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続きです。
非常に惨めな思いをしながらも、狩りを続ける二人を眺める。
リサは一定の距離を保ちながら適切なタイミングで矢を射り、一頭一頭確実に仕留めている。
その様はさながら簡単な的当てをしているようで、生きた動物を相手にしているようにはとても見えなかった。
そしてリタはというと・・・・・・。
目で追うのがやっとの速度で草原を駆け回り、包帯に巻かれた右腕をビカクの首に突き刺して周っていた。
リタのパンチ(?)を食らったビカクは一瞬で絶命。
首にぽっかり開いた穴から血を噴き出させていた。
リサが狩人なら、リタは獣。
リタの狩りは、人が行うものとしては異様という他なかった。
リタには魔法がある。
しかしそれを使わずして、この身体能力。
普通の人間なはずなのに、リサより圧倒的に機敏で、力強く、圧倒的だ。
リタが最後の一頭を仕留めて、空中で身を翻す。
着地時に右手を地につけば、べったりと血の跡が残った。
「ひとまずこんなもんだな・・・・・・」
「そうですね」
狩りを終えた二人が、草原の上に座る俺の方にやってくる。
ある程度距離が縮まると、リタは汗だくになっているのが見えた。
あれだけ暴れたのだから無理もない。
こちらに歩み寄ったリタが真っ赤に染まった包帯から血液を滴らせながら言う。
「さて・・・・・・ここからはマナトにも手伝ってもらいますよ。リサさんと二人で獲物を台車に運んでください。出来そうですか・・・・・・?」
「ああ、いや・・・・・・それはいいんだが・・・・・・」
座っている俺を起こそうと差し伸べられたリタの手。
それが右手だったもので、思わず見つめてしまう。
近くに来れば鼻先にまとわりつくような血の匂い。
「これ・・・・・・リタの血じゃないよな?」
まぁ獣の血だとは思うが、一応尋ねる。
「え・・・・・・? ああ・・・・・・別にわたしはケガしてないですよ。すみません・・・・・・」
慌ててリタは右手を引っ込め、差し出す手を左手に変える。
「あ、いや・・・・・・こっちこそすまん・・・・・・」
気を遣わせてしまったようで申し訳なく思いつつも、その手を取って立ち上がった。
握った少女の左手は、年相応の少女らしい柔らかな手のひらだった。
「なぁ、リタって・・・・・・」
一体何者なんだ?
そう言おうとして、その言葉を飲み込む。
リタが聞かれたくないという表情を一瞬見せたからだ。
基本的に察しがいいみたいだし、俺がどんなことを尋ねようとしたか、大体分かったのだと思う。
すぐに取り繕ったが、一瞬現れた不安そうな表情を俺は見逃さなかった。
「・・・・・・?」
リタは俺の言葉が途切れたのを見て、不思議そうな表情で続きを待っている。
ここで「やっぱりなんでもない」なんて言おうものなら、やはりリタは俺が意図して言葉を飲み込んだことに気づいてしまうのだろう。
だから・・・・・・。
「その・・・・・・リタって汗っかきなのか?」
「・・・・・・な、は?」
流石にこの質問は予想外だったらしく間抜けな表情を見せる。
俺自身咄嗟に捻り出した質問がこれかよ、と自分に呆れるしかなかった。
「いや、その・・・・・・そんなことはない、と・・・・・・思いますケド・・・・・・」
「あ、あぁ・・・・・・そうか、あんな動いたらまぁ汗かくよな」
「そ、そう・・・・・・ですよ」
この質問はこの質問でデリカシーを欠いていたようで、リタはそこそこ気にしている様子だ。
手の甲で額を拭ってみたり、それの匂いを嗅いでみたりしている。
「・・・・・・そう、普通・・・・・・。普通、ですよね・・・・・・きっと・・・・・・」
羽織っているローブの首元を人差し指で広げ、その中を覗く。
その下の衣服がどうなっていたのか、それは定かじゃないが、覗いたリタの表情は複雑そうな表情をしていた。
「いや、悪い・・・・・・気にしないでくれ! ほんと何でもないから!」
強引にこの話を終わりにして「あれ運べばいいんだよな」と転がる死体を指差す。
リタは「え、えぇ」とまだ前の話題を気にしつつもそれに頷いた。
「それじゃあわたしは奥の方から片付けていくので、手前の方は二人でお願いします」
そう言ってリタは右手の血以上に汗を気にしながら一人獣の方へ向かって行った。
「は、はは・・・・・・」
失敗したな、完全に。
まさかリタがこういうポイントを気にするタイプとは思わなかった。
出会ってまだ日も浅いのだからもう少し慎重になるべきだった。
前の世界での事を少し思い出す。
俺のことを気にかける変わり者の女子が一人居て、そいつと話すときもこんな感じの失敗を繰り返しては一人反省会をしていたものだ。
「ほれ、お前さん。ぼっとしてないで仕事するぞ」
「あ、すいません」
リサに肩を叩かれて我に帰る。
そうして、二人で最も手近なビカクの亡骸へと台車を引いて向かった。
生きていたときは迫力満点だったビカクも、こうして横たわっていれば大きな肉の塊でしかない。
食肉というより死体としての印象の方が強いが。
光を失った真っ黒な瞳を覗き込むと、肉を食うっていうのはこういうことだよな、とそれが初めて真の意味で理解された気がした。
続きます。