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続きです。
日付けは変わり・・・・・・。
今日はリサに会いに行ってみることにした。
その理由は、やはりフォスタから聞いたシックスについての話が気になるからだ。
少なくとも、どんな人だったのかは知っておきたい。
リサの家の位置はリタに尋ねた。
その際またリタの家を訪れたけど、リコが部屋から姿を現すことはなかった。
拗れることがなかったのでよかったというのと、今リコが何を思ってどうしているのかが分からない、そういったある種の不安とで半々だ。
「ここ・・・・・・だよな?」
地図があるわけじゃないので、教わった通りに来たつもりでも確証が持てない。
だが、間違い無ければリサの家のはずだ。
外から見る分には、やはり他の家と区別がつかない。
住所というか、番号とかが振られている訳でもないし、本当にこれに関しては慣れなのだろう。
だがまぁ、実際問題そう多くの人と付き合いがあるわけでもないので、これくらいは覚えないと。
「すみません・・・・・・」
リタが言うには、リサが家に居ることは稀らしいが・・・・・・とりあえずダメ元でその門を叩く。
時間としては真っ昼間だし、正直居ないかなと思っていたのだが・・・・・・。
「おう、マナトじゃないか。どうした?」
内側から姿を現すのは、すっかり見慣れた緑の鱗。
幸運なことに、リサは家に居たのだった。
「実は・・・・・・その聞きたいことがあって・・・・・・」
かなりプライベートなことだし、答えてくれるかは分からないが・・・・・・。
リサは俺の雰囲気からとりあえずすぐに終わる話でも無さそうだと思ったのか、建物の入り口から一歩引いてこちらに手招きした。
「まぁ・・・・・・とりあえず入んな。話はそれからにしようや」
「あ、すみません・・・・・・」
招かれるままに部屋に入る。
狩人の部屋ということもあって獣の毛皮でも敷いてあるかと思ったが、しかし実際はかなり簡素なものだった。
正直リサは部屋が散らかっているタイプかなと失礼ながら思っていたのだが、しかし整頓された狩猟道具が壁にかけられている。
ベッドの側のテーブル未満の台の上には作業途中だったのか手頃なサイズのナイフと、それから何らかの生物の骨が置いてあった。
「あ・・・・・・それ・・・・・・」
「ん? これか・・・・・・? 今、骨を削って矢を作ってたんだ。こないだのビカクの骨だな。ただまぁ・・・・・・元々あんまり加工には適さないみたいで、ちょっと力加減を間違えたら割れちまう。ま、上手く出来たところで結局使い捨てレベルだがな」
「そもそも骨ってナイフで削れるんだ・・・・・・」
台の上にある骨は少なくとも割れている様子はないので、今のところ上手くいっているのだろう。
しかし矢を一本まるまる削り出せる程の大きさの骨があるのだから恐ろしい。
鳥には勝ったが今のところビカクには負け越してるしな。
「ま、気にしないで座ってくれよ」
リサはそう言って台に腕を乗せ、直接床に腰を下ろす。
俺もそれに倣って床に直接座った。
「あ、おい・・・・・・直に座ると汚ねぇぞ?」
「ええ・・・・・・」
それをお前が言うのかい。
とはいえ汚い(本人談)床に座ってしまった今、綺麗なところに座り直すことも出来ないのでそのままでいる。
どちらにせよ床以外に座れば視線の高さがズレて気持ちが悪いし、まぁこれでいいだろう。
「それで、一体今日はどうしたんだ?」
座ったリサは、さっそく話の舵を本題に切る。
いきなりの来訪にも関わらず、もう俺の話を聞く準備は出来ているようだった。
普通に座っていたのを、なんとなく正座に変えて、そして話し出す。
変に身構えず、ここはスッと真っ直ぐに尋ねよう。
「あの・・・・・・もしかしたらちょっと失礼な話かもなんだけど・・・・・・その、リサがナンバーシックスと恋人だったって聞いたんだけど・・・・・・」
「おっと・・・・・・」
リサはまさかその話だと思っていなかったのか、分かりやすく面食らう。
しかし狼狽えることもなく顎を撫で始めた。
「こりゃ・・・・・・フォスタから聞いたな?」
「・・・・・・まったくその通りで・・・・・・」
結構デリケートな話題だと思っていたが、しかしリサは特にそれが嫌という風でもない。
むしろ懐かしむような表情すら浮かべていた。
「そうだなぁ・・・・・・ま、それについては本当っていうか、確かに間違いない事実だよ」
それは痛みを伴う過去のはずだが、しかしリサは過ぎ去った日々を懐かしみその情景にニヤける。
リサにとっては、そのシックスとの日々が残したのは悲哀だけではないらしい。
「・・・・・・その、それで・・・・・・それがどうしたんだ? 惚気話でも・・・・・・?」
「あ、いや・・・・・・」
それはそれで興味はあるが・・・・・・。
「シックスさんって、どういう人だったのかなって」
リコとの一件があって、改めてリタたちとの向き合い方について考えたのだ。
結局どう接するのが正しいのか、適切な距離とは・・・・・・。
考えて答えの出る類のものじゃないのは分かってる。
むしろ安易な答えに縋り付くべきではないのだ。
リサは俺の言葉に頷く。
「うん、うん・・・・・・。まぁ、要は惚気話だな!」
「いや、えっと・・・・・・だから・・・・・・」
それはちが・・・・・・ん?違わないのか?
