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続きです。
「ただいま」
戦利品を携えて帰宅する。
帰り道で少し迷ったのは内緒だ。
「来たー!!」
「・・・・・・」
俺が帰ったのをいち早く察知して駆けつけてくれたのは、ウルルとそれに続くフルルだ。
犬基準で読み取っていいのか分からないが、尻尾を振っているのでたぶん喜んでいる。
可愛らしいお出迎えに嬉しくなって二人の頭を撫でる。
今度はフルルも触らせてくれた。
くすぐったそうにしているけど、まんざらでも無さそうだ。
「ただいま〜」
二人と目線を合わせてもう一度言う。
すると、遅れてフォスタも家の奥から顔を出した。
「あ、お帰りなさい。結構遅かったね」
「おっと・・・・・・それは、まぁ・・・・・・色々あって・・・・・・」
いつまでも入り口付近でわちゃわちゃしているのもアレなので、完全に入室して扉を閉じる。
こんなちょっとしたお使いではあったが、振り返るとなかなかどうして問題だらけだ。
「それで・・・・・・どう? あった?」
フォスタはさっそくランプの燃料について尋ねる。
と言っても、俺の手に箱が握られているのを既に見ているのでほとんど確認の意味合いだろう。
「おう、ばっちりもらって来たぞ。まぁフォスタも言ってたけど、残りもあまり無いみたいだが・・・・・・」
箱をフォスタに差し出す。
ウルルは「なにそれ!」と、フォスタ以上に興味津々でその箱を見つめていた。
「ふふ、夜のお楽しみ。今から使っちゃもったいないからね」
フォスタはウルルを宥めつつそれを受け取る。
取り扱いについてはフォスタに任せて問題なさそうだ。
「さて・・・・・・じゃあマナトも帰って来たことだし、お昼にしようか」
フォスタは澄ました顔で告げる。
お昼の言葉を聞いた瞬間に目を輝かせるウルルの単純さを笑えないほど、俺としても楽しみだった。
フォスタは受け取った箱を手に、軽やかに奥の部屋に向かう。
それを追いかけるウルルに手を引かれて、俺も向かった。
部屋に入ると、落ち着いた雰囲気が出迎えてくれる。
宣言があったとはいえ、まだ料理が用意されているというわけではなく今からこしらえるみたいだ。
「何か手伝う?」
「んーん、いーよ。こう見えてうち、けっこうデキるから!」
食器棚の下部の収納部に魔焼芯の入った箱をしまいながら誇らしげに言う。
納得のいく位置に箱を納めた後、こちらに振り向いて笑った。
「料理は八割の経験と二割の勘ってね」
「ん? なにそれ?」
「師匠の教訓だよ。ほら・・・・・・えっと、この街にある宿屋の・・・・・・」
「あのおじさん?」
「そそ、あの人に料理は教わったからね。期待してもらって構わないよ!」
そう言えば鳥木族を料理してたのもあのおじさんだ。
おじさんの弟子となると、確かにその腕前は信用に値するものな気がしてくる。
フォスタは箱を仕舞った方とは別の戸を開けて、その中から材料となるビカクの干し肉と、それから・・・・・・。
「え、なにそれ・・・・・・?」
「これは・・・・・・この間ウルルたちが採ってきてくれた謎のキノコだよ。まぁ本人たちは食べ物だと思って持ってきたわけじゃないみたいだけど・・・・・・」
既に並んで着席しているウルルとフルルがなんのことか分かっていないにも関わらず、とりあえず名前が出たからというくらいのノリでこちらにピースサインを向けてくる。
指が短いからほとんど中途半端な握り拳くらいにしか見えない。
「謎って・・・・・・大丈夫なの?」
キノコなんて素人が手を出していいものじゃないだろう。
それに・・・・・・その、見た目がなかなか奇抜だ。
その奇妙な色合いから、ウルルたちがそれを面白がって採取してきたというのは想像に難くない。
フォスタ自身正体はよく分かっていないようで、鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。
「まぁ・・・・・・大丈夫でしょ! リサさんが一応目は通してるし・・・・・・。味に関しても経験と勘の、勘の部分できっと美味しく仕上げられるよ」
「えぇ・・・・・・」
まぁリサのチェックが入ってるなら実際無毒ではあるのだろうけど・・・・・・勘で調理するのか・・・・・・。
いつまでも立っているのも変なので、俺も空いている椅子に腰を下ろす。
ただ一人、フォスタのみが食材と調理器具を持って台所に立っていた。
その背中と、食器棚・・・・・・というよりはもはや何でも仕舞っているようだが、その棚を眺める。
この街では普段から料理をする家なんてそれこそここと、それから宿屋くらいのものだろう。
少なくとも俺は貰った干し肉にそのままかぶりついていた。
だからそもそも調理場所があるのと、それから調味料が取り揃えてあるのがなかなか新鮮だ。
調味料なんて、きっと時折来るらしい旅商人から買うくらいしか入手方法がないだろう。
フォスタはそれらを惜しむことなく使用して、下ごしらえを始める。
流石に手慣れたもので、未知の食材相手だと言うのに迷いが無い。
そのままの速度で完成までいきそうな気配だったのだが、しかし・・・・・・。
「ありゃ・・・・・・?」
フォスタの淀み無い作業の流れに乱れが生じる。
まだ空の鍋を乗せている見慣れない道具をいじりながら、首を傾げていた。
あれは・・・・・・もしかしたらコンロだとか、そういう類いのものに相当する道具だろうか?
