1-34
続きです。
確かにこの部屋はこの街のどこよりも柔らかく暖かい。
それに・・・・・・こちらが呆れてしまう程に元気な住人が居るのだから、このくすんだ鉄の壁も冷たくあれないのだろう。
「ここに住んでた人って・・・・・・その、誰なんだ? 案外リタの言う先生が住んでたとか?」
「あの人は・・・・・・最初からリタさんたちの住むあの場所で過ごしてたって聞いてる。ここには・・・・・・そうだね、ある家族が住んでたの」
「ある家族・・・・・・」
「うん。これについては・・・・・・多くを語るべきじゃない、かな。今ここに住んでいるのがうちとあの子たちだから、少なくとも幸せな結末ではなかった・・・・・・ってことで」
「そ、そうか・・・・・・」
ほんとにこの街は・・・・・・。
少しつつけばすぐにこういう話が出て来る。
どうあっても暗い過去は付き物か・・・・・・。
そして現在は・・・・・・きっと幸福と形容してしまっていい状況でもないのだろう。
「あ、それはそうと・・・・・・」
あまり暗い話をさせたくはないし、丁度話したいことがあったのも思い出したので話題を変える。
「あのさ、部屋のテーブルにランプがあったんだけど、あれってどうやって点けるの? 燃料とか・・・・・・」
「ランプ・・・・・・?」
ずっと使われていなかった部屋にあったものだ、すぐにフォスタがその存在にピンとくることはない。
というかもしかしたらフォスタ自身あの部屋に入ったことがなくて、そもそも見覚えがないのかもしれない。
しかししばらくして、フォスタは「あ・・・・・・」と声を漏らす。
「ランプって・・・・・・そっか、そう言えばあったや。どれくらい使ってなかったっけ・・・・・・」
ひとまずランプの存在に心当たりがあるようで一安心する。
フォスタは少し懐かしむようにして、裁縫の手を止めた。
「あれは・・・・・・あのランプは、ね。リタさんから貰ったの。うちが困らないようにって」
「なるほど」
元はリタの私物だったわけか。
そう思うと多少納得というか、確かにリタの家に置いていそうなものだと思う。
フォスタは自らの記憶を辿りつつ続ける。
「えっと・・・・・・あのランプは、確か小さい石みたいなので光るんだけど・・・・・・付いてなかった?」
「えっと・・・・・・たぶん」
ランプっていうと何らかの液体燃料かガスかなんかかと思っていたのだが、そうでもないらしい。
そして、あの部屋に置いてあったのはランプ本体だけだったはずだ。
「ふむ・・・・・・それだと、うちには無いかなぁ・・・・・・。あの石もそんなたくさんある感じじゃなさそうだし・・・・・・点けられるかなぁ・・・・・・」
「ああ、いや・・・・・・全然! 使えないなら使えないで構わないんだ。ただあったから気になっただけで・・・・・・」
思ったよりフォスタが真剣に考え始めてしまったので、慌ててその必要はないと止める。
ほんの思いつきに過ぎないのにそんなに悩ませてしまうのは申し訳ない。
「・・・・・・いや、その・・・・・・うちも久しぶりに光ってるところ見たいかも・・・・・・」
「あれ? そう・・・・・・なの?」
もうすっかり思考がそっちの方向に向いているらしく、作業していた道具もテーブルに置いてしまう。
そうしてテーブルに肘をついて、少し前のめりになってこちらに顔を近づけてきた。
「ね、リタさんからさ・・・・・・貰って来てくれない? その・・・・・・燃料の石」
「え、けど・・・・・・そんなにたくさん持ってる風でもなかったんでしょ」
「まぁね。うちも無きゃ無いで構わないから・・・・・・でもダメ元でさ」
フォスタがやや勢いづく。
完全に偶然の流れではあるが、フォスタの懐古の念を呼び起こしてしまったようだ。
「いやまぁ・・・・・・構わないけど。何? 思い出の品?」
フォスタにとってそのランプはどういうものなのか。
何気ない質問にも関わらず、フォスタは少し悩み、考えた。
「そう・・・・・・ね、まぁ少なくとも思い入れのあるものではある、かな・・・・・・。もう必要なくなったから使わなくなったけど、今ならちゃんと使ってあげられそうだし・・・・・・」
「・・・・・・? それは・・・・・・?」
「あ、いいの。こっちの話。けど・・・・・・そうだね、気が向いたら話すよ」
「あ、ああ・・・・・・」
ランプにまつわる物語、とでも言うのか・・・・・・。
あんなちょっとした道具にまさかそれほどのものがあるとは。
いや、実際その物語がどんなものなのかは分からないけれど。
ただ、丁度時間を持て余していた節はあるし・・・・・・このくらいのお使いなら今の俺にピッタリだろう。
「なるほどね。じゃあ早速行ってくるかな」
「あ、いやいや・・・・・・そんな急を要するものじゃないし! 今は休んでて構わないよ?」
席を中途半端に立った俺に、フォスタは慌てて「急ぐ必要はない」と言う。
それに俺は親指を立てて応じる。
「なぁに、気にするこたないよ。元はと言えば俺が言い出しっぺだからな」
「そう、ですか・・・・・・? じゃ、じゃあ・・・・・・いって、らっしゃい・・・・・・」
俺を止めようと伸ばしかけていた腕を引っ込めて、代わりに小さく手を振る。
フォスタもお見送りの言葉とか、そういう“家族っぽい”振る舞いはむず痒いようで少し恥ずかしそうにしていた。
けれど、なぜか嬉しそうだ。
そして、俺としても少し特殊な感慨が湧くというか、まぁ嬉しかったので、それに手を振りかえす。
「行ってきます」
俺の言葉を受けて微笑むフォスタの表情は、暖かく穏やかだった。
続きます。