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続きです。
何もかも間違い続ける。
弁明のタイミングを自ら失う。
逃げる。
逃げる。
あ・・・・・・ちょ、足が絡まっ・・・・・・。
「うぐっ・・・・・・」
そう走らないうちに、リタの家の出口まで辿り着かないうちに、転んでしまう。
結果的には弁明の機会を得たわけだが、とても冷静でいられなかった。
受け身も取れない不恰好な倒れ方だったのとはちゃめちゃに焦っているのとで全然起き上がれない。
そうこうしているうちに遅れて出てきたリタに追いつかれてしまった。
「あ、いや・・・・・・これは、その・・・・・・!」
その姿を視界に捉えてなんとか言い訳しようとするが、適切な言葉が何一つ浮かばない。
言葉にしたいことをまとめられないまま口が先走るせいで、結果的に意味をなさない音を吐くだけだ。
しかし、追いついてきたリタが怒り一色に染まっているという様子でもなかったので、段々と落ち着いてくる。
まぁそれだけの“間”を生んでしまったので、もう逃げ出すことも叶わないのだが。
「あの、ですね・・・・・・」
リタの頬は先程までの行為の所為かうっすらと紅潮している。
汗ばんだ額に皺を寄せて、最後に呆れた風にため息を吐いた。
「お姉ちゃんはともかく・・・・・・わたしに関しては別に気にしなくていいですよ・・・・・・。何か、用があるんでしょう?」
急いで身につけたのか乱れた衣服を整えながらずっこけた俺に手を差し伸べる。
散々焦りまくった後なので思考なんてものは全く機能せず、脳死で手を取って立ち上がった。
「・・・・・・」
しばらくボーッと向かい合う。
リタは半ば放心状態の俺に合わせてくれているようだった。
「あ・・・・・・の、すみません・・・・・・でした」
状況を整理する時間を与えてくれたおかげで、やっと平時の八割程度には頭が回り出す。
俺の粗末な脳みそは、何よりもまず深々と頭を下げて謝罪することを選んだ。
「・・・・・・ですから、この件に関しては大丈夫ですよ。お姉ちゃんも、まぁ・・・・・・出てこないでしょうし・・・・・・。とりあえず、落ち着きましたか?」
「はい・・・・・・」
「ならよし、です」
かなり重大な失敗をした上に、その後の振る舞いも酷く情け無い。
そんな姿を晒してしまった事実に項垂れる。
リタからすれば俺の情け無い姿は今更かもしれないが・・・・・・短期間でこういった経験を重ねた本人としてはやはり耐えがたい。
「とにかく・・・・・・そうですね。一旦わたしの部屋に先に行ってください。わたしも下着を回収してすぐそちらに向かうので・・・・・・」
あ、今ノーパンなんだ・・・・・・。
極度のストレスに晒された脳は、リタの言葉のそんな部分をピックアップしてしまう。
だがその言葉がなんらかの余韻をもたらすこともなく、俺は頭真っ白のままとぼとぼリタの部屋へと向かった。
部屋に入ると、とりあえず前のように布団に腰掛ける。
そこで危機が去ったのを実感し、そのおかげで急激に理性も回復していった。
「あ゛ぁ゛・・・・・・」
ベッドに深く腰を沈め、頭を抱える。
一人反省会の結果、何故ノックをしなかったのかというところが運命の分岐点だったという結論が出たがそれは俺の精神を守る以外に何の意味も持たなかった。
「いや、まさか二人がそんな関係だと思わないじゃん!」
だって姉妹じゃんか!
八つ当たり気味に矛先の無い怒りが溢れて言葉になる。
しかし行き先のなかったはずのその言葉は部屋に入ってきたリタに届いてしまった。
「別に・・・・・・そういう関係ってわけでもないですよ。あるのは普通に家族としての愛情ですよ」
「せやかて・・・・・・!」
「まぁ・・・・・・言いたいことは分かります。けど、お姉ちゃんにはわたしが必要なんですよ・・・・・・」
そう言った後に、リタは小さくため息を吐く。
それはどうも俺に対するものでは無さそうだった。
ひとまず落ち着きは完全に取り戻せたので、改めて誤りながら姿勢を正す。
俺の正気度が問題ない水準に回復したのを受けて、リタは素早く本題に移った。
「それで、一体何をしに来たんですか?」
「ああ、それなんだが・・・・・・」
ある程度話の切り出し方も決めていたはずなのだが、今ではまっさらだ。
リタの理解力に甘えて、順序立てて話すのは諦める。
思いつくところから、言葉に変えた。
「あの・・・・・・ランプ」
「ランプ・・・・・・ですか?」
「そう、フォスタの家にランプがあって・・・・・・あれを点けるのになんか石が必要だって・・・・・・」
しばらくいまいち分からなそうに話を聞いていたリタが、石という言葉で表情を変える。
もともとリタのものだったわけだし、石という単語で全部繋がったのだろう。
「ああ、なるほど・・・・・・あれでしたか・・・・・・。あれ・・・・・・を点けたいんですか?」
リタの汲み取る力に感謝しながらガクガクと首を縦に振る。
そうするとリタはすぐに散らかった棚を漁り出してくれた。
ある程度貴重っぽいものなのに、わりと管理は杜撰なんだな・・・・・・。
「えっと・・・・・・確かここら辺に・・・・・・」
バタバタと棚に置かれたものがリタの腕に薙ぎ倒される音が響く。
その音が三、四回鳴った後、小さなケースを手に持ってベッドまで戻って来た。
「ありました・・・・・・」
「それ、は・・・・・・?」
