1-35
続きです。
さて、そんななんかちょっといい雰囲気で外に出たものの・・・・・・。
「俺、まだ道覚えてないんだよなぁ・・・・・・」
天気もよく、暑過ぎることもなければ寒いこともない。
コンディションとしては最高・・・・・・なのだが・・・・・・。
道行く人々は、皆それぞれが何らかの役割を担っているらしく、つまり忙しそうだ。
そんな様子の人々に道を尋ねることは・・・・・・まぁ聞けば答えてくれるだろうけど、あまりしたくないのが本音だ。
というかだんだん俺の顔も覚えられてきた節もあって、今更ずっと一緒に居たリタの家を尋ねるというのも少し間抜けな感じだろう。
「はぁ・・・・・・」
ケイドあたりがうろついてれば、他の誰かよかだいぶ話しかけやすいのだが・・・・・・。
少し視線を泳がせてみても、俺より身長の低いやつは見当たらない。
とりあえず、全く分からないというわけじゃないので、なんとなくの印象で歩みを進めることにする。
別に時間が決まっているわけでもないし、むしろこれくらいの方が道をしっかり覚えるには丁度いい刺激になるかもしれない。
「よし・・・・・・」
しばらく歩いているとやっぱりところどころ「あ、見たことあるぞ」という景色があって、そのたびに「そういえば・・・・・・」と、なんとなくの道筋が思い起こされる。
記憶を辿るというのはまさしくこういうことなわけだ。
今日は爽やかな晴れの日だし、時折吹く風も気持ちがいいので、洗濯日和らしい。
建物の外に衣服やら布やらがたくさん干されている。
それが存外カラフルで、見てる分には楽しい光景だった。
そういう人々の生活に目を走らせながら、さらに歩く。
そうしたらいよいよ鬼門というか・・・・・・階段だ。
ここで階段を登るのは確かなんだが、問題はそこから。
階段を登った先でも建物側面を這う通路がいくつかに分岐するわけで、これが複雑で難しい。
完全に行き止まりなハズレ階段もあるし、正直一度迷ったら下に降りられるかも分からない。
ひとまず階段を登りきって、その上で辺りを見回す。
出来るだけ近くに存在する道をなぞるようにして、少なくとも明らかなハズレだけは排除する。
すると、そのときだった。
ハズレ階段の一つ、その行き止まりのところに建つ建物。
その屋根の上に人影が見えた。
会ったことは・・・・・・無さそうだが、しかし他の人々のように忙しそうには見えない。
距離が開き過ぎているためはっきりとは分からないが、すごく細身の・・・・・・おそらくは男性。
この街では貴重そうな、一冊のスケッチブックを広げて何かを書いている。
普通絵を描いている人って、その・・・・・・集中してる感というか、一種の近づきづらさがあるものだと思うのだが・・・・・・彼に関してはそれが無かった。
だからだろうか、俺の中に躊躇いが生まれない。
彼に道を尋ねよう。
せっかくここまで来たのだから、それならもう正しい道を一直線で行きたい。
あやふやだった目的地がとりあえずは定まり、歩みに迷いが消える。
見えている場所にたどり着くのだから、それが難しいはずもなくすぐに到着した。
とは言っても・・・・・・。
到着したのは彼の居るその真下である。
何せ相手は屋根の上だ。
当然屋根の上に上がるための通路があるわけでもなく、ましてや建物の内側にそこまで登るための術があるようにも思えない。
しかし、まぁ・・・・・・。
その、屋根の高さが妙に現実的というか・・・・・・頑張ればここから登れそうなのだ。
もちろんハシゴやら何やらの登るための設備があるわけじゃない。
だから「こんなところ登るか?」という気持ちがないでもないが、しかし屋根の上で絵を描く彼の身長ならまぁ無理はないだろう。
というかあからさまにそっちに用があって近づいてきてるのだし、そっちから声をかけてくれても・・・・・・。
・・・・・・いや、それはわがままに過ぎないか。
「よっ・・・・・・と」
仕方なくその屋根の縁を手で掴んで、登る。
その行為はまぁ普通に考えたら常識的なことではなく、今までなんだかんだお利口さんに生きてきた俺にはやや躊躇われる。
まぁ人の目もないだろうが、一応急ぎ目で登りきった。
さて、こうして俺は登りきってのだが・・・・・・それでも尚、男は絵を描き続けている。
俺があまりにも鈍感だっただけで、本当は「話しかけるな」モードなのだろうか。
しかしもうこうして来てしまっているのだ。
この場合、変に察し良く立ち去ってしまうのは・・・・・・なんというか、敗北感がある。
だから恥を忍んで、そうした機微を感知できないバカとして振る舞う。
「あの〜、すみません〜」
まさしく道を尋ねる人、というようなテンションの掛け声。
