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続きです。
「な・・・・・・」
いきなり現れて、そしていきなり吐き捨てた言葉に耳を疑った・・・・・・のは、俺でなくリタだ。
俺としては初対面がアレだったし・・・・・・理由は分からないにしろ良い印象を持たれてないというのは全然不思議ではない。
「お姉ちゃん、それは・・・・・・関係ないじゃないですか!」
リタにしては珍しく、その苛立ちを隠さない。
リタの中にある超えてはいけないラインをどうも超えてしまったみたいだ。
あるいは身内故にかもしれない。
「ナインは・・・・・・静かにしてなさい。私はマナトに話しているの」
ガッ、とリコの手のひらが俺の肩にかけられる。
リコはリタのように体の変化が進んでいないようで、その腕も普通の形状だ。
込められている力も、ただの人間の範疇の力。
にも関わらず、俺から体の自由を奪うのには十分だった。
睨みつけるようなリコの眼差し。
水平に結ばれた口には感情は滲まない。
冷たく突き刺すような、存在感。
それに俺は圧倒されてしまっていた。
「ま、まぁまぁ・・・・・・とりあえず、その訳を話してもらっても・・・・・・?」
両者を宥めるように、出来るだけ穏やかな言葉遣いで対話を求める。
俺の引き攣った表情ではその効果はまるで無いようだったが、しかし元よりそのつもりで来ていたのだろう、リコは静かに話し出した。
「簡単な話よ。これ以上、ナインの重荷を増やしたくないの。この子はまだ先生、先生って言うけど・・・・・・結局はただの犯罪者じゃない。あの人の説いた言葉じゃ、私たちは幸せになんかなれない。いいかげん、私たちは私たちのために生きるべきなの」
ひとまずあの日の俺のやらかしが関わっているわけではないようで、そこら安堵する。
だが同時に、少し厄介な話になったなとも思う。
リコの言葉に、やはり俺より早くリタが言い返す。
「だからそれについては・・・・・・お姉ちゃんの考えは分かってます。けど、わたしはそうじゃない。みんなの助けになりたいと思うし、わたしはそれで幸せなんです。だから、お姉ちゃんが責めていいのはわたしだけ。他の人を巻き込まないでください」
「また、そんな風に・・・・・・」
リコはリタの言葉を受けて、心底忌々しそうに・・・・・・いや、悔しそうに言う。
「どうして、こんなの受け入れなくちゃならないのよ・・・・・・」
リコは腹立たしげに拳を握り締める。
しかしその怒りや、それが内包する複雑な感情の行き先はどこにも無かった。
「けど・・・・・・あなたのマナトへの執着は異常よ。どうせ何も残らないのに、全て失うのに・・・・・・それなのに、あなたの大切な命をなんだってこんな木偶の棒に使うの?」
「お姉ちゃん・・・・・・」
「・・・・・・」
再び感情の矛先が俺に向きかけるのを、リタが諌める。
リコは無言で、しかし額を押さえるようにしてため息をついた。
「あ、いや・・・・・・その、リタが俺を気にかけてくれるのは・・・・・・その、俺がそういう風にしてくれーって言うか、ただ俺とは普通の友達の距離感でいられたらいいなって・・・・・・」
少なくとも俺絡みのことが今は問題になっているので、弁明というか、リタの立場の弁護に回る。
だが上手いことを言うのも叶わず、むしろ俺自身の木偶の棒っぷりを補強しているようですらあった。
「は、はは・・・・・・だから、そのことに関してリタは責めないでほしい・・・・・・」
実際、ここに関しては多分に俺のせいなわけで、そこは俺としても認めるべきなのだ。
少なくとも、俺は今のところリタに迷惑をかけてばかりで・・・・・・何の役にも立てていない。
「・・・・・・もういい。ナインがこの男の考え無しの言葉を本気にしているのは分かった。でも・・・・・・そんなお友達ごっこで、私たちの結末の何が変わると言うの?」
投げかける言葉は疑問形。
しかしそれに対する返答は許さない。
言いながらこちらに背を向け、足早に去ってしまう。
そのリコの姿は、確かここのところ引きこもっていたという話だし、少なからず視線を集める。
