間違いだらけで人助け
初夏、朝の電車内は人で溢れかえっていた。
見渡す限り人、人、人。
この地獄のような空間が大嫌いで、わざと学校を遅刻することがあるくらいだ。
それくらい大嫌いだ。
近くにいるおっさんの汗の匂いが僕の不快指数を高める。
とはいえ、今日は運良く窓際の位置を確保できた。
車窓からみた景色はコンクリートジャングルが広がっている。
移動中スマホを触ると何故か、誰かに覗かれてると言う被害妄想に襲われるので、僕はいつも人間観察をして時間を潰す。
この不審者同然の癖は、どうにもこうにもやめられない。
最小限の動きで車内の人を見渡していると、1人の女学生に目が止まった。
細身の体に大きな瞳、黒髪ボブカットの純朴そうな女の子。
同じ制服だが見覚えはない。 見た感じ後輩だろうか。
彼女の顔は強張っている。
(どうしたんだろう...)
ふと彼女の後ろを見ると、如何にも変態ですと言ったような中年おやじが立っていた。
(おい、まさか)
そのまさかだ。今彼女はあの中年オヤジに痴漢をされている。
まだ幼い純粋無垢な彼女の瞳はうるうると涙を浮かべていた。
(あの腐れ外道め...なんてことしやがる...)
この痴漢に気づいてるのは僕だけのようだ。令和コンクリートジャングルのみんなはスマホに夢中。
これはフラグ。恋愛フラグか?この冴えない高校生活2年目にしてやっとチャンスが回ってきたというのか?
この気持ち悪い自意識過剰も、不審者同然の人間観察という癖も、この時この瞬間のためにロマンスの神様が与えてくれたギフト。
(「やめろぉぉぉぉ!彼女嫌がってるじゃないか!その汚らわしい手を離せ!」と今すぐ叫びなさい!人生を変えなさい!)とロマンスの神様が耳元で叫んでいる気がする。
彼女を目で捉える。
(あぁ、そうだ!ここで彼女を救って人生を変える!でも怖いあのスケベ中年に逆上されるかもしれない...目立つのも恥ずかしい。しかも、助けたからって付き合えるか?そもそもあんな可愛い子には彼氏がいる。どうせ「ありがとう」と言われてすぐにいつもの日常に戻る.....そんなことなら、この瞬間を目に捉えて、ズリネタにするほうがよっぽど合理的じゃないか???)
僕の頭の中の天使と変態が激闘を繰り広げている。
勇気が出ない声も出ない。
緊張と焦りでうまく呼吸もうまくできない。
「はぁはぁ」
(あぁぁぁ、まるで痴漢されてる彼女を見て興奮してるみたいじゃないか.....)
ああ、どうしようと頭がグルグルグルグルとエラーを起こしている。
「あっ」
彼女と目が合う。
彼女の瞳がより一層うるうると水分を得て、僕に助けを求めるような眼差しを向ける。
(おいおい、そんな目で見ないでくれよぉ.....)
胸が痛い、ここで逃げたらダメになる気がする。
深く息を吸った。地面に足を擦り付けた。
混んでいる人混みをくぐり彼女の方へ向かう。
彼女の前まで行き、深く息を吸う。
「か、かのじょ嫌がってるじゃないですか...」
言葉がつっかえて、語尾が掠れる。
中年オヤジは僕を睨んで人をかき分けて別車両に移っていった。
それから20分ほどで学校の最寄り駅に到着した。
電車を降りると痴漢されていた彼女は僕の方に歩いてきた。
彼女は深く頭を下げる。
「ありがとうございます!!本当に助かりました!」
「だ、だいじょうぶですよ!大丈夫ですか?」
「はい!もう大丈夫です!ほんとにありがとうございました!」
そう言って彼女は改札口の方に小走りで向かう。
僕は彼女の背中をぼーっと見つめていた。
改札口を出た所で爽やかイケメンの男子学生と合流する。
「はぁ」
無意識にため息が漏れる。
助けたことを後悔しながら、死んだ目でキラキラした二人を眺めていたら吐き気がしてきた。
勝手に助けて、勝手に期待して、勝手に裏切られた気になって、本当に惨めだ。
でも、実際そうだ。
自己嫌悪に苛まれながら、改札口横のトイレを眺めていたら、ある計画が頭の中に湧き上がった。
水風船におしっこを入れて、あの2人にぶつけてやろうと。