1-29
続きです。
リタは再び棚の整理に戻り、そして一段落するとこちらに向き直った。
「さて、これで必要なことは全部教えられたと思います。というより・・・・・・わたしの知っていることもそう多くありませんから・・・・・・」
「いや、助かるよ」
リタが俺の言葉に頷く。
少し表情を変えて、また隣に腰掛ける。
そして、こちらを見ないまま口を開いた。
「これから・・・・・・どうするんですか?」
「どうするっつってもなぁ・・・・・・」
誰になんの目的で喚ばれたのかも分からない。
その上、そもそもそういう誰かの意思に従うつもりなど、はなからない。
「居てもいいなら、ここに居るつもりだけど・・・・・・」
「いいんですか? 少なくとも・・・・・・あなたは特殊な立場にあって、その相応の責任が・・・・・・」
「それについては・・・・・・よく分からないし・・・・・・それに、例えば俺の役目が天空の城を落とすことだったとして、それが俺に務まると思うか?」
「それは・・・・・・」
リタは悩む素振りを見せる。
実際に俺の実力を見た上で、やはりその役割は釣り合わないと感じたのだろう。
俺もそう思う。
だからこそ、このリスクとリターンの釣り合っていない俺の召喚というのが不可解なのだ。
「あの城は、たぶん俺には落とせない。けど、この街で・・・・・・それこそリタの助けになることは出来ると思う。だったら、リタに魔法を使わせないためにも出来ればここに居たいんだ」
「わたしのことはどうでも・・・・・・」
「よくないよ。よくない。リタが先生の教えを大切にしてるのは分かった。でも俺はやっぱりリタ自身のことも大切にしてほしい」
リタの歪な腕に視線を落とす。
包帯に覆われたそれは、俺の目にはその外見が与える情報以上のものをもたらさないが、本人はやっぱり違うだろう。
いくらリタとはいえ、先生の“愛”が心にあるとはいえ、悩んだり悲しんだりしないわけじゃないはずだ。
「わたしは・・・・・・」
そう言って、しばらく考える。
その表情は微妙な変化を繰り返し、やがてゆっくりとした瞬きでリセットされた。
熱いお茶を飲み干した後のように深く息を吐いて、そうやってリタの中にあるであろう様々な思いに折り合いをつける。
その後に呟く言葉は・・・・・・。
「わたしは、使える力があるなら使うべきだと思います。それはわたしでもマナトでもそうです。召喚された以上、やはりあなたがこの世界に来たのは何か意味があるはずです」
「それは・・・・・・」
それはそうだけど・・・・・・でも、どうにも出来ない。
だってなんで喚ばれたんだか分からないんだから。
それはリタも分かっているようで、その言葉は「ですが」と続く。
「・・・・・・ですが、実際マナトがどうにも動きづらいのも事実です。ですから、ここは一つ待ってみましょう」
「待つ・・・・・・?」
「はい。あなたを喚んだ人が、こんな場所であなたをほっておくとは思えません。正直、召喚者の魔法の腕前はかなりめちゃくちゃというか・・・・・・少なくとも今のわたしでは理解の及ばない程の技術です。やってることが、ほとんどデタラメに思えるくらいには」
褒めているんだか貶しているんだかいまいち分からない言葉で、謎の召喚者を評価する。
おそらく感覚で言えば漫画とかのトンデモ科学みたいなのを目の前で実演されたみたいな感じなのだろう。
「ですから、あなたの居場所もなんらかの手段で把握している可能性が高いです。だったら向こうからのアクションを待てばいいだけ。とってもシンプルです」
「なるほどな」
理屈は分かった。
まぁ実際どうなるかはまだ分からないが・・・・・・。
だが、少なくとも。
「つまり・・・・・・俺はここに居ても構わないってこと?」
リタは頷く。
「わたしも・・・・・・本音を言えば少し寂しかったですから。あんなに強引にこの・・・・・・明らかに触れづらいところに踏み込んで来た人、あなたが初めてですよ?」
リタが自分の右腕をこちらにアピールしながら言う。
その件については、まぁ反省しているので・・・・・・。
「す、すみません・・・・・・」
「あぁ、いや・・・・・・そういう意味で言ったんじゃなくて! その・・・・・・そのおかげで、久しぶりにちゃんと友達になれた気がするんです。みんなのわたしを見る目は・・・・・・その、少し特殊ですから。実は結構嬉しかったんですよ?」
「そ、そう・・・・・・?」
あれは案外正解だったのか、と調子に乗りそうになる。
だがそれを見透かしたリタに「すごくびっくりはしましたけどね」と釘を刺された。
「・・・・・・さて、そうと決まれば」
「決まれば・・・・・・?」
リタが何かを思いついたようで、少しイタズラっぽい笑みを浮かべる。
「力があるなら、それは振るわねばなりません。ここで暮らすからには、きちんと役に立ってもらいます!」
「お、おぉ・・・・・・また狩りとかなら・・・・・・」
「いえ! 丁度人手が足りないところがありまして・・・・・・そこで住み込みで働いてもらいます。宿代払い続けるのも普通に現実的でないので」
「お・・・・・・?」
いやまぁ、住む家が出来るなら俺も助かるが・・・・・・。
「それは・・・・・・ズバリどこ・・・・・・?」
俺が尋ねても、リタはもったいつけて焦らす。
わざとらしく視線を逸らして、知らんぷり。
しかしすぐに「ふふん」と視線を戻して、その口を開く。
「それは・・・・・・」
続きます。