その視線はリコにとって耐えがたいものだったようで、早歩きでどこかへ姿を隠してしまった。
「その・・・・・・すみません」
リコが居なくなると、すぐさまリタは頭を下げる。
「ああ、いやいや・・・・・・」
慌ててそんなことしないでと手を横に振るが、結局のところそんなことをしたところで意味は無かった。
それで何かが、どうにかなるわけもない。
「・・・・・・ごめん」
改めて、俺も謝る。
少なくともリタの良き友人でありたいと思っていたが、現実としてリコの俺への評価は間違いじゃない。
「いや、そんな・・・・・・」
もちろん、俺が謝ったところでリタも依然申し訳無さそうにするばかりだった。
「さっき・・・・・・魔物が現れたときも、家を出ようとするとお姉ちゃんに止められたんです。行くな、関わるなって。その、マナトに対する口振りもあんまりなものでしたけど・・・・・・わたしが言うのもなんですが、お姉ちゃんも決して悪い人なんじゃないんです。それは信じてください」
「ああ、もちろん・・・・・・」
人には人それぞれの考えがあって当たり前だ。
そして身内なら尚更、その想いも止めがたい。
純粋な、リタへの心配。
自分自身で感情の扱いに苦戦してはいるものの、かわいい妹を思ってのことなのだ。
「リコが、その・・・・・・引きこもってるのって・・・・・・」
ケイドから聞いたときは、どうしてそうなったのかなんてさっぱり分からなかったが、今なら分かる気がする。
リタたちが、先生の生徒がどういうものなのか、今は理解しているのだから。
「お姉ちゃんにとっては・・・・・・わたしの言う、いわゆる適切な距離が、誰とも関わらないことなんです。どの道、誰かとの繋がりを持つということはそれを失うことになるわけですから、それが怖かったんだと思います。お姉ちゃんがこの街の人を恨んでいるわけじゃありませんよ。むしろ・・・・・・結局のところわたしと同じように、彼らを愛しているんです。だから、余計にそれらを手放すこと、自分の中で彼らの存在が大きくなることを余計に恐れているんです」
「まぁ、そりゃあな・・・・・・」
導き出した答えは極端かもしれないが、しかし十分に苦悩したのは明らかだ。
あの冷たい瞳は、憔悴しているようにも見てとれた。
「・・・・・・あとは、単純に、どうしようもなくそこにある壁を、わたしたちと他の人が間にある溝を思い知らされるのが辛かったんだと思います。その結果たどり着いたのが・・・・・・同じ命運にあるわたしとお姉ちゃんだけで、ただの二人だけの幸せのみを大切にしようという答えです」
少し確かめたいことがあって、リタの方へ手を伸ばしてみる。
最低限、俺に出来ていてほしいことだ。
俺の手の意味を掴みかねて、リタは不思議そうにしている。
その表情に答えを提示するべく、口を開いた。
「俺は・・・・・・その溝、越えられてるかな?」
「え・・・・・・と」
一瞬驚いたような表情を見せるリタ。
しかし、そのすぐ後に微笑んでくれる。
「はい、もちろん」
そうして、俺の伸ばした手を取った。
握り返すリタの手が、右手だろうと左手だろうと関係ない。
それはリタの手だ。
だから敢えてどちらの手を繋いだとも言わないでおく。
なんとなく照れ臭いのはお互いそうみたいで、でも確かな心地よさもある。
これだけで心が通じ合うなんてことはなくても、少なくともこの瞬間は俺たちにとってポジティブな意味があるのだ。
「さて、じゃあ・・・・・・手伝いに行こうか」
「・・・・・・はい、そうですね」
やっぱり恥ずかしくて、視線が合った瞬間にお互い笑う。
それを誤魔化すように、さっさと事後処理へ向かった。
襲来直後に出来ることも結局限られているので、作業終了に至るまでそれほど長い時間は要さない。
太陽は空の天辺を通過したが、まぁ見立てよりは時間がかからなかった。
これら作業に、もちろん魔法の出る幕は無い。
というか使わせない。
俺としても思うところはあれど、しかしやはり、人助けに身を粉にするリタは生き生きとしているのだった。
続きます。