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続きです。
リタが二体とも退けてくれるのかと思ったが、そうでもないらしくリタは左側から迫るトカゲに密着する。
そうして大口を開いた横面に手のひらを近づけ・・・・・・一瞬のうちに火球を炸裂させた。
瞬間的に生まれた高温が大気を伝わり、その温度はこちらまでも届く。
ある程度の距離を開いてなお「熱い」と感じた。
爆発を食らったトカゲは迫って来た以上の速度で盛大に吹き飛ばされる。
損害を考慮した上である程度調整されていたようで、斜め上に跳ねるように吹き飛ぶ。
巨大に似つかわしくない勢いで空に向かったトカゲは近くの建物の屋根を掠めていった。
何が起きたのか理解していないトカゲは、ただ火球の威力を殺す術もなく宙を踊る。
そして、問題の右側のトカゲは・・・・・・。
ウルルとフルルを丁度丸呑みできてしまうような位置でその牙をぎらつかせる。
グロテスクな、まるで爛れたような口内が詳細に覗ける程の距離感だ。
ウルフルズはむしろその口に飛び込むように前進し、そしてトカゲが口を閉じるギリギリのタイミングで横に避けた。
リタの「心配は要らない」の意味を理解する。
このウルフルズにおいて、心配は無用ということだったのだ。
小さく愛らしい見た目に騙されてはいけない。
戦略的にトカゲを引きつけた二人は、両側からそのトカゲの首を狙う。
すれ違いざまに振り上げた短剣は、その逞しい首を深く抉った。
トカゲの身体の構造を知っているわけではないが、しかしその位置は人ならば頸動脈。
そして、おそらく戦闘慣れしているらしい二人が狙ったので少なくとも急所には違いない。
最短で最低の労力で、条件下であり得る最高を叩き出す。
俺のような力押しでなく、狩人としての適切な振る舞い。
やはり圧倒的に慣れている。
俺とは決定的に場数が違いすぎるのだ。
この、幼い二人が。
トカゲが俺の正面で「ガチン」と口を閉じきる。
その頃には刃を滑り込まされていた傷口から霧状に血液を吹き出していた。
ウルルたちの機敏さに対処出来る身体能力を持たないトカゲは、やはり状況に理解が追いつかない。
視界から消えた二人の姿を探そうと首を持ち上げたとき、初めてその首が思うように動作しないことに気づいたようだった。
この一連の流れが、ほんの数秒で起きている。
そして俺はというと、それに呆気に取られてしまってただ目を丸くして眺めているだけだった。
リタは空中を、俺を助けた時のように駆け登り、トカゲに落下を許すことなく追撃をし続けている。
そんなトカゲだが、耐久性には優れるようでそれでもまだ絶命には至っていなかった。
単純な耐久性とは違っていて、既に手脚を欠損し腹からは骨や臓器を覗かせているのにそれでも生き続けている。
生物としては、酷く歪な生命力だ。
そんなゾンビのような生命力を持つトカゲが、首の血管を断たれた程度で絶命するわけもなく、ぱっくり割れた傷口を気にする様子もなく振り乱す。
あまりにも乱雑に動作するものだから至るところにその頭部が衝突する。
その過程でトカゲは自ら片目を潰してしまったようだった。
しかしその振る舞いによって、さすがに静観していられない被害が周囲に出てしまったのでいいかげん俺も動き出す。
リタやウルルとフルルのおかげで、不気味な怪物は既に倒すことの出来る生物に認識が切り替わる。
そのおかげで、俺の体から緊張が消え去った。
たぶん気のせいだが、剣の炎もより伸びやかになっているような気がする。
決して広くない通路のせいで満足に動けないトカゲ。
そいつは今ウルルたちにその背を裂かれている。
刃を潜り込ませたまま、生来の体幹を活かしてその背を駆け回っていた。
