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続きです。
立ち並ぶどれも似通った建物。
浴場らしさを感じるようなものはどこにもない。
まぁこの街がどういう街かというのを考えれば、あからさまに風呂場!なんていうようなものはあり得ないのは明らかだ。
「着きましたね」
元々広すぎるわけでもない街だ。
喧騒から離れて程なくして、目的地にたどり着く。
やはり他の建物とは大差ない雰囲気。
しかし一つだけ違うところがあって、それは建物の外側にポツンと長椅子が設置されていることだ。
「えと・・・・・・」
たどり着くと、リタとリサは早々とその長椅子に腰掛けてしまう。
なるほど、どうやらこの椅子は順番待ちのための椅子らしい。
「えぇ・・・・・・と」
もちろん初めて来る場所で、勝手がよく分からないのだが・・・・・・。
しかし風呂の入り方というのを尋ねるのもなんだか、その・・・・・・少々恥ずかしい。
順番で言えば俺が最初。
待たせているわけなので、為せばなると意を決して建物の戸を開く。
すると中から出迎える声があった。
「あ・・・・・・おかえりなさ・・・・・・え? 誰・・・・・・?」
迎え出たのは一人の少女だ。
誰と勘違いしたのかは分からないが、タイミング的にはリタかリサのどちらかだと思ったのだろうか。
背格好から俺と同じくらいの歳に見える。
柔らかそうな髪をゆるく纏めておさげにしていた。
「あ・・・・・・と、お邪魔します。初めまして、マナトっていいます。今日はその・・・・・・狩りの方を手伝わせていただきまして・・・・・・」
「は、はぁ・・・・・・」
対する少女は少し困惑したような表情。
初対面の挨拶の仕方を間違えたかもしれない。
少し気まずい空気になる。
だがこんな時にいつも助けてくれる、安心と信頼のリタさんがやって来た。
「大丈夫ですよ。その人の言っていることは本当です。お風呂に案内してあげてください」
「あ、リタさん・・・・・・。もう、そういうことなら事前に説明してくださいよ!」
「それは・・・・・・すみません、このくらいの時間ならウルルたちが番してるだろうからまぁ大丈夫かなって・・・・・・」
「あの二人ならあなたたちが珍しい鳥を獲ってきたっていうのを聞いて見に行きましたよ・・・・・・」
「ごめんごめん」
一連のやりとりをした後、少なくとも俺の素性が分かったので少女は安堵の息を吐く。
「ごめんなさい・・・・・・初めて見る人だったから・・・・・・」
「あ、いや・・・・・・俺こそごめん、怪しくて・・・・・・」
実際怪しかったかどうかは分からないが。
俺がリタやリサの知り合いと分かると、すっかり少女の態度は軟化する。
「あなたは、えっと・・・・・・」
「マナト」
「そう・・・・・・マナト、ですね? うちはフォスタっていいます。基本的にお風呂の管理はうちがしているので、また会うこともあると思います。よろしくお願いしますね?」
「ああ、こちらこそ頼むよ」
話しながら進むフォスタの後に続く。
道は複雑でなく、その小さな背中を追っていたらすぐに扉の前にたどり着いた。
「この先が脱衣室になってます。替えの服はこちらで用意しておくので、出たらそっちの方に着替えてくださいね」
「え、服くれるの!? あ、タダなわけないか。いくらするの・・・・・・?」
入浴も服の支給もタダなわけがない。
少し考えれば・・・・・・いや、考えなくても分かることだ。
ちょっと世間知らずな感じに見えてしまっただろうかと恥ずかしく思っていると・・・・・・。
「あ、いや・・・・・・特に支払いはないですよ? ここはみんなのお風呂ですし、別にうちが浴場を経営してるってわけでもなくて、ただ居るだけですから・・・・・・」
「え、うそ? ほんとにいいの? 服まで?」
「もう・・・・・・何もそんなに気にすることもないでしょ! はーいーりなーさーいー!」
「ええ、ちょっと! 危ない、危ないって・・・・・・!」
俺がやたら疑心暗鬼なのが面倒くさくなったのか、俺を脱衣室の方にぐいぐい押しつける。
もちろん扉はまだ開けていないので、それに体が押しつけられるだけだ。
フォスタも半分冗談だったのか、ふぅと一息ついてから言う。
「まぁ、心配はいらないから。ここに来たならしっかり体を休める! それがここの唯一と言ってもいい絶対原則です!」
そうやって胸を張るフォスタの姿を見ると、しみじみ「やっぱこの街の人なんだな」と感じる。
今まで関わりを持って来た人、彼らたちは皆共通して互いが助けられていることをしっかり理解している。
助け合いは前提の街、いつだかリタが言った言葉だがまさしくその通りなのだろう。
「では、お言葉に甘えて・・・・・・」
「はい!」
フォスタのお見送りを背に、脱衣室へ続く扉を開け放つ。
そしてその中に身を滑り込ませていった。
宿屋での一件があったので鍵を確認。
「無い!!!!」
鍵という構造が丸ごと。
脱衣室にはあれよと思いつつも、まぁセカンドだしと既に慣れて来ている自分がいる。
フォスタが新しい衣服を届けにどこかのタイミングでここに入ってくることは明らかだし、色々考えるのをやめて服を脱ぎ始めた。
脱衣室は本当に脱ぐためだけのスペースといった感じで、人一人がやっと入るくらいのスペースに服を入れるための籠が置いてあるだけだった。
鏡くらいはあってもいい気がする。
「ああ、でも結局・・・・・・高いんかな、鏡って・・・・・・」
宿屋にあったのも小さいやつ一つだったし。
いよいよ服を脱ぎ終えて、脱衣室から浴場へ向かう。
出迎えてくれたのは浴場という響きにふさわしい広々とした空間・・・・・・ではなく、ほどほどの広さだった。
いや、実際に一人分としては十分に広いよ?
