1-36
続きです。
「いや、すまないね。無駄話ばかりしてしまって。それで、君はどこへ向かっていたんだい?」
しばらくジュードと話していて、そしてやっと道の話に戻って来た。
というか俺が半ば忘れかけていたので、ジュードが意図的に話を変えなければ延々と話し続けていただろう。
「おっと・・・・・・そうだった。そうそう、リタの家に行きたいんだ。危なく忘れるところだった」
自らの脳みそのお粗末さを恥じて頭を掻く。
ジュードはその言葉を冗談と受け取ったのか、軽く笑っていた。
「そうか・・・・・・リタさんのところか。それならすぐ近くだから、僕にも案内出来そうでよかったよ。こんな暇人の相手をしてくれてありがとうね」
「いやいや、とんでもない。俺も楽しかったですよ」
ジュードは目が見えないにも関わらず、やはり慣れているようでわかりやすく道順を説明する。
いや、景色に目印になりそうなものが無い以上構造の理解が必須なわけで、そういう場合視力は関係ないのかも知れない。
しかしいくらわかりやすいとはいえ、記憶出来るかどうかは俺次第だ。
あいにく記憶力には自信がないが・・・・・・。
「なるほど、ありがとうございます」
兎にも角にも道は教えてもらったので礼を言う。
俺の記憶が新鮮なうちに行動に移したいという気持ちを察したのか、ジュードは軽く手を振るのみでそれに答えた。
その見送りを背に、屋根から降りる。
そしてここから約3分のルートに歩みを乗せた。
視界に無駄な情報が入らないように、極力俯くようにして記憶の地図と照らし合わせる。
それこそ、見ないことがコツなのかも知れない。
そうして登ったり降ったりを繰り返し、ついにたどり着く。
さすがに数回来た場所なので、ここであっているというのは明らかだった。
「えっと・・・・・・」
重たい扉に手を触れる前に一旦整理。
ここに来た目的は、ランプの燃料を貰うことだ。
それさえ俺の中で明らかならいい。
リタの部屋にはかなり物が多かったのを覚えているし、下手したら大きく本題から逸れてしまう可能性が高い。
だから一旦目的をちゃんと認識しておくこの作業が必要だったのだ。
「よし・・・・・・」
準備は整ったので、その扉をノックする。
コツンコツコンと、硬質な音が鳴った。
しかしあんまり響いているような感じはしない。
たぶん材質の問題だ。
分厚い鉄の扉は、その中身もきっとぎっしりと固まっていて、だから音を響かせるのには不向き。
むしろ音を吸収してしまうまであるかもしれない。
まぁこれだけ頑丈そうな扉だ、多少力強く叩いたところで壊れることはないだろう。
今度は力を込めて、遠慮を捨てて叩く。
ガンッガンッ、と乱暴な音が鳴り、扉の金具が軋む。
明らかにやりすぎな感じがあって、自分で鳴らした音なのにビックリしてしまった。
しかし・・・・・・。
「あっれぇ・・・・・・」
中から反応がない。
さすがにこれで気づかないというのは考えづらい気がするのだが・・・・・・。
となると留守だろうか?
しかし・・・・・・戻ってくるまでここで待っているのももちろん変だし、かと言って一度帰ってしまうのももう一度ここを訪ねることを考えると避けたい。
何せ道のりが複雑だから。
そこで、リタの家の構造について一つ思いつく。
というのも、リタの居る部屋は存在する部屋の中で最も奥に位置する。
その距離を考えると、意外と聞こえていない可能性も否定出来ない。
だが、これ以上強く扉を叩く気には・・・・・・なれない。
「なら、まぁ・・・・・・いいよな?」
どうせ一度入っている場所なのだし、中に入って様子を見てしまっても構わない・・・・・・よね?
まぁリタなら許してくれるだろうと、無礼を承知で扉を開く。
とりあえず入り口付近は静かで、誰の気配も無かった。
あまりよろしくないことをしている自覚はあるので、その後ろめたさからそろりそろりと立ち入る。
扉もゆっくりと静かに閉めた。
これじゃまるで空き巣みたいじゃないかと自分に突っ込みつつ、だが空き巣ムーブをやめられない。
なんというか、この方が安心するのだ。
忍び足でリタの部屋のある方に進む。
そこで気づく。
今日はリタの部屋の手前の部屋、そこから何やら物音がするのだ。
そしてそれが俺を焦らせる。
リタが一人でここに住んでいる訳ではないことを完全に失念していた。
この部屋にはリタの姉が居るわけだが、彼女に見つかってしまうことはおそらくあまり望ましくない。
なんらかの誤解を残すというか、色々言い訳出来なくなる気がするのだ。
「・・・・・・」
細心の注意を払いながら、その部屋の前を横切る。
そうして漸く辿り着けるリタの部屋、その扉を開けると・・・・・・。
「・・・・・・」
空っぽ。
いや、荷物とかはあの時のまま散らかり放題だが、肝心のリタの姿が無い。
つまり留守。
これってますますマズくないか、と嫌な汗が吹き出す。
リタが留守となると、完全にリタのお姉さん一人の空間に面識もない男が足を踏み入れたことになる。
これは・・・・・・“見つかってしまう”とよくない。
だから・・・・・・。
「逆転の発想だ」
見つかってしまうのに不都合があるなら、こちらから顔を出せばいい。
あくまで自然な来客として、白々しく「留守だったんだ」みたいな顔で、それであわよくばどこに居るかも尋ねれば良いのだ。
実際、この街でなら割とそういう距離感でのコミュニケーションが行われている感覚はある。
初めて迎えた夜だって、知らんうちにケイドが部屋に居たし。
だからといって躊躇いなくそう振る舞えるかと言えばまた別の話なのだが。
覚悟を決めて、リタのお姉さんの部屋に近づく。
気道を塞ぎそうになる唾液を一気に飲み込んで、平静を装う。
そして、扉を開いた。
「・・・・・・!」
結果から言えば、その判断は誤りだったとしか言えない。
リタは留守ではなかった。
お姉さんの部屋に、そのお姉さんと一緒に居たのだ。
問題となるのは、その状態。
リタはお姉さんの手によって一糸纏わぬ姿へとひん剥かれている。
リタのお姉さんのその白い腕はリタの下半身を撫でるようにゆっくり動いていた。
不幸中の幸いで、服を着ているお姉さんに覆いかぶさられている状態なのでその・・・・・・決定的な部分は見えない。
のだが、明らかに見てはいけないタイミングには違いないのでアウトでしかなかった。
早々と立ち去ればいいものの、全くの予想外の光景にフリーズしてしまい、数秒硬直する。
「え、いや・・・・・・あの・・・・・・すみませんでしたぁ!!」
状況の理解を完了した俺は、開いた扉を閉めることもせず慌ててその場を立ち去った。
続きます。