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続きです。
リタに連れられてやって来たのは、見覚えのある場所。
というのも、俺がこれから世話になるのは・・・・・・。
「本当に・・・・・・フォスタのとこなんだ・・・・・・」
聞いたときは耳を疑った・・・・・・というか「何故」という気持ちが大きかった。
この街唯一の浴場。
俺もお世話になった浴場。
そして、フォスタの住む場所。
「前々から大変そうでしたからね・・・・・・。きっと人手が欲しいと思いますよ」
「あ・・・・・・てか、アポ無しって言うか、別に事前にフォスタと話をつけてるわけではないのな・・・・・・」
「あ、それについてはすみません・・・・・・ただの思いつきです。もしダメそうなら・・・・・・わたし、たちの家・・・・・・ですかね・・・・・・」
第二の候補として自らの家を挙げるリタだが、いまいち歯切れが悪い。
小さな声で「お姉ちゃんがいいって言うかな・・・・・・」と呟いていた。
「おいおい・・・・・・」
宿屋は宿屋で居心地は良かったが、やはり“住む”と“宿泊”の差は気持ち的に大きい。
やっと落ち着ける場所が出来たと思ったのに、どうにも雲行きが怪しい。
「まぁまぁ。気にせずいきましょう」
俺の住処が決まろうが決まるまいが関係ないリタの足取りは軽い。
結果を受け止める心の準備が出来ていないのに、まだ昼間の浴場に入っていってしまった。
「はぁ・・・・・・」
仕方がないので俺もその後に続く。
立ち入ってすぐの部屋は、今は誰もおらず静かだった。
「留守・・・・・・?」
「いえ・・・・・・今は別の部屋に居るだけだと思いますよ」
言いながらリタは奥に続く道へと進む。
浴場に向かう通路とは別に、受け付けのようになっているスペースの後部にもう一つ道があるのだ。
リタに続いて、雰囲気としてはバックヤードというか「勝手に入っていいのかな」な感じだ。
狭く短い通路の先にはすぐに扉があって、リタがそれを開くと・・・・・・。
途端に騒がしい足音が聞こえてきた。
「・・・・・・? 1人じゃない?」
「はい、フォスタはここに1人で住んでるわけじゃないですよ。そうそう・・・・・・それでフォスタにどうやって力を貸してあげてほしいかって言うと・・・・・・」
リタの言葉を遮るように、ドタドタと喧しい足音が迫ってくる。
そして今いる道の突き当たりにあるドアが勢いよく開かれるのと同時に喚くような声が飛び出して来た。
「誰か来た!!!!」
そう叫ぶのは、ドアから飛び出した小動物・・・・・・いや、正確には獣人の少女だった。
「こら! ウルル!」
そして行儀悪く俺たちの前に飛び出して来たその少女を追って、裁縫途中と思われる布を手に持ったままのフォスタが現れた。
俺たちの姿を見つけたフォスタはその足の勢いを止め、しかししっかり知らない人の顔を見て目を丸くする獣人の少女の首根っこをつかまえた。
フォスタの言った「ウルル」の名前には聞き覚えがある。
他でもない狩りのときに聞いた名だ。
だとしたらもう1人・・・・・・。
居るはずのもう1人を探して視線を泳がせる。
そしてその姿はすぐに見つかった。
ウルルを追って飛び出して来たフォスタの、その後ろ。
フォスタの脚にしがみついて、その影に身を隠すようにしている。
飛び出して来た方がウルルなら・・・・・・こっちの隠れてる方は確か・・・・・・。
「はぁ、少しいきなりすぎたけど・・・・・・フォスタと・・・・・・それから、ウルルとフルル。例の2人ですね。この三人で暮らしてるんです。それでマナトに頼みたいのが・・・・・・まぁ平たく言えば子守り、ですかね」
「子守り・・・・・・?」
「はい」
言葉を交わす俺とリタを見て、フォスタは困惑した様子で言う。
「えっと・・・・・・? リタさん?」
それでやっと一番の当事者を蔑ろにしてしまっていることに気づき、慌てて姿勢を正した。
「すみません・・・・・・少し話したいことがあって来たんですが・・・・・・」
「え、うちと? それともこの子ら?」
「両方、ですかね」
いささか乱れていた状況が、次第に秩序を取り戻す。
フォスタは話を聞く体勢になり、ウルルも真面目そうな雰囲気を感じとったのかフォスタにつままれたまま静かにしている。
場が静まったのを受けて、リタは単刀直入に本題を切り出した。
「その・・・・・・ですね・・・・・・。マナトをここに住ませてあげられませんか?」
「え? その・・・・・・彼を?」
フォスタはそっとウルルを地面に下ろして俺を指差す。
解放されたウルルはというと、微妙にこちらに近寄って俺の顔を見上げていた。
