1-48
続きです。
どこかで叫び声が上がった。
たぶん、異変の始まりはそこからだったと思う。
そこから、波が広がるように人々は混乱に飲まれていった。
それは俺とて例外ではない。
「っ・・・・・・! 一体、何が・・・・・・!?」
何かが起こったには違いないが、人の流れに揉まれて何がなんだか分からない。
ただ一つ分かるのは、その人の流れの方向。
明らかに何かから逃げているようだった。
「くそ・・・・・・」
最初に頭に浮かび上がるのは、不安。
フォスタたちはどうした?
無事なら良いのだが、しかし・・・・・・。
ウルルたちが居るから大丈夫だろうかという楽観的な気持ちも無いことはないが、しかし騒ぎの広がり方からしてこの前のトカゲとは訳が違う。
この前は、みんな屋内にこもってやり過ごそうとしていたが、今は違う。
誰も彼も家を飛び出して逃げ出しているのだ。
この街の人の安心を支えているはずの、あの壁の外へ向かって。
いったい・・・・・・。
「いったい、何が現れた・・・・・・?」
人の波に逆らって、俺はそこに向かっていく。
しかしその肩を誰かに引っ張られて、方向転換させられてしまった。
「うわっ、何・・・・・・?」
急いでその掛けられた手の持ち主の顔を見る。
それはリサだった。
「ダメだ。今回ばかりは近づくな」
「近づくなって・・・・・・いったい何に? それに、フォスタたちだって・・・・・・」
「大丈夫、あいつらだって逃げてるはずだ。あんなのと真っ向勝負出来るのは・・・・・・それこそリタくらいのもんだよ・・・・・・」
「リタ・・・・・・!」
俺の言葉に、リサが自らの失敗に気づく。
「リタは・・・・・・逃げてないんだな?」
「い、いや・・・・・・それは・・・・・・。だがな、無茶だぜ? リタなら大丈夫だから・・・・・・たぶん。だからお前は・・・・・・」
「・・・・・・」
黙って方向転換する。
退避を中断し、逆方向へ向かう。
リタ一人で、戦わせられない。
トカゲのときもそうだったが、リタはここを守るためなら魔法を使うことに躊躇いが無い。
だから。
黙ってそれを見過ごすわけにはいかないのだ。
「・・・・・・ったく、ほんとによぉ・・・・・・」
リサが呆れた風に、こちらについてくる。
「いや、リサは逃げて・・・・・・!」
「言われなくても俺は戦いやしないよ。お前が止められないことも分かった。ただ、お前は相手を知る必要がある」
「相手・・・・・・」
確かに、こうして無策に突っ込んで行っているが、結局何が現れたのかを知らない。
知識の乏しい俺は、接敵したとてそいつの正体は分からないだろう。
俺と並走しながら、リサは説明を始める。
「いいか、魔物は大きく分けて三種類だ。元から魔物と呼ばれる特異な生態を持つ生物、野生動物が汚染の影響で変異したもの、そして・・・・・・世界の病そのものだ。そして今回とうとう姿を現したのが・・・・・・その三番目に当たる魔物だ」
「世界の、病・・・・・・」
「そうだ。現れた地に終わりを告げる死神、最悪の凶兆・・・・・・瘴病の具現。それは汚染された世界の、その症状そのものであり生命ですらない。力を弱らせ霧散させることは出来るが、殺すことは出来ない。近くにいるだけで瘴気に蝕まれ、その攻撃のクリーンヒットを一撃でも貰おうものなら取り返しのつかない程に汚染される。この街の奴らは、大体がアレに故郷を滅ぼされた者たちだ。だから、逃げるしかないことを知っている」
事が起こってからの反応の良さ、判断の早さのわけがリサの口から説明される。
セカンドの住人は故郷を失った者たち。
彼らの中に、その恐怖は深く染み付いているのだろう。
「なるほど・・・・・・。ありがとう、大体分かった」
確かに何も知らずに接触していいような相手じゃない。
触れられただけでもほぼアウトというどうしようもなさだ。
クソゲーどころの話じゃない。
「・・・・・・とにかく、健闘を祈るぜ・・・・・・」
そう言って、リサは俺から離脱する。
リサ程の者でも足手まといになってしまうような相手なのだろう。
ならば、そんなのに俺が敵う道理があるのか・・・・・・。
「いや・・・・・・」
そういう思考はもはや意味を成さない。
俺は向かうと決めたのだ。
勝てるか、ではなく・・・・・・勝ちにいかねばならないのだ。
しばらく駆けていると、すぐにリタの背中が見えてくる。
丁度人の波も絶え、行く先の目印になるものが無くなって来ていたのでそう遠くなくて助かる。
俺の正面、そこにリタの姿はあってもリコの姿は無い。
つまり、彼女一人だ。
「・・・・・・」
お前は妹が一人で頑張ってんのに、と思わずにはいられないが・・・・・・。
しかし、そんなリコを責めることもまた出来ないのだった。
「リタ!」
厳重警戒態勢で身構えているリタの背中に声を飛ばす。
「・・・・・・!? マナト!? なんで・・・・・・!?」
「なんで、って・・・・・・リタが居るからに決まってるだろ!」
俺の登場にやや狼狽えるリタの隣に並び、そして炎の剣を引き抜く。
これでいつでも戦えるわけだ。
「マナト・・・・・・!」
リタはこんなところに顔を出して来た俺にわりと本気で怒っているようだが、今はその優しさを受け流す。
「そんなこと言ってられる場合でも無いんだろ? もう・・・・・・」
「それは・・・・・・」
「大丈夫。足手まといにはならない。俺のことは気にしないでいい」
「・・・・・・。分かりました・・・・・・」
実際に今は言い合っていられるタイミングでもないし、俺を叱ってられる余裕も無い。
リタは納得せずとも、俺の参戦を受け入れた。
そしてすぐに、相手も姿を現す。
いや既に現れていたが、とうとう眼前に躍り出る。
建造物を透過して。
「狭さは関係ないってことか・・・・・・」
この時点で既にトカゲとは違いすぎる。
いや、トカゲと比べるまでもなく異常だろう。
障害物をすり抜ける、だ?
魔物というより亡霊じゃないか。
瘴病の具現が通り抜けた家屋の壁が、腐食する。
何らかの化学薬品に触れたように白い煙を上げた。
「・・・・・・」
リタが無言で身を屈める。
それを捉えてか、魔物もまたその牙を剥いた。
続きます。