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続きです。
時間の経過とともに賑わいは衰え、気がつけば静かな夜が訪れていた。
あの後も少しリタと一緒に過ごしていたが、人が散っていく様子を見て同じようにそれに混ざってそれぞれの帰る場所に戻ったのである。
と言っても、俺には家がないのでまた宿屋の世話になるわけだが。
今日は・・・・・・長い様で短い一日だった。
その忙しなさはそのまま疲労として蓄積し、筋肉に腫れをもたらす。
特に酷使した脚は重く、熱を帯び、動かすのが億劫だ。
とはいえ明日も暇というわけじゃない。
というのも、本来今日やるはずだったリタの言う「確認したいこと」が明日にずれ込んだのだ。
今日起きたことに比べればそんな大したことではないらしいが、きちんと朝には目覚めなければならない。
「さて・・・・・・」
明日も早いし、寝よう。
相当疲れているはずだし、そう時間はかからないはずだ。
部屋の窓から涼しい風が吹き込む。
外の景色に目をやれば、月明かりがすっかり静まり返ったセカンドを照らしている。
青白い光で彩られたそれは、ほとんど廃墟のようだった。
目を閉じて、夜の音に耳を澄ませる。
風の音に混じって、汚染にも負けない虫の声と、金属の軋む音が風変わりなコラボレーションをしていた。
熱を帯びたまぶたを腕で押さえる。
浅く息を吐き、そうすれば硬いベッドに体が溶けていくようだった。
ほとんど微睡むような状態で、今日を振り返る。
呼び起こされた記憶は時系列通りではなく、まず浮かんだのは鳥木族の味だった。
ビカクと違ってきちんと味付けされていたのもあるのだろうが、その美味は本物。
高級食材と言われて上がっていたハードルを易々と超えていった。
味付けにはあの忌々しい果実を使っているということで、あっさりとした肉のうまみがその酸味と自然な甘みで絶妙に引き立てられていて、思い出すだけでも唾液が溢れてくる。
因みにちょっとの衝撃で例の如く弾けるので、その調理はべらぼうに難しいらしい。
そして次に思い起こされるのは・・・・・・脳裏に焼き付く肌色。
「・・・・・・!!」
どうしてくれる、ちょっと目覚めたじゃないか。
いや、しかし・・・・・・俺はその・・・・・・そんなにスケベじゃないはずだ。
冷静になれ。
心頭滅却。
ダメだ、余計鮮明になってきやがる。
体を横に向けて、背を丸める。
姿勢を変えて、頭からそれを振り落とそうとする。
思えば・・・・・・物心ついてからあんなにしっかりと見てしまったのは初めてだ。
だからきっと・・・・・・これは俺の性質の問題ではなく、誰でもそうなのだ。
初めての体験というのは、当然色濃く焼き付くもの。
仕方ないことなのだ。
「・・・・・・」
結局頭からその記憶を振り落とすことが出来ず、やや悶々とする。
疲れてるせいで自分の思考が自分で制御出来なくなっている。
しばらく悶々として、そしてやっと頭に浮かぶイメージが切り替わってくれた。
そしてそれは、ビカクの食べ方の手本を見せるリタの口元だった。
触れるまでもなく柔らかいのが明らかな唇。
ビカクの肉の繊維に突き立てられる、小さな歯。
そして何故かそれらが、リタの裸体と同じように“そういう印象”を伴って脳内で再生される。
おかしい。
だって、ただの食事で、それがこんな風に見えるなんて・・・・・・。
小さく開かれた口の、その影に覗く舌。
嚥下の際小さく上下する滑らかな喉。
ついにはそんなに細かく見ていたっけというようなところも補完されていく。
鼓動が早まる。
見た、聞いた、触れた、そのリタに関する全てが蘇る。
まぶたの裏の暗闇で、もはやいい逃れの出来ない水準でそれらが渦巻く。
背中に汗が滲んで、呼吸が浅く、早くなる。
頭の中で膨れ上がったそのリタのイメージから、俺の劣情から逃げるように、勢いよく目を開く。
「っは・・・・・・!」
清浄な月明かりが、目薬のように染み込み、溜まり澱んだ熱を冷ましていく。
気づけば時間はだいぶ経っていたようだった。
汗の滲む服に空気を取り込みながら、ベッドの上に体を起こす。
今思えば、あれはほとんど夢のようなものだったのだと気づく。
事実、たぶん俺は今の今まで眠っていたのだ。
つまるところ・・・・・・淫夢、とでも言うのか?
異世界だから夢魔的なやつも居そうなものだが、生憎それらしい姿は見当たらない。
「はぁ・・・・・・」
息と一緒に体内の熱を吐き出して、落ち着く。
幸い夜の空気は冷たく澄んでいて、冷却にはもってこいだった。
既に暗闇に目が慣れきっているためか、薄い月明かりだけで周囲の様子を完全に確かめられる。
俺の周りの何もかもは、俺と違って静かに落ち着いていて、ともすれば眠っているのかもしれなかった。
「まぁ・・・・・・疲れてるときって・・・・・・変な夢、見るよな・・・・・・」
やけに目が覚めてしまって、しばらく眠れそうにない。
ベッドから降りて、窓際に向かう。
その窓枠に肘をついて、体重を預ける。
少し窓から首を出して、眠る前と変わらない街に視線を滑らせた。
まだ朝は遠い。
一体日出までどのくらいだろうか。
ほとんど十分寝てしまったような気分なので、自然思考は明日のことに向かう。
明日は、またリタの家に向かうことになるらしいが・・・・・・。
今日・・・・・・いや、昨日?を経た今、その意味の重さも変わってくる。
「やば、気まずいかも〜・・・・・・」
そんなこと、今更かもしれなかった。
続きます。