初にウルルが戻って来る。
「リサ! リサ!」
手には何かを持って、非常に誇らしげだ。
「お、見つけたか・・・・・・?」
リサがウルルの丸っこい手に握られているものに視線を落とす。
「見て見て! 変なキノコ!」
「・・・・・・おっと、頼んだものと違うぞ。あとどうせなら食べられる種類を持って来てくれ」
ウルルはそうやって戦利品を見せびらかすと、満足そうにまた作業に戻って行った。
「えっと・・・・・・今のは・・・・・・?」
「ありゃ完全な毒キノコだな。たぶん普通に持って帰るつもりだから、フォスタがうっかり料理しないように気をつけろよ」
「えぇ・・・・・・」
そもそも葉っぱですらない上に毒物なのか・・・・・・。
これ、この様子だと普通に俺らが探した方がいいんじゃないか?
しかし、そんな不安とは裏腹に再びウルルが戻って来る。
リサが言うだけはあってやっぱり流石だなと見直しかけるが・・・・・・。
「マナト! 臭い花!」
ずい、と近づけられて、瞬間鼻腔に飛び込む刺激臭。
「んぐ・・・・・・!? なん、こ・・・・・・うぇッ・・・・・・がッ・・・・・・!」
声を出すとその臭いを更に吸い込むことになって盛大にむせる。
それを見るウルルは嬉しそうだ。
「はは、どうせなら良い匂いのにしな。きっとフォスタが喜ぶぞ」
「あい!」
一瞬にして臭気に打ちのめされた俺を敢えて涼しげな表情で眺めるリサ。
しかし我慢出来ずに途中から顔を逸らして笑い出した。
「うぇ・・・・・・ぇほ、このやろ・・・・・・笑いやがって・・・・・・!」
「ふ、くく・・・・・・悪い悪い」
木々の間を駆け回るウルルは、依然絶対に必要ではないものをむしり続けている。
今のところウルルに関しては寄り道しかしてない。
未だ呼吸は整わないまま、膝に手をついて待つ。
次来たときは不用意に覗き込んだりしないようにしよう。
そうしてしばらく待っていると、いつの間にかすぐそばにフルルがちょこんと佇んでいるのが見える。
その手に握られているのは、扁平な葉を持つ小さな植物だ。
そしてその葉っぱの縁はギザギザしており・・・・・・。
「あれ、それって・・・・・・」
「ん・・・・・・!」
フルルが葉っぱを掲げて胸を張る。
それはそれでやや独特な臭気がしたが・・・・・・。
「お、フルルが見つけたか」
やはり目当てのもので間違いないようだった。
その後、少し離れた場所まで行ったウルルを呼び戻し・・・・・・荷車の元へ戻る。
帰りの荷車には、何故か余分な植物や木の実が大量に乗せられていた。
続きます。