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ムーンライト・エンブレイス  作者: 空空 空
セカンドホームタウン
50/67

1-49

続きです。

 淀んだ黒。

それの輪郭は景色に滲むようで、まるで気体のようにさえ見えた。


 黒色と赤色が、バケツの水に絵の具を垂らしたかのように絡み合い、混ざっている。

その色は絶えず揺らぎ、蠢き、その比率すらも一定でない。


 瘴病の具現。

その姿は・・・・・・そう、まるでドラゴンのようだった。


 翼竜のように前脚と一体化した飛膜。

細長い首、痩せた体、鞭のようにしなる細い尾。

大地に爪を食い込ませる後肢はネコ科を思わせるしなやかさに、しかし鳥類のような鋭さを兼ね備えていた。


「異世界で初めて見るドラゴンがこれかよ・・・・・・」


 その禍々しさから、ドラゴンというよりはドラゴンゾンビの方が適切かもしれない。


「・・・・・・マナト、この魔物の性質がどういうものか・・・・・・」

「分かってる。リサから聞いたよ」


 リタからすれば俺は本当にただ唐突にすっ飛んできただけなので、そりゃ逃したくもなるわけだ。

だが、俺は分かってここまで来ている。

リタからすれば結局どちらも同じことかもしれないが、しかしこれを伝える機会があってよかった。


 そんなリタは、今は半透明の障壁を展開して魔物の牙を受け止めている。

細長い首の先にある小さな頭部は、まるでヘビのような形状でリタのシールドに食い込む牙も細かく、鋭かった。


「く・・・・・・」


 リタは力を込めてその噛みつきを押し返そうとするが、しかし徐々に押されている。

リタの怪力を持ってしても、だ。


 次第にリタが展開するシールドに、魔物の黒色が滲んでくる。

まるで牙から毒が注ぎ込まれているような様子だ。


 しかしこれはただの毒ではない。

瘴気、汚れそのもの。

だから魔力により形成されるそのシールドも、徐々に蝕まれていくのだ。


 瘴病の具現というその名に違わず、しっかりと汚染を振り撒いていく。

こうして鍔迫り合いにも似た押し合いをしている間にも、辺りに赤黒い煙のような濃密な瘴気が広がっていっていた。

空気より重いらしいそれは、俺たちのくるぶしの辺りの高さで漂う。

それに触れたとて感触は無いが、しかし腹の底から不快だった。


 こうしてはいられないと、リタの横から一歩前に・・・・・・シールドの庇護下から抜ける。


「マナト・・・・・・!」


 当然リタにはそれを咎められるが、俺は止まらなかった。


 シールドより前に出ると、すぐさま魔物の注意は俺に切り替わる。

蛍光ピンクの眼球が、ギョロリと俺を映した。


 魔物が爪を振り上げる。

その動作は機敏で、次の瞬間には横なぎにその鋭い爪が振るわれていた。


 リタはシールド展開を止め、すぐさま攻撃に転じる。

魔力を練り上げ、魔法として発現させようとする。

おそらく俺を守るために。


 だが、俺もいいかげん助けられるばかりでないというのを見せてやるのだ。


 リタの魔法が形を成す前に、魔物の爪を迎え撃つように剣を振るう。

炎が可視化するその剣の軌道は、狙い通り魔物の爪とかちあった。


「・・・・・・ぐ」


 輪郭はぼやけているし、障害物はすり抜けるしで、実体があるかすら怪しかったその体は、その攻撃は、確かな衝撃を俺にもたらす。

剣を握る手に電流が走るようだった。


 だが、これで・・・・・・。


「捉えた・・・・・・!」


 剣で受け止めた爪を、弾き返す。

相手の体幹のせいで大きく隙を晒すようなことはないが、立て続けに刃を振るう。

多彩な攻撃を繰り出せたらと思うが、実際に剣を振ってみるとその剣戟は単調なものだった。


 振るった刃は命中こそするが、それがダメージになった気がしない。

というか、相手が生命ですら無い以上急所らしい急所もないのだろう。


 だが、そこで輝くのが俺の炎だ。

ただの一回でも、どこだっていい。

当てれば燃え上がる。

そして、その条件はともあれ満たしたのだ。


 しかし、俺の大振りな素人丸出しな攻撃は一秒以上の隙を生んでしまう。

片腕を弾いたとて、腕はもう一本あるわけで、その追撃を許してしまった。


「・・・・・・!」


 マズい。

しかし対処しようもなく、声すら出ない。

クリーンヒットの先に待っているのは、取り返しのつかない汚染だ。


 急いでその爪撃の軌道上に刃を滑り込ませようとするが、当然間に合わない。

俺の翻しかけたその体の、脇腹の位置を抉るような角度で爪が迫る。


 しかし・・・・・・。

それが命中することはなかった。


 不自然に発生した突風。

それが俺の体を、爪が命中する直前で吹き飛ばしたのだ。


 魔物の爪は空振りに終わる。

そして絶妙な加減でコントロールされた風は、俺の体勢を崩すことなく少し離れた位置に着地させた。


「リタ・・・・・・」


 安易な考えで、この数瞬をもって決着をつけにいったつもりだったが、しかし相手のタフネスがそれを不可能にした。

その結果、結局リタに魔法を使わせてしまったのだ。


「今は・・・・・・今は気にしないことにしましょう。お互いに。気をつけて・・・・・・すぐに来ますよ」


 黒い獣。

おどろおどろしい怪物は、その翼を広げる。

真っ直ぐに視線を、俺に注ぐ。

まだ狙いはこちらにあるようだ。


 それはそれで、好都合・・・・・・ということにして、身構える。

瘴病の具現は、浅く開かれた顎から瘴気を漂わせて、そして飛翔した。

続きます。

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