別に。
まぁ確かに、恋人について振り返って、そしてその人となりについて語るわけだから・・・・・・。
実質惚気話なのだろうか。
リサは物置の奥の、幼い頃のおもちゃ箱を漁るように自らの記憶を探る。
そして未だリサ自身の中で衰えることのない輝きを披露して来た。
「シックスはな、まぁちょっとひねくれ者だったけど・・・・・・面白い奴だったよ。一目惚れ・・・・・・とはいかないまでも、気づいたときには既に虜になってた。まぁ振られまくったんだけどな」
「え? じゃあ恋人って言うのは・・・・・・」
「いやいや! フォスタに俺に都合の良いような嘘を吹き込んだわけじゃねぇぞ!」
リサは慌てて手を横に振って全力で否定する。
その後すぐに付け加えた。
「最終的にはな、ちゃんと恋人になれたんだよ。俺がしつこく付き纏うもんだから、6回目の愛の告白でやっと折れてくれたよ。まぁ最初の告白の時点で受け入れてもいいと思ってはいたらしいんだが、自分のナンバーに因んで6回来るまで待ってみたんだってさ」
リサは自らの青春・・・・・・かは分からないが、その恋路を照れくさそうに紹介する。
時折恥ずかしそうに視線を逸らして頬を掻くのだった。
しかし、すぐにその熱も落ち着けて、少し声の調子も整える。
「まぁ・・・・・・だがな、今思えばあれは試してたんだな、俺の想いっつーか、覚悟を。実際、一回振られて諦めるくらいの想いじゃアイツと一緒にゃ居られんよ。年下のくせしてずっと俺の精神性を子供扱いしてくるやつだったけど・・・・・・最後まで想いを貫いたことに関しては真っ直ぐに褒めてくれたよ」
いつか来る、最後。
残酷な結末。
その時まで、リサは一緒に居たのか・・・・・・。
6回も当たって砕けろしているようなら、適切な距離もクソもない。
むしろそういう前のめりさが、本当は彼女たち生徒に必要なものなのかもしれない。
理性では距離を取ることを選びつつも、心のどこかではそれを埋めて欲しいと願っている、とか。
リコの姿を思い出す。
自分の選択は正しいと信じて疑わない姿勢。
ある種の頑固さ。
頑固さに関しては、ベクトルは違えどリタも同じか・・・・・・。
しかし、二人の様子を考えると・・・・・・結局は人によるよな、と。
何が嬉しいのかも当然違ってくるし、その嬉しい部分を突くのが彼女たちにとっての良いことなのかも分からない。
リサは、その部分はきっと美しい思い出ではないだろうに、最後に至るまでの過程についても言及してくれる。
「少しずつ、本当に少しずつ・・・・・・体が作り変わっていくんだ。もちろん肉体の変化として考えれば急激なものだから、結構苦しそうでな。リタも初めて大きな変化を迎えたときは、しばらく痛がってたよ。それから・・・・・・やっぱりその変化を追っていると、残り時間を突きつけられるみたいで心が削れていくんだ。俺もシックス自身も。その時が来るのに怯えてる姿は、見るに堪えなかったよ。どうやっても、慰めようがなかった。それでも、何かあれば魔法を躊躇わず使うんだから・・・・・・そういう奴なんだよな」
先生の説く愛。
こっちが止めたくなるくらいの、自己犠牲。
その印象は、リタと重なる。
リサ自身も、その点においては良いとも悪いとも言いがたいみたいだった。
一部始終を目の当たりにして来たのだから、それはそうだろう。
リサは遠くに視線をやって、細く息を吐く。
「まぁ、そんなんだから・・・・・・とにかく、俺はそんなシックスが大好きだったんだ・・・・・・」
「・・・・・・」
全てを見届けた上で、リサは大好きと言ってのける。
狩りの技能や、その知識の豊富さにばかり目が行っていたが・・・・・・それ以上に、とても情熱的な人だ。
そして、じゃあ俺は・・・・・・どうだろう。
少し考え込む俺に、リサは静かに視線を落とす。
「・・・・・・まぁ、難しいことは考えすぎるな。この先何があるか分からないし、楽しかったり嬉しかったりすれば、それはそれでいい。困るときは大いに困り悩めばいい。リタとの接し方も、他の人たちとの接し方も・・・・・・そんなに違いはないんだ。お前さんはがお前さんなりに真剣なら、リタにもそれは伝わってるよ」
「あ、あれ・・・・・・そこら辺の意図について俺話しましたっけ・・・・・・?」
「いや・・・・・・見てりゃ分かるよ。流石にな。大方・・・・・・リコと話してドツボにハマったんだろ」
リサが軽く笑う。
そして、その笑顔と同じくらいの軽さで俺の背を叩いた。
「難しいことは気にするな。けど・・・・・・悩むときゃ存分に悩め。苦しめ。それが人を想うってことだ。間違いも正解もそこには無い」
答えの無い問いに、しかし「これが答えだ」とリサはそれを誇るように笑う。
それはどうすべきかを具体的に示すものではない。
しかし、ある種の信念のように、それは俺の胸に刻まれた。
続きます。