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続きです。
問題なく朝目覚めることが出来たので、身支度を整える。
なんなら朝から風呂に入ってしまえばすっきりするのだろうけど、残念ながら朝はやっていないとのことだ。
もはや自由に過ごしすぎて自分の部屋のような印象さえ抱きつつある部屋を後にする。
今一度忘れものとかが無いかを確認して、階下へと降りた。
一回ではおじさんとおばさんが掃除をしながら受付窓付近の棚に何やら陳列している。
そこには見覚えのある紙袋もあり、邪神の毒林檎はここで売られていたのか・・・・・・と、今更ながらそれを発見した。
受け付けカウンター脇の、少し広くなっているスペースに逃げる。
ここなら邪魔にはならないだろう。
近くにあった椅子に腰掛け、のんびりとしたペースで部屋を整える二人を眺める。
いかにも朝といった感じの光景だ。
ゆったりとしすぎた時間を退屈に感じて、寝起きなのもあって欠伸が出る。
退屈とはいえ、どこへ行くわけにもいかなかった。
というのも、ここがリタとの待ち合わせ場所なのだ。
この世界も時間を数値化して表したりはするようなのだが、時計等という代物はいささか高価らしい。
つまり、少なくともこの街では時刻という概念の恩恵に与れないのだ。
まぁ暇を潰す手段は無いにしろ、こうして落ち着ける場所があるのはありがたい。
それから・・・・・・たぶん十分も待たない内にリタが迎えにやって来る。
いつも通りのローブを羽織って、見てるこちらとしては暑そうだ。
「おっと・・・・・・おはようございます。待たせてしまいましたかね?」
「いいや、早かったね」
示し合わせたわけでもなくこの待ち時間なら、上出来だろう。
立ち上がってリタの居る方に向かう。
「あ、お世話んなりました」
去り際に手を振ると、おじさんが「おう!」と騒々しいくらいの返事をしてくれた。
リタと並んで外に出て、そして歩き始める。
天気は昨日に続いて良く、過ごしやすい気温だ。
というか今四季でいうとどの辺なんだか。
向かう先はリタの家。
一度行ったことがあるとはいえ、未だ生き方は覚えていない。
だから半歩前を歩くリタの肩を追った。
気まずさ・・・・・・というか、悶々のピークは昨晩で、結局今はなんてことない。
人間の不安の九割は杞憂に終わるというが、ほんとにその通りだ。
「なぁ、リタ? そんで今日、何すんだ?」
別に勿体ぶることもないだろ、とその背中に尋ねる。
対するリタは言いづらいことはもう共有した後なので、悩む素振りも見せずにそれに応じた。
「ええ、今日確認したいことはですね・・・・・・あなたが文字を読めるのかな、といった感じです」
「うへ、なんかテストじみたことすんの?」
「テスト・・・・・・って、別に・・・・・・少し本を見てもらうだけですよ」
そもそも俺たちの関係はリタがこの世界の常識を俺に学ばせるというところから始まっているわけで、つまりもし読めなかったらのその後を考えると恐ろしい。
リタによる授業が始まるのは明らかだろう。
この歳になって新しい言語の新しい文字を一から覚えるなどと・・・・・・考えたくもない。
とは言ったものの・・・・・・。
「自信ないなぁ・・・・・・」
実際、言葉が通じるのが分かったときに文字の読み書きも出来るのかは気になっていた。
まぁまずこの世界の言葉など知るはずもないのだが、それは例の神様がどこまでカバーしてくれているかによる。
「でも、言葉は通じるじゃないですか?」
「どうして通じるのか・・・・・・その原理が不明なの! だから文字となると・・・・・・もう予測がつかないわけさ」
結局、俺からしたら何をするかに関わらずテストを受けるような気分というわけだ。
緊張・・・・・・というよりも、若干諦観が先に立ってしまっている。
「まぁ、実はこの街の識字率も結構低いんですけどね・・・・・・」
「え? そうなの? リタは?」
「わたし? わたしですか・・・・・・? わたしは読み書きは出来ますよ。何せ先生がいましたからね」
「あー・・・・・・」
例の先生。
リタの恩師であり、保護者のような存在でもあり、そして重罪人。
今や会うことの叶わないその人を、話を聞いただけの俺が評価するのは難しい。
きっと、そうでなくともその功罪は簡単には語れないだろう。
「ま、そういうわけなので・・・・・・実はあなたに見せる本、魔法に関する本なんですよね」
「ほう?」
「で、その・・・・・・本来有資格者しか見てはいけないようなものなので、内容はあまり頭に入れないでください・・・・・・。ほとんど禁書みたいなものなので・・・・・・」
「んな、無茶な・・・・・・!」
「まぁ・・・・・・ですよね・・・・・・」
読んでしまった以上、その内容を理解しないというのは難しいだろう。
いや、よほど高度なことが書いてあれば話は違ってくるが、しかしそれでも見てしまったものは意思に関わらず記憶となってしまうものだ。
リタの裸みたいに。
リタもその件については半ば諦めていたようで、力無く項垂れる。
仕方がないのでその首根っこを摘んで体を起こして上げた。
「? なんですか?」
「いや、なんでもない・・・・・・」
俺の奇行ともとれるスキンシップにリタが首を傾げる。
俺も何故そうしたのかは分からなかった。
「で、話を戻すけどさ・・・・・・なんか、別の本無いの? 俺としても、そんな大層なもの前にしちゃうと畏まっちゃうんだけど」
「それは・・・・・・わたしも考えたんですけど、この街ではあまりにも文字に出会う機会が無さすぎます。まぁ識字率の都合で、当然と言えば当然なのですが・・・・・・」
リタがため息混じりに答える。
つまり、今のところ見せられる本が、出来れば見せたくないそれしかないということだ。
「あの、さ・・・・・・もしもの話なんだけど・・・・・・」
「なんですか?」
「俺の世界に魔法なんて無かったからさ・・・・・・その、結構俺の気を引くと思うんだよね・・・・・・。それで、もし・・・・・・」
「ダメですよ」
「まぁ、だよなぁ・・・・・・」
やっぱり、魔法に関心を持つことは容認しがたいみたいだ。
まぁ世界の状況が状況だから無理もない。
そのリスクを踏まえた上で考えると、まぁ興味は尽きないが、少なくとも使うつもりにはならないだろう。
そうやって話している内に、目的地にたどり着く。
話に夢中で道は見ていなかったので、この場所に一人で来られるようになるのはまだ先になりそうだ。
「さぁ、じゃあ上がってください」
「おう」
リタに招かれるまま、女の子の住む家にしちゃ無骨すぎるその空間に足を踏み入れた。
続きます。