ならば俺の出る幕かもしれない。
「どうした・・・・・・?」
丁度ただ料理を用意してもらうというのも申し訳なく思っていたので、むしろ都合が良いとフォスタの横に立って手元を覗き込む。
「いや・・・・・・えっと、ちょっと道具の調子が・・・・・・」
「それってどういう道具?」
「え・・・・・・? これが? これもリタさんがどうせ使わないからってくれた魔道具だけど・・・・・・。その料理って火を使うでしょう? そのための道具なんだけど・・・・・・」
よしきた、と内心ガッツポーズ。
いや、それだとワケはともかく人の不幸を喜ぶヤな奴な構図になってしまうか・・・・・・。
しかしそれなら、やはり力になれそうだ。
「火ならすぐ用意出来るからさ、ちょっと手伝わせてもらってもいい?」
「へ・・・・・・?」
調子の悪い道具を前にしたとき以上の角度で首を傾げる。
まぁ確かに、いきなりこれだけ言われてもなんなら正気を疑うくらいだろう。
「ま、見てなって」
こればかりは言葉で説明するよりさっさとやってしまった方が手っ取り早い。
躊躇することなく、能力の安売りをする。
胸から、だいぶ火力を控えめにした刃を抜き放つ。
小さな台所が一段階明るくなった。
「なにそれ!」
ウルルは俺の手品じみた行動に目を丸くして駆け寄ってくる。
フルルも、テーブルに身を乗り出すようにして炎の剣に視線を注いでいた。
しかし、その輝きを目にしたフォスタは眉を顰める。
「それ・・・・・・魔法じゃ・・・・・・」
「あ、そっか・・・・・・」
説明無しじゃ確かにこんな芸当魔法にしか見えない。
フォスタの表情から、魔法への忌避感がかなり強いのが読み取れる。
嫌悪というよりはほとんど恐怖に近い色合いだった。
当然そんな顔をさせたかった訳では無いので慌てて説明を差し込む。
「あぁっと・・・・・・これは魔法じゃないんだ。だから心配は要らないよ」
「魔法じゃ、ない・・・・・・?」
フォスタは視線で「じゃあ何なのか?」と尋ねてくる。
しかしそれを説明するのは、少々難しい。
自分の中でこれは魔法ではないというのがあまりにも明らかだったからその感覚を忘れていたが、確かに魔法と混同してしまうのは仕方がない。
とはいえ自分でもこの力の原理というか、理屈が分かっていないので、召喚の下りを話せない相手にどう説明出来るかというと・・・・・・。
スマートな答えを出そうと思考を高速で巡らせていると、今はどうしてか機能しないコンロ(仮称)に目が止まる。
リタも炎の出る剣という魔道具はあると言っていたはずだし、これなら違和感は無いか・・・・・・?
