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続きです。
「それじゃ・・・・・・頭側は俺が持つから、後脚は頼んだ」
「あ、はい。わっかりました」
リサに言われるままに、ビカクの逞しい後脚をしゃがんで掴む。
体毛は硬く、刃を容易く通さないというのも頷ける。
掴まえた足首にはまだ体温が残っており、今まで感じたことの無かった生々しさを手のひらに残した。
「よし、じゃあせーの、で行くぞ?」
「あ、はい・・・・・・」
二人でタイミングを合わせて、そしてビカクの体を持ち上げる。
と言っても俺は非力なので、ほとんど引きずるような形だ。
「はは、重いだろ? それだけ食い出があるってことだ」
「はいっ・・・・・・」
力を込めている都合上、返事をする声が跳ねる。
リサもリサで、運ぶのはわりとしんどそうだった。
一メートルに満たない短い距離。
それを二人でひーこら言いながら埋めていく。
そうして、あらかじめ傾けておいた台車に何とか積み込むことが出来た。
「ふぅ・・・・・・」
まだ一頭運び入れただけなのに既に一仕事終えたような気分になる。
リサは腰を捻りながら俺が整うのを待っているようだった。
「すいません・・・・・・。次行きましょう」
顎を伝って来た汗を拭って、リサに告げる。
人に汗っかきだなんだと言っておきながら、俺も似たような有り様だ。
先程と同じように、手近なビカクに歩み寄る。
完全に持ち上がりこそしないが、要領は掴めて来たみたいでさっきよりスムーズだった。
「なぁ、お前さん?」
「・・・・・・どうしました?」
先程より少し長い距離、引きずりながらリサが俺に声をかける。
リサは少し言葉を探して・・・・・・そして言った。
「あんまり無茶するもんじゃないぞ。出来ないなら出来ないでいいんだ。誰にでも得手不得手はあって当たり前だからな」
「す、すみません・・・・・・」
大見得を切っていた自分が恥ずかしくなる。
借り物の権能も結局まともに扱えず、結果は足を引っ張っただけだ。
リサは頭を横に振る。
「いや、違う・・・・・・違うな。その説教くさいことを言うつもりだったわけじゃないんだ。なんだ・・・・・・その、あんまりリタに心配かけてやるな。少なくともお前のこと気に入っているみたいだからな」
「俺を・・・・・・ですか?」
「ああ、そうだとも。だからな、お前もあいつのこと大事にしたいと思うなら、あいつが魔法を使わなきゃならないような状況は避けてほしい。まぁ・・・・・・ケガすんなってことだ。命を落としてまで通す見栄なんかないよ」
「す、すいません・・・・・・」
「あー、くそ。また説教臭くなってしまった・・・・・・」
リサはその説教っぽさというのを気にしているようだが、彼の言うことはもっともなことだった。
いちいち言葉を選んで、ああでもない、こうでもないと本気で頭を悩ませるリサを見てると、本当にいい人なんだなというのが自然と伝わってくる。
それに加え、なんだか愛嬌のある人だ。
二頭目のビカクを積み終える。
リタはというとまだ一度も台車に戻っていない。
流石に一人だと無理があるのだろうとか思っていたら、少し遠くに自分の体の何倍以上にもなる山積みのビカクを背負ったギャグ漫画のワンシーンみたいになっているリタのシルエットが見えた。
どうなっているんだよ、あれは。
やはり、あの右腕に秘密があるのだろうか?
「あ、そっか・・・・・・」
本人に尋ねるのが難しくても、リサなら何か知っているだろう。
少なくともリタの狩猟法や運搬法に対してまるで違和感を抱いていない様子だし。
既に三頭目の方へ向かおうとしていたリサの背中を言葉で引き留める。
「あの・・・・・・ここだけの話、リタの右腕って・・・・・・?」
その言葉を聞いた瞬間、予想していたよりずっと素早くリサがこちらに振り返る。
その表情は硬く、時間の経過に伴ってゆっくりと視線を伏せていくのが分かった。
「お前はリタからは何も聞いてないのか?」
「今のところは・・・・・・」
「そうか・・・・・・じゃあ、すまないがそれは俺の口からは言えない。まぁリタのことだ・・・・・・いずれ話すと思うよ。リタは正直であることが敬意を払う最も簡単な手段だと考えているからね。ただまぁ・・・・・・彼女も人間、か・・・・・・」
「え、何? どういう・・・・・・?」
「とにかく、まぁ待ちな・・・・・・」
なんとも分からないが、やはりリタ本人にも、事実を知る他人にも、言いづらい何かがあるようだ。
ならば俺も余計な詮索はしないのだが・・・・・・。
俺はいつか、それを知るときが来るのだろうか?
「さ、今は仕事だ。まぁもう料金分は働いたかもしらんがな」
リサが俺の背を叩き笑う。
そう、今大切なのは自分の言ったことに対して責任を果たすことだ。
失敗はあったが、だからと言って放棄するようじゃいけない。
思考を切り替えて、仕事に戻る。
やれることをやる。
良くしてくれた二人だ、ならばそれに俺も応えよう。
一足先に歩き出したリサの背を追う。
その踏み出した一歩は、俺にとって最高に生を実感させるものだった。
やっぱり、なんだかんだでセカンドは良いところだ。
住む人がいい。
居心地がいいのだ、前の世界と違って。
だから俺も彼らのために、そしてこのボロボロの暖かい街の一部に・・・・・・。
自らの前途に希望を感じ、意気揚々と地面を蹴った瞬間。
地表を巨大な影が横切る。
俺たちはもちろん、ビカクとも比べ物にならない程の巨大な影。
その姿は・・・・・・その大きな翼を広げた姿は、まるで・・・・・・。
「ドラゴン・・・・・・?」
空を見上げれば、そこに居たのは巨大な鳥。
その翼は深い緑色をしている。
恐竜・・・・・・?
いや、なわけない。
これは俺の全く知らない生物。
そしてその凶悪に湾曲した蹴爪は俺たちに、正確に言えば俺たちが運ぼうとしていたビカクに向けていられる。
狙いは俺たちではない。
だがその巨体故、巻き込まれるのは明らか・・・・・・。
咄嗟に権能を発現させようとする俺を、手のひらが力強く突き飛ばす。
鱗が綺麗に生え揃ったリサの手が。
「ちょ、リサ・・・・・・!?」
その意図は明らかで、俺の離脱だ。
実際に人を大きく上回る力で突き飛ばされた俺は一瞬で巨鳥の影から大きく遠ざかっている。
そして、リサは・・・・・・。
巨鳥がビカクに飛びかかり、砂塵が舞い上がる。
その強風はある程度離れているはずの俺の元にも届き、まるで爆発に巻き込まれたかのような衝撃をもたらした。
「ぐはっ・・・・・・!」
地面に強く叩きつけられ、衝撃が肺の空気を押し出す。
しかし、そんなことより・・・・・・。
「リサ・・・・・・!!」
もう一度、その名を叫ぶ。
その安否の真相は、砂埃が隠したままだった。
続きます。