だけどまぁ、浴場って名前で呼ぶには・・・・・・うーん・・・・・・。
風呂の広さは大人四人・・・・・・いや五人が満足に手足を伸ばして入れる程度だろうか。
天井の縁に沿って換気窓という名の穴が等間隔に並んでいて、浴室の内側は絶妙なバランスで快適な水準を保たれていた。
何か良い景色が見えるわけでもなく、一面壁の鈍色。
どういう加工がなされているのか、あるいは魔法の力を貸りているのか、錆びている様子はなかった。
まぁどんな様であれ規模であれ、風呂は風呂だ。
それも一日ぶりの。
肝心の湯船は、白い湯気を立ち上らせていて、それだけでとても気持ちが良さそうだ。
その静謐な透明の水面を前にして、それに浸かるのを我慢出来る者などいない。
たぶん。
静かに湯気を上らせていた湯船に足先を着ける。
その部分から水面は波打ち、溢れたお湯を浴槽の外へと吐き出した。
足の指先で温度を確かめる。
ふむ、どうやら少し熱めのタイプか・・・・・・。
ならば・・・・・・。
最初に着けた爪先から、その熱にゆっくりと身を沈める。
体を包み込む温度に身を慣らしながら。
そうすれば、肩まで浸かり切る頃には「あ゛ぁ゛〜」という声と一緒に肉体の疲れが追い出されていった。
湯船の中で手足を伸ばし、その浮力を感じながらくつろぐ。
やはり風呂は風呂、至福の時間だ。
あまり二人を待たせるのも申し訳ないのだが、けれども体を動かすことが出来ない。
その心地よさが、緩く、けれどもしっかりとこの場所に俺を縛り付けていた。
目でも閉じたら眠ってしまいそうで、だから薄目を維持してちゃぷちゃぷ鳴らす。
一人だからと、少し行儀の悪い気はするが頭まで沈めてみたりもした。
後、どれくらい入っていようか?
流石にまだ出る気にはなれないが、しかし自分の順番まで二人待たなければならないリサを考えると、やはり出来るだけ早く出てやらねば。
ぽけーっと、そうやって考えを巡らせていると、突然ガタン、という音がやって来る。
浴室の扉が開かれたのだ。
フォスタが替えの衣服の用意が出来たことを伝えに来たのだろうかと、慌てて姿勢を正す。
ナニをとは言わないが、見せるわけにはいかないので足の間に挟み込んで、無難に体育座り。
開いた扉の方に目を向けると・・・・・・。
「・・・・・・!?!?」
肌色が目に入った。
何故!?と思いつつも慌てて目を逸らす。
不自然なのは承知で体育座りのまま浴槽の奥まで逃げる。
すぐに視線を逸らしてしまったが、その一瞬でもわりとはっきりその姿を捉えてしまう。
誰だか分かるくらいには。
「えっと・・・・・・リタ? リタさん?」
「どうしたんですか、そんなに驚いて・・・・・・」
「いやいやいやいや!!」
しまった、異世界の貞操観念って結構こんな感じだったのか!?
ならもっとまじまじと見てもいいんじゃないか?
じゃなくて!
「何? えっと・・・・・・どうしていきなり? え、もう出た方がいい? いや、そだよな・・・・・・出る。俺もう出るわ!」
「ちょ、ちょっと・・・・・・待ってくださいよ! 全然そんなじゃなくて、ただ見てほしいものがあって・・・・・・」
風呂場で?
裸で???
見てほしいもの!?!?
いかんでしょ。
相手は12歳、ていうかなんで急に。
ちゃぽん、とリタが湯船に体を沈める音が聞こえる。
躊躇いなく、入って来た。
フロ、オンナノコ、イル・・・・・・ドウシテ・・・・・・。
困惑が俺から元から無い思考能力を奪う。
極度の緊張と焦りが、俺の平静を容易く吹き飛ばした。
昨日はほとんど冗談でリタの家に泊めてくれるんじゃねとか思ってたけど、まさかこんな展開が待っているとは。
焦りが勝って「神様ありがとう!」という気持ちにはなれない。
「ねぇ・・・・・・ちょっと、大切なことなんですよ。せっかく勇気を出して来たんだから・・・・・・ずっとそっぽ向いてないで、こっち向いてくださいよ」
「いや・・・・・・いやいやいや! だってそんな・・・・・・!」
まだ入浴して間もないのに、のぼせてしまいそうになる。
正直最初の一瞬は不意打ちみたいなものだから仕方ないとして、これでリタの方を向いてしまえばそれはもうアウトだ。
異世界の法が許しても、俺の倫理観が許さない。
「・・・・・・ねぇ、お願いしますよ」
しかし、リタの声が・・・・・・その、なんというかあまりにも切実なのだ。
いったい何故。
ほんとに、どういう理屈があってこんなこと・・・・・・。
見てしまっても罪悪感、このまま見ないでも罪悪感・・・・・・ならば俺が選ぶのは・・・・・・。
「わ、分かった・・・・・・そこまで言うなら、向く、ぞ・・・・・・?」
言い訳ではなく一切下心ではない。
散々面倒見てくれたリタの要望を断るなど、俺には出来ない。
だから・・・・・・。
心の中でカウントダウンを刻む。
誰にでもなく謝りながら、葛藤を振り切るように勢いよくリタの方を向いた。
続きます。