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続きです。
頬を撫でる風を感じる。
様々な感覚が希薄で、まるで魂だけで漂っているかのようだ。
草が揺れる。
瞼の上を雲の影がゆったり流れる。
降り注ぐ陽光の穏やかな熱を認識してから・・・・・・。
俺の意識は浮上した。
「っは・・・・・・!」
瞬間、一瞬で現実に引き戻される。
急いで上体を起こし、周囲を見回す。
だが、そこにはもう注意するべき危険は既に無かった。
太陽の傾きから、自分が思っていたよりずっと長い時間が流れていたことが分かる。
俺が体を起こしたのに気づいて、リタの足音がやって来た。
「体はもう大丈夫ですか? 今日二度目ですけど・・・・・・」
「あ、すまない・・・・・・」
またリタに魔法を使わせてしまった。
リサに言われたこと、もしかして大体破ってるんじゃないか?
「あ、そっか・・・・・・」
気になるのはリサだ。
明らかに俺よりダメージを負っていたように思うし、あの巨鳥との決着時点で既に意識がなかったのだ。
もしかしたら、間に合わなかったかもしれない。
俺の表情が曇るのを見て、リタはすぐに察する。
「大丈夫ですよ。リサさんならマナトより先に目覚めて、ビカクの処理をしてます。まぁでも・・・・・・」
「でも・・・・・・?」
「それはリサさんから直接確認してください」
体に一切痛みが残っていないのを確認しつつ、立ち上がる。
肉体的な疲労か、あるいは精神的なものかは分からないが多少ふらつく。
リタが慌てて俺の肩を支え、俺もその厚意に甘えた。
立ち上がって視点が高くなると、すぐにリサの居場所が分かる。
その側の台車には、解体されて死体から一歩食肉に近づいたビカクが乗せられていた。
「大丈夫ですか?」
「ああ。ありがとう」
リタの確認を受け、その支えから離れる。
一度立って仕舞えばなんてことはなかった。
ある種の立ちくらみ程度のものだったらしい。
リサを救えたのが嬉しくて、黙々と作業をするその背中に駆け寄る。
「よかった・・・・・・無事で!」
「はは、まさかお前さんに助けられるとはね。こればっかりは本気で説教してやるつもりだったが・・・・・・」
「う・・・・・・」
「・・・・・・けど俺が言えたことじゃないな。ありがとう、改めて・・・・・・助かったぜ」
リサが振り向いて親指を立てる。
その元気そうな姿を見て、初めて深く安堵できた。
「だがなぁ・・・・・・」
しかしリサは難しそうにして顔をしかめる。
指先で顎を撫でて、少し考え込むようにしていた。
「なにか・・・・・・問題が・・・・・・?」
「いや、な・・・・・・? 魔法とて万能じゃない、少し治せない傷を負ってしまって・・・・・・。それが結構狩人としては致命的なんだわ」
「え・・・・・・? それは・・・・・・?」
「右目を失明した。正直どれくらい狩りに影響が出るか分からない」
リザードマンの顔は、瞳の締める割合が人の顔より少ないので一目でそれに気づけない。
しかし、言われて注視すれば、濁り光を失っているのは明らかだった。
「そ、それさ・・・・・・すみません」
「いやいや! お前が責任を感じるこたないよ! 今だから言えるが、お前が居なかったら確実に助からなかった命だ。それに・・・・・・狩りなら、もうリタに任せられそうだったしな」
リサの表情が過去を懐かしむように変わる。
リサは、ずっとこうしてセカンドを支え続けて来たのだ。
「ヒトにゃ分かりづらいかもしれないけどな、俺も若くはない。まぁもう潮時ってことだ」
「・・・・・・」
そのどこか寂しそうな表情に、俺は何も言えなくなる。
もしも・・・・・・と、そんな無意味な思考が渦巻くばかりだ。
リサはそんな俺を元気付けるように笑う。
「まぁまぁ、もういいんだ。それよかもう昼もとっくに回っちまった。疲れただろ? ちっとばかし肉をここで食っちまおう! な? 持ち帰ったのは大体干しちまうから、贅沢な食い方出来るのは今日の内だけだ」
ああ、もう・・・・・・なんで俺が慰められてんだか・・・・・・。
そんなふうにされたら余計に悔しくなって・・・・・・。
リサの優しさに涙すら流しそうになる。
しかし流石に俺がここで泣き出しちゃダサいので、鼻を啜って押しとどめた。
「はい、食いましょう・・・・・・是非!」
リサの言葉に笑って答える。
丁度、退屈になったリタもこちらに向かって来ていたときだった。
続きます。