二人は自分の体が汚れていくのをまるで気にしない。
血で汚れるのも泥で汚れるのも、この二人にとってはそう違わないことらしい。
しかし、その短な刀身では時間をかけねば致命的なダメージになり得ない。
それこそ首を切れば死ぬような普通の相手ならまだしも、ほとんどゾンビのこいつらには決定打を与えづらい。
だから、いいところを持っていくようではあるが・・・・・・。
「いくぞ! ウルル! フルル!」
まるでプールの飛び込み台から飛び降りる合図をするような感覚で、二人に声を飛ばす。
説明不足も甚だしい合図だったが、しかし二人なら俺の動作を見てから対処可能だと踏んで行動に踏み切る。
技巧もクソもない素人丸出しの突進。
炎の剣を水平に構えて、トカゲに向かって突き進む。
当然それをトカゲが察知出来ないはずもなく、こちらを向いて大きく口を開いた。
「・・・・・・!」
そして、ここに来て新たな攻撃を見せてくる。
開いた口の、その喉の奥。
体中からエネルギーが集うように、そこが輝き出す。
白熱し、温度の上昇を伴う。
だが、それももはや・・・・・・今更関係のないことだった。
トカゲが生み出した光弾を吐き出す。
エネルギーの塊であるそれは、しかし質量を持っているようだ。
それにも怖気付かず、むしろ向かって行く。
俺は、俺自身の能力には自信がない。
これは今までの出来事で散々思い知らされたことだ。
だが、授かったこの権能には絶対的な信用がある。
こちらの方が数段強い、と。
衝突に備えて、剣の火力が増す。
俺の走った軌跡を炎が可視化する。
そして・・・・・・。
光弾と刃が接触した。
瞬間、確かな抵抗。
俺の腕に光弾の推進力が、その重さがのしかかる。
だがそれは一瞬だ。
その後、滑る。
光弾が、断たれる。
トカゲの生み出した光の弾丸は、確かに真っ二つになった。
練られた形を失った光弾は、その結びつきが弱まり解ける。
それは小規模な爆発を引き起こすが、俺はその爆風を背に受けてむしろ加速する。
そうして、開かれたままの口に同じように刃を滑り込ませた。
すれ違うように、走り続ける。
剣にかかる抵抗は、ほとんど無い。
俺が飛び込んだのを確認すると、ウルルたちはトカゲの背から飛び退く。
その数瞬後には俺の刀身から放たれる熱が通過した。
完全にトカゲとすれ違う。
剣は既にトカゲの体内に無く、尻尾の付け根から体外に滑り出ていた。
つまり、顎からこの位置まで、スッパリ両断されたわけだ。
トカゲの体が切れ目に沿ってズレる。
その後、内側から発火する。
発生する煙からは、鼻をつく嫌な匂いがした。
丁度そこに、もう一体のトカゲを退治し終えたリタが戻ってくる。
空中から来たものだから、ほとんど忍者みたいな現れ方だった。
「これはまた・・・・・・ずいぶん派手にやりましたね・・・・・・」
未だ焼け続けているトカゲを見てリタが呟く。
そういうリタはトカゲを跡形なく消滅させているようだったが。
ただそうしたくなるのも分からなくない。
何さあまりにも明らかに助かるはずもない状態なのに、未だにトカゲの指は地を掻きむしるかのように動いているのだから。
「これ・・・・・・このままで大丈夫かな?」
一応リタに尋ねる。
するとリタは屈んでトカゲを眺め・・・・・・。
「これだけやれば、いくらなんでも修復不可能ですね」
と冷静に分析した。
俺たちのもとに、すっかり汚れたウルフルズも駆け寄ってくる。
熱のせいか若干毛先が縮れていた。
「すごい! 燃えたぞ!」
そんなことは気にする様子もなく、ウルルは目の前の光景にはしゃぐ。
フルルは無言で俺の手をとって、自らの頭に乗せていた。
こうして、危機の到来は存外簡単に片付いてしまう。
ただ・・・・・・目覚ましの運動にしては、どう考えてもハードすぎた。
続きます。