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ムーンライト・エンブレイス  作者: 空空 空
セカンドホームタウン
26/67

1-25

続きです。

 正直昼に食べたのでもうだいぶ腹一杯だったが、せっかくの高級食材なので味だけはみておきたい。

そんなわけで、リタを連れて賑やかな通りにやって来た。


「本当に祭りみたいだな・・・・・・」

「今日は特に、ですね・・・・・・」


 狭い通路には街中のほとんどの人が集まっている。

誰の住処とも知れない家からはいい匂いのする煙が上がっていて、そこで肉を焼いているのは明らかだった。


 すれ違う人々は昼に俺たちが食べたのと同じような串焼きを持って、その硬い肉をしがんでいる。

と、その人の波の中に見覚えのある顔を見つけた。


「お、ケイド・・・・・・」

「げ・・・・・・」


 俺に名前を呼ばれたことに気づくと、生意気そうな少年は分かりやすく顔を顰める。

すぐさまその脚はこの場からの離脱を試みるが、リタの姿を見てしおれた。


「うぅ、逃げられないかぁ・・・・・・」

「ほんとに、いいかげんにしてくださいよ?」


 項垂れるケイドにリタが小言を言う。

まぁ諸々済んだので今となっては微笑ましい光景だ。


「まぁまぁ。お前の食った分もきっちり働いて来たからさ、気にすんなよなクソガキ」

「クソガキ!?」

「過不足無くそうだろ」

「ちぇー・・・・・・」


 俺の言葉を受けて不服そうに唇を突き出す。

しかし俺が腹を立てている様子じゃないのが分かると、すぐに人懐っこい笑みを浮かべた。


「お兄さんさ、あれ・・・・・・鳥なんちゃら! あれ食べた?」

「いいや、まだ。風呂入ってた」


 この隣の人と、と付けたそうと思って、やっぱりやめた。

まだこのクソガキには刺激的すぎる。


「そりゃいけない! 早く食べに行きなって! あんな美味しいもの食べたことないよ。ここの人たちが遠慮なんかすると思わない方がいいよ。無くなる前に食べないと!」

「無くなるって・・・・・・だってあんなデカいの丸々一羽・・・・・・」


 周りに居る人々の人数を見る。

頭の中でひぃふぅみ、と数えるが当然すぐに分からなくなってしまう。


「全然、余裕で無くなっちゃいますよ」

「マジ?」

「マジです」


 リタが言うなら間違いない。


「えっとじゃあ・・・・・・ちょっと先を急ぐか・・・・・・」

「うん、そうしな。じゃまた」


 そう言ってケイドはリタの小言が再発する前に、さっさと走り去ってしまう。

器用に人の間を縫っていくもので、すぐにその姿を見失ってしまった。


「じゃ、行こうぜ・・・・・・リタ」


 しかしリタは・・・・・・あまり乗り気じゃない様子で、俺の言葉に頷かない。


「あ、いや・・・・・・わたしは・・・・・・」


 鳥木に興味がないわけではないらしく、煙が昇る方を一瞥する。

そして諦めたように視線を外した。


「わたしは、いいです」

「いいの? でも・・・・・・」


 言っている途中で、リタが右腕を気にしているのに気づく。

ローブを抱えるその腕は、風呂上がりのため包帯が施されていない。


「その・・・・・・それ、気にしてるのか?」


 踏み込むべきか悩むが、ここは思い切ってストレートに言及する。

リタは何か言おうと口を開き、そして閉じる。

どんな言葉を飲み込んだのかは分からない。

そうして一度つぐんだ口を、リタは再度開く。


「そう、です・・・・・・。少なくとも・・・・・・わたしは適切な距離をおくべきなんです。みんなと・・・・・・それから、マナトとも・・・・・・」

「いや、それは・・・・・・」


 俺が口を開くと、リタは黙って一歩距離を開ける。

そして繰り返した。


「わたしはいいです。心配はいらないですから・・・・・・」


 そういえばそうだった。

さっきのリサと俺がその件について話しているときも、リタはいまいち釈然としないような表情をしていた。

リタは、周りの人の意思に関わらず距離をおくことが絶対に正しいと思っているのだ。


 それが、俺には少し納得いかない。

気に入らないと言ってもいいかも知れない。

少なくとも、俺はリタの話を聞いた上でそれを問題にしなかったのだ。

その判断を、あまり軽んじないでほしい。


「いや、行くぞ。リタだって気になるでしょ。せっかく獲ったんだから、リタが味をみないでどうするの」

「それでも・・・・・・やっぱりわたしは・・・・・・」


 申し訳なさそうにしつつも、あくまで俺の言葉を受け入れない。

そんなに、その腕が気になるかよ。


 いや、分かっている。

