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【目指せアニメ化!】➡︎つづきからはじめる  作者: ござる
第3章 『万象生誕祭 序』
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 第5話 ➡︎魅せられる

 「だから、僕が言いたいのは賭けがどうとか、そういうことじゃないんだよ! いいから付いて来い!」

「金貨! 金貨!」


 相棒が小躍りして、兄ちゃんの言うことを無視してる。


「わかったって! 後で払うよまったく!」

「わーい!!」


 兄ちゃんが軽く天然だったおかげで、なんとか賭けに勝つことは出来た。けど、納得いかねぇ大敗だったのも事実だ。人間じゃねぇというか、この世の物体だと思えねぇ感触だった。殴った腕の方が痺れて痛ぇ。小型の魔獣を狩ろうが大木を倒そうが何とも無かったの腕なのに。


「つまり、あらゆる物体は本来、6つの世界を(またが)るように存在出来るんだ。しかし、秘術を使えない者は人界の肉体だけを頼りに存在している」


 オレ様達は、教会跡を出て、歩きながら話してる。また見せたいものがあるんだと。今度はなんだっていうんだ?


「質量とは、物体の”動きにくさ”のことだ。人界の肉体のみに依存している君たちは、肉体の質量のみがその体を支えている。しかし、僕は違う。他の世界にも存在を通わせることで、僕という存在はより強固になり、”動きにくさ”ひとつ取っても、質量では計れない頑丈さを持つ。それを”門を開く”とか”開門”って言ったりするんだがな」


 淡々と説明していく兄ちゃんの話をオレ様は黙って聞いていた。長い足で飄々と歩く姿は馬みてぇに見える。


「重ねたガラスを思い出してくれ。上から順に人界、心界、魔界、天界、霊界、幻界と重なっているとして、それを貫いた分だけ強くなる、みたいな感じだ。まあ血筋とか素質次第で順序は左右するけどな。下の階層に行くほど希少になってくと思っていい。深いほど習得が難しいからな。だから霊術を使えるのは世界で20人くらいだ」


「……要は、他の世界の門を開く度に、レベルが上がってくってことだな?」


「まあそんな感じだ!」


 ところどころややこしいが、わかった気がする。世界は重なり合ってるが、秘術を知らないオレ様は、まだ一階止まり。6つの構成要素のうちひとつしか持ってねぇんだ。兄ちゃんはもっと深いところまで行ってるから、オレ様では到底敵いようがねぇってわけだ。


「世界にこんな秘密があったとはな……オブリディオの外では当たり前なのか?」

「当たり前ってわけじゃないさ。全く知らないってのはド田舎特有だと思うけど、都会でも知ってるだけで、使えない人がほとんどだ」


 オレ様は、何も知らなかった。相棒と二人で楽しく暮らしていければそれでいいと思ってた。今でもそう思ってる。だが、こんなに知らない世界があるってのは、ちょっとショックだぜ。


「……待てよ? 兄ちゃんが頑丈な理由は分かったけどよ、それと兄ちゃんの超地獄耳とどう関係するんだ?」


 兄ちゃんは歩きながら、辺りを見回してる。この辺は町の端。サンドワームの棲家が近い。サンドワームは地面の栄養を吸い取るから、この辺りはほとんど砂漠だ。教会があれだけボロボロになったのも、栄養を吸い取られて大地が腐り、壁も腐って脆くなっていったせいだと言われてる。


「秘力が滞り無く循環するだけで身体機能は向上するが、開門することの恩恵はそれだけじゃないんだよ。開いた門によって五感が強化される。心術の”心嗅(しんきゅう)”、魔術の”魔聴(まちょう)”、天術の”天触(てんしょく)”、霊術の”霊視”、誰もが既に持ってる味覚は、それ自体を”人味(じんみ)と言うんだ」


「っつーことは、その”まちょー”が地獄耳の正体ってわけか」


 あの距離の、あの超小声を聞き分ける聴覚。末恐ろしいぜ。


「そういうことだ。それぞれ、鍛え方や使う秘力量によって効果が変わる。優れた秘術師の魔聴なら、集中すればあのぐらいの距離は余裕だね」


 遠回しに自分は優れてると言ってやがる。まあこんな奴がゴロゴロいたらその方が怖ぇけど。


「もちろん元々の肉体の能力によっても効果が変わる。ウルファ族の心嗅は数キロ先の花の匂いまで嗅ぎ分けるし、逆に元々鼻が悪ければ心嗅を使っても普通よりよく匂いが分かる程度だ。ちなみに昨日、君があの爺さんに負けた理由もこの心嗅によるものだろう」


「んだと!?」


 匂い? それがあの負けの正体?


