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続きです。
外に出ると、探すまでもなくその姿は視界に入ってくる。
乱立した建物が形成する、デコボコした不完全な“壁”。
そこを巨大なトカゲが這い回っていた。
翼のようなものは見当たらず、またほとんど垂直で手脚を引っ掛けるのは難しい位置を難なく歩いていることから、飛んできたのではなく壁を登って来たのだということが分かる。
一見、鳥木族のような野生動物と同じ類いのものにも見えるが、しかしその規模がまるで違っている。
俺が戦うのではあれだけ苦戦したあの巨鳥を、恐らく容易く一噛みで葬り去ることが出来るだろう。
その滑らかな肌のような質感の体表には、明らかに普通の生物には無いような光の筋が複雑に走っている。
血管のように張り巡らされたそれは、紫色の輝きを放ち、眼球も同じ色合いにぎらぎら輝いていた。
リタの瞳の輝きを強くすればちょうど同じ色になるのは・・・・・・おそらく偶然ではないのだろう。
そんな奇妙な外見の、それも巨大な怪物が二体。
そいつらが歩みを進めるたびに地面は振動した。
「でかいな・・・・・・」
正直、怖い。
怖気付いている。
その外見の不気味さだけでも、俺を萎縮させるのには十分だった。
今のところトカゲ共はこちらを気にかけることもなく、落ち着きなく街中を這いずっている。
敵意の有無は判断しかねるが、しかしそうしているだけでただでさえ粗雑な作りのこの街の建築物は歪んでしまうのだった。
「「おー・・・・・・」」
這い回るそいつらを目で追っていると、すぐそばで感嘆の声が上がった。
二重に重なったその声は、どちらも聞き覚えがある。
というか・・・・・・。
「君らついて来ちゃったの!?」
庇護されるべき対象。
幼い子ども。
それも、同じ家で暮らす。
どこに仕舞ってあったのか、それぞれ短剣を携えたウルルとフルルだった。
「ウルルがマナトを守るぞ!」
「・・・・・・わたしも・・・・・・マナト、守る・・・・・・」
身長との比率で見ればほとんど長剣と変わらない短剣をウルルが振り上げる。
それはお飾りではなくちゃんと使い込まれた刃のようで、よく見ると細かな欠けや手入れの痕跡が残っていた。
「い、いやいや・・・・・・」
無理があるでしょ、と手を振る。
一応俺一人でも勝てるつもりではいたが、このちんまいの二人を気にしながらとなるとなかなか難しいかもしれない。
リタのような魔法ならまだしも、どう考えても短剣一つで挑んでいい相手じゃない。
これは・・・・・・どうするべきだ?
いち早くこの子らをなんとか逃がしてしまうか・・・・・・。
しかし、それが出来るとも思わない。
「あぁ・・・・・・っと」
考えている時間がもったいない。
時間はかかるだろうが、あのトカゲ二匹がここを更地にしてしまうなんてのは十分可能だ。
そうでなくても、厄災を退けるのは早ければ早いほどいい。
ならば・・・・・・。
速戦即決。
観察をやめる。
どの道これ以上得られそうな情報もない。
それに、向こうがその手の内を見せるまでもなくただ一方的に倒す。
それが理想だ。
気持ちを固めて、権能を呼び出す。
渦巻く熱、揺らめく炎の輝きを俺に出来る最大で。
その瞬間、ギロリと紫色の虹彩がこちらを睨んだ。
「あ・・・・・・」
察する。
その無感情な目に、しかし明確な意志を感じる。
殺意。
本来なら弱いだけのはずの俺は、その視線を向けられるだけで「狩られる」側だということを自覚してしまう。
だが・・・・・・。
そうした、ただの人間としての本能を炎で断ち切る。
ただの餌ではないということを、思い知らせてやるのだ。
「来るっ・・・・・・!」
おそらくあのトカゲ共の注意を引いてしまったのは、まぁ俺のせいなのだろうが・・・・・・しかしこれから戦うという前提の上では好都合。
そのでかい体じゃ、この街は動きづらいだろう。
家々が形作る不完全な“壁”を、トカゲたちはその巨体に見合わない速度で迫ってくる。
それを迎え撃とうと身構えると・・・・・・。
「あ、ちょ・・・・・・待って・・・・・・」
その俺より先に、ウルフルズが一歩踏み出す。
既にトカゲは、こちらに向かってその細かい牙の並ぶ口を広げ周囲の建造物ごと俺たちを飲み込もうとしている。
危ない。
止めなければ。
授かった権能のおかげである程度思考が加速しているが、体がそれに追いついていないのがもどかしい。
すべきことは分かっているのに、適切な動作も見えているのに。
ただ時間だけがそれを許さない。
そして・・・・・・。
「心配要りませんよ・・・・・・」
耳元で静かな声が響いた。
リタだ。
心配要らないって?
どういうことだよ、と尋ねようとするが時間がそれを許さない。
俺よりずっと早く、リタが人間を超えた速度で跳躍する。
まだ明るくなりきらない朝の空に、リタのローブが風を受け、まれで翼のように広がった。
続きます。