察しのいい人だったらこの話しかけられ方だけで道を聞かれると分かるであろう程のものだ。
つまり、俺の態度は完璧である。
しかし、絵を描く男性は無視を決め込む。
もうその時点で「そういう人」だと悟ってしまったので、逆に遠慮はなくなった。
「あのっ! すみません!!」
ちょっと怒ってますよ、くらいには感情を滲ませて声を張り上げる。
そうして始めて、男性はこちらを向いた。
「えっと・・・・・・ごめん、誰かな?」
瞬間、ハッとする。
こっちを向いた目は、依然何も捉えていない。
濁っていて、そこに光がないのだ。
「ごめん・・・・・・僕は目も・・・・・・ほとんど見えないし、その・・・・・・耳もあまり聞こえないんだ。もしかしたらずっと話しかけてくれていたのかな?」
物腰柔らかく、穏やかに、落ち着いた声で俺に話しかける。
「あ、いや・・・・・・すみません・・・・・・」
やってしまった、と数秒前の自らを恥じる。
めちゃくちゃいい人そうだった。
そして、この人の正体についても、少し心当たりがあることに気づく。
「もしかして・・・・・・ジュード、さん?」
俺が疑問形で投げかけると、その響きに覚えがあったようで、男の眉に反応がある。
「ふむ・・・・・・ということは、君はもしかすると・・・・・・マナト、かい?」
「あ、はい! そうですそうです!」
どれくらい聞こえるのかが分からないから、出来るだけ大きな声でゆっくりと言う。
すると、それはちゃんと聞き取れたらしく、ジュードは柔和な笑みを浮かべた。
「いや、そうかい・・・・・・なるほどね、道理でこんなところまで来るわけだ。弟が世話になったみたいだね。本当は僕からお礼に行きたかったんだけど・・・・・・あいにくこの有り様でね」
「いやいや! そんな・・・・・・!」
めっそうもない、と首を横に振る。
その動作は見えていないであろうに、勢いは伝わったのか笑ってくれていた。
「・・・・・・それで、もしかしてなんだけど・・・・・・君、道に迷ったね?」
「うぐ・・・・・・」
突然図星を突かれて言葉に詰まる。
「い、いや・・・・・・迷ったというか、迷わないためにというか・・・・・・」
「まぁどちらにせよ僕に道を尋ねに来たわけだよね」
「う・・・・・・」
「ごめんごめん、別に責めてるわけじゃないんだ。ただ僕がここでこうしているときに話しかけてくれる人は稀だからね」
ジュードさんはその傍目から見れば満身創痍な見た目にも関わらず、意外と元気に笑い声をあげる。
が、その後やや咳き込むのでやっぱり少し心配ではある。
「・・・・・・ああ、大丈夫。気にしないで、いつものことだから」
「いや、いつもなら尚更・・・・・・」
まぁとりあえず精神的に参っている様子ではないので、そういう人、ということで受け止めておいた。
「絵・・・・・・描くんですか?」
言いながら、申し訳程度にそのスケッチブックを覗く。
そこにはモノクロながら精緻な色彩を感じさせる風景画が描かれていた。
こんな表現をしてしまっていいのかは分からないが、目の見えない人の描いたものには見えない。
「少しね。昔は・・・・・・それこそ僕も狩りに出たり、魔物退治だってしたくらいなんだけど・・・・・・まぁ無理が祟ってね。まぁケイドを守れたから後悔は無いよ。で、今は暇を持て余してこうして絵を描いているわけ」
「なるほど・・・・・・」
「もしかしたらリサさんももう少ししたら僕の隣かもね」
「う・・・・・・」
「はは、ごめんごめん。今のはさすがにちょっと酷かったか。でも・・・・・・本当に気にする必要はないからね」
見かけによらず意外と無邪気というか、結構からかってくる人だ。
普段あまり人と話す機会が無いのか、今は非常に口数が多い。
「これは・・・・・・どこの絵?」
これ以上からかわせまいと話をすり替える。
スケッチブックの中の景色は、少なくともこの街のものではない。
どことは知れないが、この絵は自然に溢れ、豊かだ。
「これは・・・・・・まぁ僕の故郷だよ。新しいものが見えないと、昔の記憶に焼きついた景色ばかり鮮明になってね。子供たちが褒めてくれたのが嬉しくて、それからずっと絵を描いているんだ」
「子どもたち?」
ジュードは頷く。
「そう、ケイドは友達がたくさんいるからね。みんな元気で可愛い子たちばかりだよ。・・・・・・ちょっと元気すぎるくらいの子もいるけどね」
「あ、それ誰だか分かります」
どこに行ってもウルルの評価が共通していて、思わず笑ってしまう。
けれども、やっぱり愛されているんだなというのもよく伝わってきた。
俺も隣に腰掛けて、しばらく会話を続ける。
屋根の上は他より見晴らしがいいのもあって、心地よい時間だった。
続きます。