フォスタはいきなりの提案に少し驚いているようだ。
それを見たリタがすかさず俺のプレゼンを始める。
「その・・・・・・マナトは結構助けになると思いますよ。1人でウルルとフルルを制御するのは・・・・・・その、あまりにも大変だと思うので、お互いにとっていい話だと思うんですけど・・・・・・。勝手に考えて来ちゃったのはすみません。けど、ちょっと・・・・・・どうでしょう?」
「え、それは・・・・・・うーん・・・・・・」
フォスタは大体話の流れを飲み込んだらしく、すっかり態度を切り替えて、値踏みするような視線を俺に送る。
なんだかその視線が体を這いずる感覚がくすぐったくて、それこそ売り物にでもなった気分で身を固める。
「ふーむ・・・・・・」
顎に手を当てて、まるで何かの専門家のように目を細めて俺を眺める。
「あ、あの・・・・・・」
流石に恥ずかしくなって、距離を取ろうとする。
しかし構わず詰められてしまった。
そしてフォスタは、彼女の後ろに隠れているフルルの脇に腕を通して抱き上げる。
「わ、わ・・・・・・!」
フルルはフルルでびっくりしたみたいで、四肢をバタつかせていた。
そのフルルを俺の前まで持って来て、そしてその顔を覗いてフォスタが尋ねる。
「どう思う、フルル? このお兄さん?」
「え・・・・・・あぅ・・・・・・」
「へへ、フルルはまだ緊張してるかぁ」
フォスタは目を白黒させていたフルルを赤ん坊でも扱うように抱き直す。
そうするとフルルは落ち着いたのか、その腕の中で背中を丸めた。
「ねぇ! おまえ誰!?」
フォスタが歩み寄ったのを接触のオッケーサインと受け取ったのか、ウルルが俺のズボンの裾を引っ張って来る。
「こーら、ウルル。おまえ、じゃなくて・・・・・・マナトだよ」
「マナト!」
「え、はは・・・・・・」
何が嬉しいんだか、ウルルは俺の足元でぴょこぴょこジャンプし始める。
ケイドよりもだいぶ幼い彼女たちとの距離感というか、触れ合い方が掴めない俺は曖昧に笑うしかなかった。
「ねぇ、ウルルもだっこ」
しかしウルルは無警戒に距離を詰めて来る。
その短い腕は明らかに俺の方に伸びており、抱っこを俺にせがんでいるのは明らかだった。
「え、えぇ・・・・・・っと?」
小さな子どもと触れ合った経験の乏しい俺は、どうにも困惑してしまう。
というか抱き上げ方も分からん。
「ほら、マナト。抱っこだってよ」
リタはからかうように小さく笑う。
フォスタも俺の落ち着かない様子を含めて暖かい眼差しで見守っているようだった。
覚悟を決めて、しゃがんでウルルに手を伸ばす。
恐る恐るその小さな体躯に触れると、ふわふわの暖かい感触が手に伝わった。
そこで認識が切り替わる。
小さな子どもの相手をしたことはなくても、小動物と戯れた経験は少なくはないのだ。
未だなんの動物かは断定出来ない・・・・・・と言ってもほとんど子犬だが、少なくともペットに触れる感覚でなら抱っこだって容易だ。
獣人と接するときの思考としてはよろしくないものかもしれないけど。
実際に触れてみて、俺の躊躇いは幼い子どもに抱く脆さや弱さのような、そういうイメージから来ていたのだと分かる。
しかしウルルは、そうしたイメージよりずっと力強い。
少なくとも、ちょっとやそっとで壊れてしまうようなものじゃない。
無駄な力みだとか、緊張だとか、そういったものが一切消え去る。
「ほぅら」
多少乱暴に扱っても大丈夫そうなので、掬い上げるように一息に持ち上げた。
「や! おしり触んないで!」
ウルルは文句を言ってくるが、その表情は笑顔そのもので、楽しそうだ。
しばらく腕の中で暴れるが、やがて自分から安定する姿勢にすっぽりと落ち着く。
最終的には抱っこというよりかは抱えるような形になった。
「へへー、よかったねウルル〜」
「ぜんぜんよくない! へたくそ!」
ウルルに話しかけるフォスタの姿は、それこそ母親のようで、どうしてか俺が少しドキッとした。
バブみ、と言う言葉を心で理解した瞬間だった。
「それで、どうですか? ちょっとお試しでもいいから一回・・・・・・」
「リタさん・・・・・・いいよ。その必要はない。ウルルが懐いてるしね。こう見えてあの子・・・・・・ちゃんと嗅ぎ分けてるから」
一瞬フォスタの言葉が「俺がいる必要はない」という意味合いに聞こえて残念に思いかけたところで、しかしそうではないことを理解する。
フォスタは頷き、そして笑顔を見せる。
腕の中のウルルは俺の顎に頭突きした。
「マナト。これからどうなるかは分かんないけど・・・・・・うちで暮らしてみない?」
「あ、ああ・・・・・・! よろしく頼む!」
こうして、この街に・・・・・・“家”が出来た。
続きます。