1-31
続きです。
しばらくウルルたちとじゃれあって、親睦を深める。
ウルルはもとよりフルルもまだ人見知りするとはいえこちらに関心があるようで、あちこちちょろちょろ駆け回るウルルの後に続いていた。
「それじゃあ、わたしはそろそろ・・・・・・」
「え、あぁ・・・・・・もう行っちゃうのか?」
「はい、これから何かあるわけでもありませんが・・・・・・少なくともこの件については片付きましたし、近いうちにまた訪ねますよ」
用件を済ませたリタは、ひとまず安堵の表情を浮かべて去ろうとする。
なんだかんだで行動を共にすることが多かったので、情けない話リタが行ってしまうのは少し不安だった。
それと同時に・・・・・・。
「そうか・・・・・・そうだよな。俺、ここに住むんだよなぁ・・・・・・」
自分の居場所を見つけた感慨もまた湧き上がってくるのだった。
「それでは・・・・・・」
「うん、おつかれさま。後のことは心配いらないよ」
リタとフォスタが別れの挨拶を交わす。
それを済ませると、リタはローブをマントのように翻してこちらに背を向ける。
そしてそのまま歩き出してしまった。
「あ・・・・・・ありがとな! またこんど!」
慌ててその後ろ姿に礼を言うと、リタはこちらを向かないままクールに手だけ振り返してくれた。
俺がその背中を追うことはもう無い。
何故ならここが俺の家であり、居場所だからだ。
そう思うと途端に胸がざわつくというか、実感とともになんだかむず痒い感じがした。
リタを見送ってそしてフォスタに視線を戻すと、俺が振り返るのを待っていたようですぐに目が合った。
「えっと・・・・・・それじゃあ、空いてる部屋に案内・・・・・・するね?」
「あ、えっと・・・・・・すみません、お世話になります」
まだ同居人になりたてで、お互いにややぎこちない。
何かを誤魔化すようにほっぺたを掻いて、中途半端な笑みで頭を下げた。
フォスタはそれを見て軽く笑う。
「ついて来て」
そう言って、ウルルたちが最初に出てきた方へ向かった。
最初に三人が出てきたのは廊下の突き当たり、一番奥の扉。
その扉の手前、壁の両脇にもドアがあるのが見える。
その三つの扉に囲まれたエリアで、フォスタは立ち止まった。
「いちおう左側の部屋をうちらが使ってるけど・・・・・・マナトは右側でいい?」
「え、ああ・・・・・・そりゃもちろん!」
居候の身だというのに、右側か左側かの好みかだけで先住人を追い出そうだなんてとんでもない。
「うん・・・・・・と、じゃあ・・・・・・」
言葉の途中でフォスタが何ごとか考え出す。
視線を上向きに、虚空に何があるわけでもないのに視線を泳がせる。
やがて考えがまとまったのか、軽く頷いた。
「うん、特にもう言わなきゃいけないこともないね。その部屋はさっそく自由に使ってもらって構わないよ。あ、カギとかはないから・・・・・・その、ちょっとやんちゃな人が入ってくるかもしれない」
「あ、うん。ごめん、気にしないでいいよ」
フォスタが苦笑いと共にやんちゃな人・・・・・・ウルルに視線を注ぐ。
今はフォスタと手を繋いでいる当の本人は、それが自分のことを指しているなんて全く思っていないようで、口を開いたままぼんやり話を聞いていた。
「・・・・・・それと、一番奥の・・・・・・さっきうちらが出てきた部屋ね。あそこでいっつもご飯とかは食べてるから、だからそのときは来てね」
「あ、時間とか・・・・・・決まってるの?」
まず当然のようにご飯の時間にご飯が出来ているという事実に驚く。
宿屋以上に宿泊施設然としているじゃないか。
「時間は・・・・・・決まってない、ね」
フォスタは俺の質問に、答えづらそうに頬を掻く。
「それにまずこの街に時間を見る道具はないし・・・・・・」
「あ、そっか」
「それに・・・・・・あってもうちが見方分からないから・・・・・・」
ごく当たり前に時間という概念を俺が持ち出したからだろうか、そういうフォスタは少し恥ずかしそうだ。
そしてそれを見て、俺自身もこの世界の時計を見たことが無いし、見方も分からないかもしれないことに気づいた。
フォスタは続ける。
「・・・・・・でも、ご飯はみんなで食べたいから・・・・・・その、じゃあ呼びに行くね」
「え、そんなわざわざ!」
流石に旅館が過ぎると遠慮しようとするが、フォスタは俺以上に慌てて首を横に振る。
「いいのいいの! ご飯が一緒がいいのはうちだから。それに、よく考えたらうちが呼ぶまでもなくこの子たちが引っ張ってくると思うから」
そう言ってウルルとフルルの頭をわしゃわしゃ撫でる。
するとそれがくすぐったかったのか、2人揃って頭をぶるぶる振った。
「じゃあ荷物・・・・・・は特に無さそうだけど、部屋で自由にしてて。あ、もちろん部屋に居なくてもいいけど・・・・・・とにかく、まだリラックスできないだろうから今はここに慣らすのに時間が要ると思うの」
「いや・・・・・・本当、ありがとう」
宿屋でのことを考えると一晩寝ればもうすっかり慣れそうだが、まぁあの時とは立場の違いもあるからまだ分からない。
あの時はただの宿泊者に過ぎないが、今は共同生活を彼女たちとしていくわけだ。
家族・・・・・・と表現するのは構成人員上かなりむず痒いので、今は避けておく。
「じゃあ何かあったらまた。うちは・・・・・・まぁこの家のどこかには居るから」
フォスタは突然のことにも関わらず俺を歓迎してくれていて、屈託のない笑みを浮かべる。
そして、俺を邪魔しないように気を遣ってか、ウルルとフルルの背中を押して元居た部屋に戻っていった。
慌ただしい時間は過ぎ去り、そして特にすべきこともない時間が残る。
ほんとに、何もすることがない。
「まぁ、それもいいか」
大抵の人間は望んでも手に入らないものだ。
少なくとも、前の世界ではあり得なかった本当に何にも縛られない時間。
後で何か手伝うことはないか尋ねるとして、今はフォスタの言葉に甘えてこの時間を堪能しよう。
いつになく穏やかな気持ちになって、けれどこれから起こるであろう何かへの期待を膨らませて、そうして自然と笑みが溢れた。
もはや新生活という感慨は湧かないが、それでも新たに自分に与えられた場所に胸が躍る。
そうして、廊下の右側の部屋・・・・・・いや、自室のドアノブを捻った。
続きます。