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続きです。
まだ止まない風のなかに、危険を承知で飛び込んでいく。
これは根拠の乏しい蛮勇や、くだらない見栄じゃない。
だってリサが・・・・・・!
リタは一度ポイントを変更する前の狩場での回収をしていたので、すぐにこちらに駆けつけることは出来ない。
ならば抵抗する力が振るえるのは俺だけだ。
砂塵が視界を不明瞭にする。
細かな粒子が皮膚を打ち付け、衣服に潜り込む。
けれども俺はすべきことをしなければならない。
次第に晴れてきた景色に巨大なシルエットがくっきり浮かび上がる。
まるで樹木のように逞しい脚に、大木が広げる枝葉のような大きな翼。
いや、これは比喩でなく実際に樹木かもしれない。
何故なら羽毛の代わりに生え揃うそれは明らかに青々と輝く木の葉。
その中には赤い木の実のようなものがまばらになっている。
鉤鼻の如く湾曲したクチバシも、その質感は筋張った樹皮に相違なかった。
巨鳥は翼を乱暴にばたつかせながらビカクの皮膚を爪で引き裂き、そのクチバシで啄もうとしている。
この様子ならリサを助け出すのは案外容易かもしれない。
だがその楽観的な見立ては容易く覆された。
そのリサ自身によって・・・・・・。
「馬鹿! せっかく離したのに飛び込んでくるやつがあるか! ここは危険だ! はやく離れろ!」
緊急事態につき語気も強い。
だが・・・・・・生きていた。
ならばなおさら退くわけにはいかない。
リサは即死ではなかったとはいえ、身動きがとれる状況ではない様子だ。
その証拠に何かの下敷きになっているわけでもないのに関わらず、その場から動こうとしない。
「おい、バカ! なんで近づいてくる! 無茶はするなと言っただろ! 俺は・・・・・・俺は、いいんだ・・・・・・。だからはやくっ!」
リサは決して「俺は大丈夫だ」とは言わない。
微妙な表現の差にすぎないが、しかしその小さなニュアンスの差が大きな違いを孕んでいるのは明らかだ。
そして、とうとうリサの危惧していた脅威が到来する。
「なっ・・・・・・!?」
乱雑に振り回される翼から、“実”が落下する。
複数個の決して大きくない果実が飛び散る。
そしてそれは、地面に衝突するのと同時に・・・・・・。
「ぐあっ・・・・・・!!」
乾いた破裂音を伴って炸裂した。
果実の殻が砕け散り、皮膚を切り付ける。
それはリサの頑丈な表皮も容易く傷つけた。
俺の柔な表皮はより大きな裂傷を刻まれる。
だが・・・・・・。
本当の脅威はそれではない。
殻の内側、狭い空間に押し込められていた無数の種子が解き放たれる。
飛散するそれをこの目で捉えながらも、一つの果実につき数百個ほどのそれを回避することなど叶わない。
弾けた種子は弾丸のように体を貫く。
「うっ・・・・・・」
今まで感じたことのない種類の鮮烈な痛み。
それでもリサを助け出さねばと踏み込むが、体内の深くに潜り込んだ種子がそれを許さない。
口の端から血液が伝うのを感じる。
ああ、本当に人間って吐血するのか・・・・・・漫画でよく見た表現を実体験として味わう。
最悪の気分だ。
果実の飛散は、この巨鳥にとっての渾身の必殺技というわけではない。
こうしている間にも断続的に果実は炸裂し続ける。
弾丸の雨にさらされ、そう長く生きられるように人間は出来ていない。
死の感触が体内を這う。
秒針を刻むごとにどんどん不自由になっていく。
けれど、それでも今の俺は立つことが出来ていた。
死んでたまるか。
リサを死なせてたまるか。
既に意識の無いリサに視線をやり、歯を食い縛る。
まともに機能するはずのない体を、俺の意志は無理矢理突き動かした。
胸から剣を抜き放ち、その炎の煌めきを携えて巨鳥の影に潜り込む。
巨大な怪物はその温度と敵意を見逃さない。
ビカクから注意を俺に移し、その瞳で睨みつける。
きっと、俺のことを小さな弱く脆い生物だと見下しているのだろう。
その瞳に恐怖や怯えの色は無い。
だが樹木の体、炎は確実に致命的な被害をもたらす。
自らが強者故に、その身に脅威となりうるものの恐ろしさも忘れてしまったのだろう。
「がぁぁぁっ・・・・・・!!」
痛みや、それに由来する躊躇を叫んでかき消す。
真紅の刃は、今度は到達した。
果実の弾丸を一身に食いながら、緑の葉を繁らせた胴体を切り付ける。
理屈を超えて発現する炎は一瞬で葉の水分を蒸発させ、瞬く間に燃え広がった。
たちまちその巨躯を飲み込んでいく炎に驚き、巨鳥は忙しなくその身をよじる。
翼をばたつかせる。
だがその反射的とも言える動作は果実を飛ばすのに適していないようで、弾丸の嵐は止む。
やがて巨鳥の混乱や焦りは怒りに塗り代わり、炎に焼かれながらその鋭利な爪を蹴り下ろす。
喰らえば即死は明らかなその一撃を、俺は刀身で受け止めた。
衝撃が全身に走り、そのまま潰れてしまいそうだ。
体内の種子同士が筋繊維を痛めつけ、破壊する。
体は壊れそうだ。
だが、刀身は壊れない。
権能の具現化でしか無い剣は、そもそも壊れることを知らないからだ。
ならばこの一撃を受け止めたまま、その身を焼き尽くしてくれよう。
俺が終わる前に!
共倒れを覚悟する。
俺のスローライフはどこへ行った。
だが構わない。
少なくとも、今はリサの生還しか頭になかった。
と、意識も尽きかけたその時、またあの声がやってくる。
「マナト! もう大丈夫です! どいてください!!」
リタだ。
結局また助けられてしまうのか。
だが・・・・・・。
今の俺は惨めなんかじゃないだろう?
「おあぁッ・・・・・・!!」
渾身の力で蹴爪を押し返す。
と同時にその反発力で飛び退く。
視界の端に捉えたリタは、その手のひらの上に旋風を渦巻かせていた。
間違いない、魔法だ。
圧縮されたその旋風を、俺の離脱と同時に解き放つ。
それは何よりも鋭利な刃となり、俺が纏わせた炎すら断ち切って巨鳥を襲った。
俺の体が落下を終え、地面にぐちゃりと叩きつけられる。
それと一緒に、体から切り離された巨鳥の頭部がずしりと落下し地を揺るがした。
続きます。