その腕がリタにとって何を象徴するかなんて。

でも、これは・・・・・・なんか、なんかその・・・・・・いやだ。

納得出来ない。


 強引と知りつつも、それでも俺の覚悟は知ってほしいと躍起になる。

その問題の象徴たる右手をひったくるようにつかまえて、そして煙の方へ歩みを進めようとする。

が・・・・・・。


「や・・・・・・!」


 リタがものすごい勢いで手を引く。

俺とリタの間にある力の差で、俺の手は容易く弾かれた。


「あ、ちが・・・・・・ごめんなさい!」


 それを見て更にリタの動揺は大きくなる。

気が動転・・・・・・というよりは、本当に酷くショックだったという様子だ。


 やってしまった。

俺はリタにもっと自分の自由を大切にしてほしくて・・・・・・だけど、俺のしたことはその気持ちの押し付けに過ぎない。


 100パーセント俺の過失だ。

にも関わらず、リタは再び謝罪の言葉を口にする。


「ごめんなさい・・・・・・」


 そう言って俺に背を向けて、ゆっくりと立ち去ろうとした。

その背中を引き止める気の利いたセリフを俺は知らない。

何より今は、どう転んでもリタを傷つけてしまう気がした。

だけど・・・・・・。


「ちょっと・・・・・・ちょっと待ってて」


 立ち去ろうとするリタの、今度はその左手をつかまえる。

出来るだけ優しく。


 俺の指が触れると、リタの指先がぴくりと震える。

すごく怯えた手だ。

何かを傷つけ壊してしまうことを酷く恐れている。


 リタは俺の手を握り返しては来ない。

しかし、その歩みは止まった。

俺の言葉を聞き入れ、“待っていて”くれるのだ。


 リタから手を離す。

そして急いで煙の昇る建物の方へ。

今だけは多くの人に迷惑をかけて、我欲のために突っ走る。

そして、串焼きに姿を変えた鳥肉を二人分手に取った。

料理人は宿屋のおじさんで、俺の傍若無人な振る舞いを、しかし何も言わずに受け入れてくれた。


 行きよりは穏やかなスピードで、リタの元へ戻る。


「あ、それ・・・・・・」


 リタは俺の手の中の串焼きを見て、ボソリと呟いた。

何も言わずに、それをリタに手渡す。

リタも何も言わずに受け取った。


「その・・・・・・さっきは、ごめん」

「いえ、少しびっくりしてしまっただけで・・・・・・その、すみませんでした・・・・・・」


 あぁ、もう・・・・・・頼むから謝らないでくれよ。

俺が!

俺が悪いんだ。

さっきのは、何もかも。


「その・・・・・・いいか?」


 今度は確認をとる。

リタのその右手に触れていいか、と。


「いや・・・・・・いえ、構わない、です・・・・・・」


 そうは言うが、やはり抵抗はかなり大きい様子だ。

でも、最低限これは伝えたい。


「俺は、リタのことちっとも恐いだなんて思わないし・・・・・・それに俺は強いから、だから例えリタでも俺を傷つけるのは難しいよ」


 リタの無骨な右手を、両手で包み込む。

その冷たな質感の手のひらは、しかしちゃんと生き物の温度だった。


「マナトが・・・・・・強い、ですか・・・・・・?」

「ああ、そりゃもう・・・・・・!」

「まさか・・・・・・」


 昼間の印象が強いのだろう。

リタの目に俺は全然強者として映らない。


「言ったろ? 最大出力じゃないって」

「でも・・・・・・制御出来ないって話じゃ・・・・・・」

「ああ、出来ない。けど・・・・・・少なくとも、本気出せばリタは俺を傷つけることなんて、やろうと思っても出来ないよ。本当だ」

「嘘・・・・・・」


 全く信じてない様子のリタが、俺のあまりにも説得力に欠ける自信に少し笑う。

悲しそうだった表情を、少し和らげることが出来た。


「とにかく・・・・・・俺には、そんな悲しい気の遣い方しないでくれ。俺の強さが本当でも嘘でも、リタには・・・・・・その、もう少し自由でいてほしい。だから・・・・・・」

「・・・・・・。分かりましたよ。もう・・・・・・分かりました。マナトって、お姉ちゃんみたいなこと言うんですね」


 少し心を許してくれたのか、リタの手のひらから力が抜ける。

俺はそれを受けて、ゆっくりとリタの手を解放した。


「さぁ、せっかく持って来てくれたんですから・・・・・・食べましょうよ。冷めちゃう前に」

「ああ、そうだな」


 仲直り・・・・・・って表現が適切か分からないが、その記念も兼ねて、二人して厄介な巨鳥の、しかしその上質な肉に口をつける。

賑やかな夜の喧騒は、そんな瞬間を縁取った。

続きます。

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