「そう、これは魔道具! 魔道具だ!」
「本当・・・・・・?」
答えを出すのにやや時間がかかってしまったせいか、未だフォスタは疑わしそうな視線を向ける。
さて、ここからどうしたものか・・・・・・。
考えていると、俺が何かを思いつく前にフォスタは首を横に振る。
「ううん、ごめん・・・・・・信じるよ。マナトは嘘をついてない。それに・・・・・・うちのためにそうしてくれたんだもんね」
「あ・・・・・・と・・・・・・」
魔法ではないというのは揺らがない事実だが、実際嘘はついているので良心が痛む。
しかし、フォスタは追求をやめて、俺の助力を受け入れてくれた。
「それで・・・・・・それを、どうやって使えばいいの?」
「あぁ・・・・・・それは、と・・・・・・」
ひとまず鍋を退避。
それから、元より火・・・・・・少なくとも熱を扱う道具なので大丈夫だろうと踏んで、コンロの上に刃を横たえた。
今は火事の心配が要らないからこの金属製の家がありがたい。
「その・・・・・・火力の方はこちらで調整するので、指示の方お願いします」
「えぇ・・・・・・なんかだいぶ不恰好だね・・・・・・」
言いつつもとりあえずチャレンジしてみるつもりらしくフォスタが鍋を乗せる。
しばしその様を眺めて、それから「いける」と踏んだのか食材の投入を始めた。
そこからは時間はかからなかった。
料理中に火力を頻繁に変えるわけでもないので、ちょうどいいラインを見つけた後はこちらの手間はないに等しい。
多少不安定な感じは否めないが、ともあれ完成に至るのには問題なかった。
「よし! もう止めていいよ」
「分かった」
指示通り炎を止める。
こうなればこの剣もただの豪華な棒だ。
リタも言ったように、これには刃が付いてない。
さて、こうして調理の一部始終をすぐそばで眺めていたわけだが・・・・・・肝心の料理はというと・・・・・・。
「おお・・・・・・!!」
ちゃんと美味そうだった。
「まーだー・・・・・・?」
結果的に普段より時間がかかってしまったので、椅子に戻ったウルルがこちらに催促する。
「はいはい、出来たよー・・・・・・っと」
フォスタは完成した料理を手早く食器に盛り付け、そしてテーブルに運んだ。
そして着席する。
それを眺めていた俺も、フォスタの隣の椅子に座った。
「さて、お待ちどーさま」
並べられた料理から、出来立ての証拠である湯気がいい匂いと共に上る。
「いただきます」
作り手の手間を間近で感じたのもあって、無意識的に手を合わせる。
そういう文化圏ではないだろうに、ウルルも俺の真似をしていた。
フルルは気配り上手なのか、それともいつもそうしているのかは分からないが、人数分のフォークを持って来てくれる。
それを受け取った人から、食事に手をつけ始めた。
「ん・・・・・・」
「ありがとう」
俺もフルルからフォークを受け取り、そして迷わず料理にそれを突き入れる。
細かく刻まれたキノコと繊維に沿って裂かれた干し肉が丁度いいバランスで混在していた。
テーブルマナー的には本来そうするべきじゃないかもしれないが、こぼさないように皿を浮かせて料理を口に運ぶ。
放り込まれた食材が舌先に触れた瞬間、キノコのものと思われる強烈な旨味が広がった。
調理風景では調味料は控えめだったが、これを予見してのことだったのかもしれない。
だとしたらフォスタの勘は本物だ。
「美味い・・・・・・美味いよこれ!」
フォスタに正直に感想を告げる。
しかし料理人であるフォスタが一番味に集中しているようで、未だ吟味している最中だった。
フォスタの眉がピクリと動く。
瞬間、ピリッとした空気がたぶん俺の中にだけ走った。
フォスタは瞳を閉じ、そして頷く。
納得のいく出来だったようで、やり切った笑みを浮かべた。
「うん、いいね」
自画自賛には違いないが、実際に美味いから感服である。
「うまうま」
「おいしい」
ウルルとフルルに関しては「本当にそう思ってる?」ってくらい適当に褒めながら料理をかき込んでいる。
二人は言葉でというよりは実際の食いつきにその評価が現れるようだ。
「あはは、二人は何作っても美味しいとしか言わないからね・・・・・・。あてにならないよ」
「はは・・・・・・」
フォスタはそう言うが、ウルルとか絶対に不味かったら食わないタイプだろうし、あてにならないわけでもないだろう。
「てか食い方汚すぎ!」
正面に座るウルルは、口の周りを派手に汚しながら食事をする。
ただの人間と違って毛が生えてる分、余計にその汚れが厄介そうだ。
そんなこんなで、欲を言えばもっと食いたかったが昼食の時間は終わる。
望んでもなかなか手に入らない、賑やかな食卓だった。
続きます。