リタの手のひらにあるのは、直方体の紙製の入れ物。
サイズはリタの手のひらに収まってしまうほど小さなものだ。
この部屋の有り様で無くしていないのが不思議なくらい。
「これは魔焼芯です」
「ましょうしん・・・・・・?」
「はい。あのランプ専用の、使い捨ての燃料ですね。あのランプは魔道具ですので、魔力で機能します」
箱の蓋を開けて、中身を見せながら説明してくれる。
箱の中には棒状に加工されたピンク色の水晶が三本転がっていた。
「あれ? ていうか魔力で動くって、それっていいの? 汚染とか、は・・・・・・」
「いいか悪いかで言えば・・・・・・実は良くはないんですが、これを使った所為で汚染が進む、ということはないですよ」
「な、なんで・・・・・・?」
原理の根幹に魔法があって、それなのに汚染の心配はない。
そんな風に出来るなら、この世界で今起きてる問題ってもはや無いのと同じなんじゃ・・・・・・。
「あれ・・・・・・これについては前にも話しませんでしたっけ?」
「え、そう・・・・・・?」
「あ、いや・・・・・・あの時は確かマナトは上の空で・・・・・・まぁいいや。もう一度話しますね」
「た、頼む・・・・・・」
なんか過去にわりと重要な説明を聞き逃していたらしく、申し訳なくなる。
しかし気になりはするので、恥を偲んで続きを促した。
「魔力を消費すれば廃棄物として瘴気が残る。ここまではよかったですよね?」
「ああ」
その理屈は分かっている。
だからこそそのランプに疑問を抱いたわけだ。
「そして、この世界にはその瘴気を吸収して浄化する魔晶という鉱石が存在します。この魔焼芯はランプを点灯させるための回路と魔晶がセットになってまして、そういう理屈で瘴気は排出しないんです」
「な、なるほど・・・・・・」
「そして・・・・・・じゃあなんで実は良くはないのかと言いますと、魔晶は大きな塊でないと浄化能力を持たないんです」
「何故・・・・・・?」
「それは・・・・・・実はよく分かっていないんですけど、感覚としては手のひらから切り落とされた指は動かない、みたいな・・・・・・そんな感じだと思ってください」
箱の中の魔焼芯を見る。
役割としては要は乾電池みたいなものなわけだが、そのサイズは豆電池レベルだ。
お世辞にも大きな塊だなんて言えない。
だからこそこの道具は使い捨て、なのだろう。
「それで、この魔晶なんですけど・・・・・・埋蔵量が限られてまして・・・・・・。大昔の巨大な生物の亡骸が結晶化したものだ、と言われているんですが、つまり新たに生み出す手立てが無いんですよ。魔法の危険性が分かった後、すぐに人々は魔晶の能力に飛びつきました。魔晶を使いたい人、魔晶でお金稼ぎをしたい人、どちらもたくさん居たのでほんの数年で後戻り出来なくなってしまいましたよ。魔法も魔晶も、よく分からないまま使ってしまって、そして自らの首を絞める。同じ過ちを2度繰り返したわけです」
リタは苦い表情でその歴史を語る。
どれだけ忌々しくとも、それがこの世界の人々の歴史なのだ。
後悔はいつだって先には立たない。
丁度先程の俺みたいに。
この歴史は愚かには違いない。
けれど、それを馬鹿に出来る立場には居ないのだ。
自分自身同じく愚か者と知っているから。
「実際・・・・・・魔法も魔道具も、便利なんですよ。そう、わたしのローブ。あれも先生から譲り受けた魔道具です。基本的に傷つかないし、汚れない。寒冷地では暖かく、その逆の場合は涼しく・・・・・・そういうちょっとした便利が、結局のところ手放せないんです」
「そっか・・・・・・」
そういえばそうだった。
狩りから帰ったときも、あのローブだけは綺麗なままだったのを思い出す。
今思えばあれは普通の衣服としては確かに不自然だった。
「・・・・・・で、そこに追い討ちをかけるように現れたのが天空の城、か」
「そうですね。少なくとも、あれを落とさない限り・・・・・・明るい未来はあり得ません」
落とせれば明るい未来が待っている、とも言わない辺り、相当に切羽詰まっているのだろう。
「ちなみに・・・・・・今、きちんと機能する魔晶って残ってるのか?」
リタは軽く頷く。
「幸い、残っています。ただ、汚染と戦うのにも結局魔法の力に頼らざるを得ない現状ですのでね・・・・・・」
「・・・・・・」
下手なことは言えないので、言葉に詰まる。
だが、脳裏にはネガティブな言葉がよぎっていた。
「さて、つまらない話はこれで終わりです。どうせわたしは使わないので、箱ごと持って行ってください。ランプ本体が壊れていなければ使えるはずですよ」
「あ、ありがとう・・・・・・」
リタ自身、かなり厳しい現実を再確認したばかりだというのに、しっかりと人当たりのいい笑みを浮かべて見せる。
12歳の少女が浮かべる笑顔にしては、大人過ぎた。
「じゃあ、その・・・・・・お姉ちゃんを待たせてますので・・・・・・」
「へ・・・・・・?」
いきなり例の話題に戻ったので、焦りが再燃する。
そういえばそういう状況だった、と隣の部屋に圧力を感じる。
ていうかこの流れで続きをするのか・・・・・・。
「で、では・・・・・・お邪魔しました・・・・・・」
立ち上がり、そそくさと部屋を出ようとする。
そんな風に逃げようとする俺に、リタはいたずらっぽく笑いかける。
「ほんとに、お邪魔でしたよ?」
「うぐ・・・・・・」
的確な精神ダメージを貰いつつも、その笑顔は年相応で・・・・・・そこは少し安堵した。
続きます。