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目を開くと、様々な色彩が飛び込んでくる。
あの神様の空間が白一色だったのもあって、あまりのカラフルさに目が眩むようだ。
だがその色彩に見惚れている暇はない。
「お・・・・・・落ち、いや、落ちて!」
風を切る音が耳を塞ぐ。
何度か雲を突き抜ける。
てっきり召喚者の前で魔法陣か何かから現れるものと思ってたが、俺が現れたのは空だった。
特別な力は授かったが、あいにく空を飛べる類いの能力じゃない。
今までのやつらも実はこれで死んでたとかあるんじゃないか?
広がる大地はまだ遠い。
だが下方に広がる緑色が海にドボンパターンの可能性が無いことを表している。
四肢を広げるが、その程度の抵抗じゃ加速度に勝てない。
「う、ぐ・・・・・・ぉぉぉお・・・・・・」
上空だと体に力が入らなくて、まともに声を出すことも出来ない。
一か八か力を行使することも考えるが、それでもこの高さで助かるか分からない。
自分に大ダメージは確定で、死ぬこたなくても周辺都市が滅ぶくらいの余波は確実だ。
そうなれば俺が魔王扱いで、隠居生活だ。
それは俺の望む生き方じゃない。
しかしではどうする?
既に絶望的な高さは、絶望的な速度で縮まっている。
見下ろしていたはずの緑は、今はどこかの都市の建造物の色に染まっている。
質の低い金属の、くすんだ鈍色。
その色の割合がどんどん増えていく。
落下地点が都市となれば、ますます都合が悪い。
だが・・・・・・。
「い・・・・・・にはか・・・・・・」
風のせいでちゃんと喋れなかったが、命には変えられない、と言った。
一つの都市を跡形もなく吹き飛ばすことを申し訳なく思いつつも、自らの胸の前に右手を持ってくる。
力を、武器を、喚び出す。
「・・・・・・ばっ、ぬぇ・・・・・・!?」
その瞬間、腹部に強烈な衝撃がやって来た。
言いかけていた言葉も、苦悶の声で意味を失う。
何があった?
ぶつかった・・・・・・?
何に?
何、が・・・・・・?
「あ・・・・・・え・・・・・・?」
気がつけば、俺は小柄な少女に抱き抱えられていた。
俺の腹部に食い込むのは、彼女の腕。
一体この少女のどこにそんな腕力があるというのか・・・・・・。
いや、それ以前に・・・・・・。
「浮い、てる・・・・・・?」
「気にしないでください。初歩的な魔法です」
口調はやや硬いが、それに反して柔らかい声。
というよりも幼い声が俺に応える。
いや、それよか・・・・・・魔法?
今、魔法って・・・・・・。
さっきまで俺を苦しめていた驚異的なスピードは失われ、今ではゆっくりと降下していた。
俺を抱える少女の脚は、まるで階段でも下るように空気を踏みしめている。
そして・・・・・・。
「た、助かっ・・・・・・た?」
陸地にたどり着いた。
ほんの数秒前は見下ろしていた灰色の都市。
トタン板みたいないかにも安価そうな建物が立ち並び、積み重なっている。
周りを観察している間に、少女は俺をゆっくり降ろす。
「立てる?」
「あ、ああ・・・・・・大丈夫」
少女に支えられて、ついに自らの足で異界の地を踏みしめた。
のだが・・・・・・。
「なんだここは・・・・・・?」
閉塞感。
この街を一言で表すならば、この言葉が最も適切だろう。
いくつもの建物が密集し、伸びる通路も狭く不規則。
それがそのままの構造で積み重なっているものだから、見上げる空が遠く狭かった。
「ここはセカンドホームタウン。故郷を追われた者たちの街ですよ」
「え・・・・・・」
俺を助けた少女が、こちらを向いて告げる。
背が俺より低いせいで、見上げる形になっていた。
それにしても、どうやら普通の街ではないらしい。
まぁ、それは・・・・・・そうか。
「君・・・・・・は?」
彼女が俺を召喚したのかもしれない。
そう思い、尋ねる。
すると彼女は意外そうな顔をした。
「わたしを知らないの・・・・・・?」
「いや、え・・・・・・」
「・・・・・・ああ、まぁそれもそうか」
何か得心がいったのか、少女は一人頷く。
そして、ニッと笑みを浮かべて誇らしそうに話した。
「わたしはリタ・ナンバーナイン。先生の最後の生徒です!」
「せん、せい・・・・・・?」
「ふ、そうですよね。分からなくて当然です! この街の人じゃないんですもんね」
「は、はぁ・・・・・・」
「いえ気にしないでください」
彼女の何かに火をつけてしまったのか、やけに楽しそうである。
まるで数年ぶりの友人と再会したとか、そのくらいだろうか。
「え、それで・・・・・・俺を召喚した、のは、えっと・・・・・・リタ、さん?なのか?」
「へ・・・・・・召喚・・・・・・? 召喚というのは・・・・・・?」
「だから、その・・・・・・別の世界、から? みたいな?」
また意外そうな表情。
意表を突かれた、というような、全く心当たりのなさそうな表情。
「・・・・・・召喚、なんて・・・・・・。いや、でも空から落ちて来たし・・・・・・。いやだってそんな・・・・・・」
先程までの様子から一転、今度は考え込むようにして一人でぶつぶつ言い始めてしまう。
断片的な内容しか聞こえないが、どうやら彼女が召喚者ではないらしいことは確かだ。
「あーっと・・・・・・リタさん?」
「・・・・・・あ、いえ・・・・・・すみません。ところで今更なんですけど・・・・・・あなたは?」
ひとまず思考に整理がついたようで、適切な順序で俺を探ろうとする。
一瞬どう名乗るべきかと悩むが、特に捻らず元の名前を名乗ることに決めた。
「俺はマナト。誰かに召喚されてここに来た・・・・・・らしいんだけど・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
せっかく自己紹介したのに、向けられるのは疑いの眼差し。
召喚云々は、向こうから確認されるまで黙っておいた方が良かったかもしれない。
既に手遅れだが。
「・・・・・・まぁ、とりあえずはいいです。ただ・・・・・・ちょっと、お話させてください」
「あ・・・・・・は、はい・・・・・・」
自由に生きると決めたのに、早速面倒の予感。
彼女はゆっくり歩き出す。
どこに連れて行かれるのやら、しかし右も左も分からぬ故逃げ出すわけにもいかなかった。