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続きです。
「さて、帰るか・・・・・・」
体を休めることも出来たし、もう他にすべきこともないため、リサは口を開いた。
色々と厄介なことも起きたし、既に時間もだいぶ過ぎている。
セカンドに着く頃には、きっともう夕刻だろう。
狩りというので時間がかかるだろうとは思っていたが、もう今日は他のことは出来そうにない。
少ない荷物を纏めて、リサと俺は台車を引いて、リタは鳥木族を軽々と背負ってセカンドに向かった。
街に着いたのは予想通りほとんど日が傾いてしまっている時間。
空はオレンジ色にそまり、降り注ぐ光が鉄の壁を淡く色づけている。
内側から見ると建物のゴチャゴチャした感じに隠れて分かりづらかったが、こうして門の外から眺めるとまさしく壁、だ。
台車を支えるリサが、俺に門を開くように頼む。
言われた通りに門に駆け寄り、続く二人のためにそれを開いた。
いつもそうなのかは分からないが、門を開けば帰りを心待ちにしていた人たちが集まっているのが見える。
ケイドや宿屋の主人など、見知った顔もちらほら。
「へへ、獲れたその日はちょっとした祭り騒ぎだからな。お前も晩飯は楽しみにしとけよ? なんせ今日は鳥木族があるからな」
賑わう人々を見てリサが誇らしげに語る。
集まっている人々の視線は、巨大な鳥に吸い寄せられるようだった。
俺たちの帰還を見て、宿屋のおじさんが俺の方に駆け寄る。
「よ、兄ちゃん! なんだありゃ、たまげたな!」
「はは、なんか高級食材らしいすよ・・・・・・」
「ほぉ、そいつは・・・・・・。しかし兄ちゃんも・・・・・・ばっちり働いたみてぇだな」
「いやぁ・・・・・・はは、どれだけ役に立てたか・・・・・・」
実態はアレだったからな・・・・・・と頭をかいて誤魔化す。
おじさんは変わらず楽しそうだった。
「まぁそう謙遜するなって。そのなりを見りゃ頑張って来たのは明らかだよ」
「へ、なり・・・・・・?」
言われてみて自分の姿を注視する。
服は泥やら血で汚れていて、何より穴だらけだ。
自分の体の状態ばかり気にしていたが、様々な痕跡は服に残っている。
振り返ればそれはリサもリタも同じで、リサの服も言うまでもなく穴だらけ、リタに関しては何故だかローブだけは汚れ一つないのだが、その下の服や靴は酷く汚れている様子だった。
「な、なるほど・・・・・・こりゃ・・・・・・」
「兄ちゃんの労働の証ってわけさ!」
おじさんはそう言うが、いいのだろうか・・・・・・俺がそんな評価を頂戴してしまって。
俺は本当にそれに見合う働きをしたのだろうか。
「ええ、ほんと。とても助かりましたよ、わたしも、リサさんも・・・・・・」
「ああ、ほんとにな」
そんな俺の自信の無さに答えをくれたのは、事の一部始終を全て知るリタとリサ、その二人だった。
「そうか・・・・・・」
その二人がそう言ってくれるなら、俺は堂々とこの賑やかな道を歩ける。
この街の狭さや薄暗さに似つかわしくないほどの、この暖かさの中に居られる。
自分をこの街の一部として肯定出来るのだ。
それがどうしてかたまらなく嬉しかった。
「さて・・・・・・」
それはそれとして・・・・・・と、おじさんが話を変える。
「ともかくお三方、その疲れと汚れ、落として来ちまいな。いつもの、もう用意出来てるぜ?」
「お、そうか。・・・・・・てことは伐採の方も上々、と・・・・・・」
おじさんの言葉にリサが何やら頷くが、いまいちなんの話か分からない。
それがそのまま表情に出ていたらしく、おじさんが説明を加えてくれる。
「汚れを落とすってんだから風呂に決まってるだろ!」
「風呂・・・・・・!!」
風呂なんてあったのか、と驚くのと同時に、確実に俺の心が震えるのを感じる。
てか、風呂あるなら昨日のうちに知りたかったわ。
「先生の趣味で、大きめの浴場が作られてるんですよ。この街を作った人が変な人だから、この街も変なところは充実してたりするんです」
リタの言葉にまた“先生”が出てくる。
その先生がどんな人であれ、今はここに風呂を作ってくれたことに感謝しかない。
「よしよし! 風呂だ風呂!」
リサも風呂を目前にテンションが上がる。
意外と好きみたいだ。
「それじゃあ、いつも通りリタから入るか? お前さんは俺と一緒でも構わないか?」
「あ、俺は全然リサと一緒で構わないすよ」
「よし、決まりだな!」
リサの態度にあからさまに早く風呂に入りたいのが透けて見える。
しかしその勢いをリタが遮った。
「あ、すみません・・・・・・それなんですけど・・・・・・」
リタが背伸びしてリサの耳元に何ごとか囁く。
リサは浮かれ気味ながらも少し身をかがめて、しっかりその言葉に耳を傾ける。
当然俺には何を言っているのか全く聞こえなかった。
「そういうことなら分かった・・・・・・が、いいのか? その・・・・・・」
「いいんです。一番手っ取り早いですし、そろそろしっかりしないと・・・・・・マナトに申し訳ありません」
勢い付いたリサのテンションはもう誰にも止められないと思われたが、真面目な話だったようでリサはすっかり相応しい態度になる。
「あの・・・・・・何の話を?」
わざわざリサに耳打ちしたのだから、俺には言えないことなのだろうけど一応尋ねるだけ尋ねる。
「あ、マナトは気にしないでください」
リタから返ってくるのは大体思った通りの返事。
しかしそこに続く言葉は、やや不可解なものだった。
「ただ、マナトのお風呂の順番は一番最初です」
「え、なんで・・・・・・?」
あれだけ真剣な話の様子だったのに、その結果変わるのが入浴の順番?
いや・・・・・・二人にとってはそれだけ入浴についての話題が重要なものだった?
・・・・・・それはないか。
「別に、なんでもないですよ。ただ・・・・・・ちょっとわたしたちは他に用事があるだけです。なので気にせず一番乗りしてください」
「え、ああ・・・・・・うん、分かった・・・・・・」
まぁ話そうとしないことをわざわざ聞くようなつもりもないし、別にいいだろう。
たぶん、それで何かが大きく変わることもない。
「じゃ、そういうことなんで・・・・・・獲物の方は頼んだぞ」
「任しときな!」
リサが食肉を鳥木族含めておじさんに託す。
そうして手ぶらになった俺たちは、風呂の建てられている区画まで向かった。
続きます。