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続きです。
背中がやや汗ばんでいるのを感じる。
いつもこんなに暑かっただろうかなどと思いながら寝返りを打とうとすると、しかし明らかに自分のものでない質量に阻まれるのを感じた。
俺が少し身じろぎしたせいか、腕の中でもぞもぞ動く体温。
寝癖のついた腹毛が俺の腕をくすぐった。
そういえば、とフルルと一緒に寝ていたことを思い出す。
これでこの暑さにも説明がつくわけだ。
そうして答えに辿り着くと、浮上しかけた意識は再び寝具に溶けていった。
フルルが眠ったまま伸びをする。
太ももに足の爪が引っかかってわりとしっかりした痛みが走るが、それが意識を覚醒の水準まで引っ張り上げることはない。
あくまで半覚醒状態、いや・・・・・・三割覚醒くらいだろうか。
俺以外の誰かが目覚めている様子もなく、そこからまだ朝と呼ぶには早い時間だと分かる。
しかし体の凝り具合というか、筋肉の強張った感じから、なんとなくそれなりの時間眠っていたのもまた明らかだ。
この街のベッドは硬いからな。
微睡みながら、あくびを一つ。
それが済むと、俺の身体のなんらかの欲求は満たされたようで、背を丸めて再び深い眠りに落ちる姿勢になった。
部屋に誰かしらが無意識に体を動かす音が響く。
そして・・・・・・。
「・・・・・・?」
低く腹の底を揺らすような振動がやって来た。
それは一度では止まず、幾度も繰り返される。
「じ・・・・・・しん・・・・・・?」
眠ったままの脳みそはそのまま安直な答えを吐き出すが、しかしすぐにそうでないことに気づくことになる。
大地に響く揺れではあるが、そのリズムが明らかに自然現象由来のものじゃない。
そして・・・・・・。
「・・・・・・!?」
ズドン、と一際大きな振動がやって来る。
これにより一瞬で俺の意識は明瞭になった。
それは俺以外の者も同じで、この部屋に居る全員が段階をすっ飛ばして完全に目覚める。
フォスタはベッドの上で上体を起こし、ウルルとフルルは既に立ち上がって緊張した様子で聞き耳を立てていた。
明らかな異常事態。
普通でない状況が既にやって来ている、それが彼女たちの様子から見てとれた。
「これは・・・・・・いったい?」
フォスタたちも何が起きているか完全には分からないだろうに、尋ねずにはいられない。
一瞬で張り詰める空気、きつく絞られる緊張の糸。
「たぶん・・・・・・魔物、だ」
フォスタは最低限の動作でそれを告げる。
ウルルとフルルは、既に何かを捉えているようで外の様子など見えていないにも関わらず壁越しに視線で追っていた。
「・・・・・・大きい。遅いけど・・・・・・」
「・・・・・・一匹じゃない」
二人は声に出しながら状況を分析する。
そしてその直後、再び激しい揺れが俺たちを襲った。
「わ・・・・・・!?」
フォスタがよろめきベッドから落ちそうになる。
即座にウルルが支えに回ったため、危険な倒れ方をすることはなかった。
「ごめん・・・・・・ありがとうね」
「・・・・・・近い」
ウルルは今までの様子からは想像もつかないほど、まじめにこの事態へ対処している。
それが未だ魔物をよく知らない俺にも、その存在感の大きさを、事の重大さを思い知らせていた。
体験したことのない状況なだけに、どうするべきか分からない。
このままじっとしているべきなのか、それとも迎え撃つべきなのか・・・・・・。
今の俺には、魔物という存在はあまりにも得体が知れなさすぎる。
というか、この街にはあの壁があるじゃないか。
まさか壊された?
いや、それは考えづらい。
だとしたらもっと大きな音と振動があるはずだし、しかしウルルが“大きい”と言っていたことから門をくぐって来られるような輩でも無さそうだ。
だとすれば、空・・・・・・か。
飛行能力を持つ何か。
鳥木族との戦闘を思い出して、少し嫌な気持ちになる。
それで、複数体と来た。
「・・・・・・」
どのみちこうしていても俺には何も見つけられないので考えるのをやめる。
ウルフルズのように優れた聴覚や嗅覚は持ち合わせていないのだ。
ならば、もっともシンプルな結論を答えとするだけだ。
それを阻害するのは、俺の未知への恐怖に由来する躊躇だけ。
「少し・・・・・・見てくる・・・・・・」
躊躇っている時間がもったいないので、フォスタたちにそう告げることで行動に移さざるを得なくする。
「マナト・・・・・・」
フォスタは俺を心配してくれているようで、少し複雑そうな顔色だ。
「大丈夫、俺の・・・・・・あの力は、料理のためだけにあるわけじゃないから」
自分自身の緊張もついでに解すように、冗談混じりに言って笑う。
これでフォスタに引き止められでもしたら間違いなくそれに甘えてしまうので、それを言い残してすぐさま駆け出し部屋を飛び出して行った。
続きます。