貴女に捧ぐ夜恋歌(セレナーデ)
「恋を知らない女子高生は女教師に恋をした」のif……のような一編です。
「恋を知らない女子高生は女教師に恋をした」とは、直接は無関係ですが元になっているものは同じ、というようなお話です。
また私のペンネーム、「星月小夜歌」はセレナーデ(小夜曲)がモチーフです。セレナーデとは、中世やルネサンス時代頃に、夜に恋人へ向けて窓の下から歌われていた歌の事を指します。
一般的にセレナーデは「小夜曲」と書きますが、上記の意味であれば「小夜歌」「夜恋歌」と書いてもいいよねと思い、ペンネームにちなんだ作品をしたためてみました。
最近、カフェインの取り過ぎなのか、慣れない仕事からのストレスなのか、眠れない。
眠れないなら眠れないで開き直った私はバイオリンに金属ミュートを装着して練習することにした。ネットで調べたところによると、金属ミュートをつけたときのdbは人の話し声より1db大きい程度らしい。よし! アパートだけどこれなら大丈夫! テレビの音量と変わらないらしいし!
早速バイオリンをケースから取り出してミュートを装着する。うん、重たい。金属だから仕方ないけれど。
弓に松脂を塗り、ミュートを装着したバイオリンに弓を走らせる。本来の高らかに鳴り響くバイオリンとはまるで異なる、響きのない掠れた音色が鳴る。
ミュートで練習するのは初めてではないので、そもそもこのような音が鳴ることは当たり前だと知っている。
しかし、抑圧され広がりを奪われたバイオリンの音色は、私にはもの哀しく聞こえてくる。
ふと、中学時代のある恩師を思い出す。国語の教師だった彼女は、たった1年しか私の学校にいてくれなかったけれど、15年近くも経って一番鮮明に思い出せるのは彼女のことである。他の先生や友人のことを思い出せず彼らに申し訳ないくらいである。指先から紡がれる文字は紙の上でも黒板の上でも美しかった。また彼女自身の声は軽やかでずっと聞いていたく、すらりとした身体は綺麗でずっと見ていたかった(これについては授業を受ける側としてありがたいことこの上なかった)。
一度、あるクラスメイトの授業態度が悪過ぎて先生が激怒したことがある。その時の彼女はあくまで冷静に、しかし冷たく怒りを示しながらその日の授業は進行した。(問題のクラスメイトが反省し謝ったことで先生は次の授業では特に何もなかったかのように授業を始めた。)
この事件以降、私には彼女がさらに彩りを増して見えるようになった。それまでは単に、美人で可愛い先生とだけ思っていたが、冷静で強かな面を見せられて、私はどきんとした。気がつけば、授業前後の休み時間には彼女と話しに行くようになり、委員会は彼女が担当する図書委員会を選んでいた。
その頃の私は、ただただ彼女と一緒にいられれば、彼女と話が出来れば、それで幸せだった。
かなり後になって知ったことだが、彼女もまた趣味でバイオリンを弾いていたらしい。もしも、あの頃に知っていたならば、私は喜んでバイオリンの話をしに行っただろう。
彼女は今、どうしているのかしら。年賀状は中学校を卒業してからしばらくはやり取りしていたが、大学に進学した際に、あまり続けすぎるのも迷惑だと思いやめてしまった。今となっては後悔している。
ああ、貴女に会いたい。貴女と話がしたい。あの頃は一緒に過ごせるのが当たり前過ぎてわからなかった。私は……貴女が好きだったのだ。
もし貴女に会えたとしても、好きだとは言わない。大好きだから、だからこそ。貴女との関係が変わってしまうのが怖いから。だから私はこの想いを隠し通す。ずっと、先生を慕う中学生であり続けるために。だけれども、ああ、私の想いは拡がっていく。今すぐ貴女に好きだと言いたいくらいに。そうだ。ここで言っても本人には聞こえないんだ。だったら、言ってしまえば良いじゃないか。私は一人囁く。「先生、いつまでもお慕いしております。」と。
叶うならば、貴女のバイオリンを聞いてみたかった。
ミュートを被ったバイオリンは弓に撫でられ、一人静かに歌う。
私以外の誰にも聞こえない恋歌は、深夜の静寂に吸い寄せられていった。
『貴女に捧ぐ夜恋歌』は、私自身が持ってしまった、今となってはどこにも行き場のない感情を書き出したところから始まりました。
また、私自身がバイオリンを弾いており、自宅・夜間練習用の金属ミュートをつけたバイオリンの音色が物悲しく聞こえました。
抑えつけられたバイオリンの音色と、行き場のない抑えつけられた感情が重なるような気がして、記憶に縋ることしか出来ない切ない思い出を呼び起こすような気がしました。
この感情と心象は小説になるのでは、と夜の1時ごろから執筆をはじめ、朝の5時ごろには概ね書きあがっていました。
自分自身の感情と経験を元に、かつての自分の想い出と今の自分の感情を小説へと変えました。
一年という短い時間の中で起きた何気ない日常、それがなければ『貴女に捧ぐ夜恋歌』『恋を知らない女子高生は女教師に恋をした』の2作が書かれることは無かったでしょう。
過ごした時と経験、その価値は、時を経てからしかわからなかったり、時を経ることでより高くなったりするのかもしれません。
『貴女に捧ぐ夜恋歌』は、あの中学生だった自分への時を超えた回答であり、記憶の果ての想い出を蘇らせるタイムマシンであるのかもしれません。





