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続きです。
「よし! ではこれから、ちと遅いが昼メシとする!」
リサの宣言で、食事の時間は賑やかに幕を開ける。
割と色々起こってしまった後だが、俺らは生物なのでメシとなれば無条件で気分が高揚する。
いや・・・・・・俺が単純すぎるだけか?
だがどちらにせよ、この世界に来てから初めてのちゃんとした食事だ。
期待せずにはいられない。
「いいんですか? いつもはこんなことしないのに・・・・・・」
「いーの、いーの! 本当は前来たときもその前もやりたかったけど、ここらには火を起こすのに丁度いい素材がないんだから。けど今日はその問題をクリアしてる!」
大真面目なリタはいつもと違うことをするのに躊躇いがあるようだが、構わずリサは楽しそうに続ける。
「それに今日は思わぬ収穫もあったからな。俺の目玉と引き換えにだから・・・・・・」
「うぐ・・・・・・」
ここの人たちはどうしようもない現実を受け止めるのが上手すぎて、甘ったれの俺はその速度についていけない。
少なくとも怪我した当日中にそれを冗談にするなよ。
息を詰まらせる俺と同様に、リタも苦笑いで触れづらそうにしていたので、やっぱこっちが正常だよなと安心した。
「ところで思わぬ収穫って・・・・・・まさか・・・・・・?」
「へへ、察しはついてるみたいだな」
未だ横たわる巨大な鳥。
既に葉は大部分が燃え尽き、今は禿げた体といくつかの実だけが残っている。
「あの生き物ってなんなの? 食えるのか・・・・・・?」
なんか植物っぽいし、体の中まで木みたいな感じなんじゃないかと思えて正直食欲は湧かない。
そうやって疑うような眼差しをしている俺に答えたのはリタだった。
「あれは鳥木族です」
「ん? え・・・・・・?」
何故だか妙に馴染みのある言葉に耳を疑う。
え、今絶対鳥貴・・・・・・。
「だから鳥木族ですって。具体的な種類は分からないですけど、間違いないはずです。ですよね・・・・・・?」
「ああ、鳥木族のなんかで間違いないな。にしてもこんなでかいの初めて見たが。しかしまさか鳥木族が獲れるとはな・・・・・・こいつは高級食材だぞ? 本来こんな木も生えてない開けた場所に現れるようなやつじゃないんだがな・・・・・・」
あんまり鳥木族鳥木族言わないでほしい。
しかしあんな生き物が高級食材とは・・・・・・分からないものだ。
ビカクの方がずっと美味そうなのに。
「まぁでも鳥木の方は帰ってからのお楽しみだ。チビたちも喜ぶだろうしな。そんで・・・・・・こっからはお前の出番だ!」
食材の準備を終えたリサが俺を向く。
その手には大きな塊から切り取られた肉を串代わりの矢で突き刺したものを人数分携えていた。
大型動物を狩るための矢なのでそれなりに大きく、つまりそれに刺さっている肉も相当な大きさだ。
さて、突然こちらに振られたわけだが、当然することは分かっている。
二人の前ではバッチリ権能を振るっているわけで、この間では周知の事実だ。
そして、こういう使い方も応用として想定していたので、だからリサがどういう発想に至ったかは考えるまでもなく分かった。
惜しげもなく胸から剣を引き抜き、そしてそれを地面に垂直に突き立てる。
出力はだいぶ控えめで、けれど焼き肉には十分すぎる火力だ。
剣を囲む俺たちの顔が炎に照らされる。
リサはその炎に一度手をかざすと、適切な位置に肉の刺さった矢を突き立てた。
「いやぁ、しかしこれが魔力由来じゃないってんだから驚きだよ・・・・・・」
リサが原理の分からない未知に感嘆する。
「あれ、なんで知ってるんだ?」っと一瞬ドキッとするが、すぐに「マナトが気を失ってるときに聞かれたので教えました」とリタの説明が飛んできた。
その後こちらににじり寄って・・・・・・。
「魔法じゃないってことと火を扱えるってところまでしか話してないので安心してください」と、耳元で囁いた。
その妙なくすぐったさに鳥肌を立たせながらも、リタの配慮に安堵する。
まぁリタ自身がこのことについてはあまり詳しく言わない方がいいと言っていたからな。
そうこうしている内に、あっという間に肉に火が通る。
ザ血液って感じの見た目をしていた肉はすっかり焼き肉の色になり、こうなってしまえば完全に食べ物だ。
めちゃくちゃ美味そう。
ただの肉と言えばそうなのだが、まるで腹にたまらないお菓子しか食していない俺からすればこの上ないご馳走。
既に受け入れ態勢が整って、口の中に唾液が溢れていた。
「さて・・・・・・」
焼けたぞ、とリサが自分の分を手に取る。
俺たちもそれを見て自分の前にあるものを手に取った。
二人にとっては馴染みのある食べ物なわけで、だから勿体つけずにすぐかぶりついてしまう。
俺はというと躊躇というわけではないが・・・・・・この食べる直前の高揚感を味わうためにしばらく立ち上る湯気を眺めた。
それではいざ・・・・・・!
いよいよをもってビカクの肉に噛み付く。
肉の繊維の隙間に歯が潜り込み、その圧を受けて熱い肉汁が口内に溢れ出る。
味付けも臭み消しもないが、ストレートに味蕾に突き刺さる“肉!”感は美味に他ならなかった。
だが・・・・・・。
「あら・・・・・・?」
肉が、噛みきれない。
幼子じゃあるまいしそんなことないだろうと再び力を入れるが、くにくにと圧倒的な弾力を感じるだけで断ち切ることは叶わなかった。
言っちゃあれだが、まるでゴムみたいに硬い。
苦戦する俺の様子を見てリタが笑う。
「ふふ、ビカクはとても肉が硬いので本来あまり食用に適さないと言われているんですよ。それこそ安価な干し肉の材料になるくらいで、こうして焼いて食べるっていうものじゃないんですよ」
「え、そうなの・・・・・・? じゃあなんでこの食べ方を・・・・・・」
「そりゃあ、新鮮なうちしかこの食い方が出来ないからよ。贅沢な食い方が一番美味い食い方ってわけじゃないのさ!」
リサが「これは最適の食い方じゃない」という旨を何故か嬉々として語る。
文句の一つでも言ってやりたかったが、食感はともかく味はいいので何も言えなかった。
「まぁ、そういうことなので食べ方にちょっとコツがあるんですよ。見ててください」
リタが肉を咥えてこちらに向く。
言われた通りに眺めていると、食べ方のレクチャーが始まった。
「ほおやって・・・・・・」
リタは歯を肉の繊維に沿わせる。
そのまま串を引っ張り・・・・・・そうすると繊維の通りに肉が裂けた。
それを口の中に詰め込んで咀嚼する。
もごもご動くほっぺたから、結局咀嚼の回数にものを言わせているのは明らかだった。
飲み込み終わると唇を一舐めして得意げな表情を見せる。
とりあえず軽く拍手をしておいた。
「ではどうぞ」
すっかり師匠気分で俺に肉を食べるよう促す。
俺は従順な弟子なので、言われた通りにした。
肉を噛み、そして裂く。
あとはそのゴムの如き食感も個性として楽しみ、飲み込んだ。
「どうですか?」
「美味い」
が、食用に向かないというのも大いに納得だ。
だがしかし、こんだけ噛むことを要求されるなら実際以上に腹に溜まりそうだし・・・・・・総合的には可!!
「因みに俺は全然普通に食える」
歯の形状も顎の力も俺たちとは違うリサは、苦戦する俺を揶揄うように笑った。
続きます。