 あの時……確か……金貨を握ってオレ様が差し出した両手に、爺さんは顔を近づけて——


()()()()()()()()()()()を辿ったんだ。もう片方の銅貨は、銅の匂いや付いた衣服の匂いから推測したんだろう。魔術は使えないようだから魔聴ではない」


 あれは覗き込んできたんじゃなく、匂いを嗅いでやがったのか。オレ様の嗅覚も人並み外れてるはずだが、一瞬触った程度の匂いまではわからねぇ。こりゃ動物並みだぜ。


「そういうことかよ……全部合点がいったぜ」


 だがイカサマとは、ギリ言えねぇか。異常とはいえ身体能力の一部でしかねぇ。オレ様が秘術を使えたら、同じように使いまくってるだろうしな。


「……1個足りない」


 相棒がふと呟いた。


「どうした相棒。何が足りないんだ?」

「味覚、嗅覚、聴覚、触覚、視覚で5つ。世界は6つ」

「ホントだ! 足りねぇぞ! 幻界を覚えたらどうなるか説明しろ!」

「なんでそんなに偉そうなんだ君たちは……」


 兄ちゃんはその場で立ち止まった。気づいたら、もう砂漠の入り口。サンドワームの棲家に入りかけてる。この辺りじゃ襲い掛かられる危険があるから、町の人間は誰も立ち入らねぇ。


 そこで、兄ちゃんは木の棒で地面に落書きを始めた。なにかの模様のようなものだ。


「幻界のことは気にしなくていい。六界を極める者は世界に一人しか居ない。世界はそういう風に出来ている。そんなことより、より実用的なものを見せてやる。これから見せるのは、”想起秘術”という種類のものだ」


 すごい速さで地面に模様が完成していきやがる。何千、何万回と描いてきたのがこれだけで分かる。この兄ちゃん、結構すごい奴かもしれねぇな。


「想起秘術とは、()()()()()()()()()()()()()()。世界は、起きた現象の全てを覚えている。それを再現する術だ。いつの時代の、誰の、どこで起きた、どんな現象かを指定し、いつかのどこかで起きた現象を再現する。こういった”方陣”や、指で示す”印”、言霊の”詠唱”を()ってそれを指定し、秘力以って具現化する。魔術や天術、霊術はほとんどがこの想起秘術に該当する」


 ゴゴゴ……。


 地面が揺れた。


「……近いよ」


 相棒が呟いた。この揺れは兄ちゃんの仕業じゃねぇ。サンドワームが近づく音だ。見えねぇが、地面の中を移動して来てる。


「兄ちゃん、サンドワームが近づいてるぜ?」

「師匠と呼べってば。大丈夫、その為に来たんだ。少し離れてろ。君たちに知ってもらいたいのは、秘術でどんなことが出来るのかということ」


 兄ちゃんは地面に描いた模様の上に立った。


 ……なんだ? このピリピリする感じ。


 賭場の爺さんに感じた威圧感を、数倍に強めたような。


 ……いや、数十倍、数百倍……どんどん強くなってく。もうピリピリどころじゃねぇ。心臓を鷲掴みされてるみてぇな、筋肉がぜんぶ縮こまってくみてぇな、とにかくこの兄ちゃんから離れてぇ。体が震えてきやがった。


「あ、相棒! いくぞ!」

「ほ……ほい」


 相棒の腕を掴んで離れる。相棒も同じように震えてる。兄ちゃんの周りで渦を巻くように砂塵(さじん)が舞ってる。なんだあの光。兄ちゃんが赤い光に包まれて、言葉を紡いでく。


「開け放つは魔界の門 我 (おも)うは火竜の王

灼熱より出でて 灼熱に還る者よ

火焔すらも燃やし 焦土(しょうど)さえも焦がせ」


 な……なんだありゃ……!


 兄ちゃんの周りの砂塵が、燃えた。


 まるで砂の一粒一粒が火薬だったみてぇに、ボッ! と火がついた。それが集まって炎の渦みてぇになって、兄ちゃんの頭上に集まってく。


 暑ぃ。さっきまで肌寒かったのに、これだけ離れてもすげぇ熱気だ。


 兄ちゃんの頭上に集まった炎が一瞬で巨大化して、でっけぇ球体になってく。


「す……すげぇ……」


 なんだあれは……ノッポの兄ちゃんよりもデケェ炎の塊。山火事の火を一点に集めたみてぇだ。それに合わせて、熱気も加速していきやがる。暑いというより熱ぃ。髪の毛が、皮膚が、ジリジリ焼けちまいそうだ。


「太陽みたい……」


 相棒が魅入るように、小さい太陽を(まばた)きもせずに見つめてる。まるで宝の山を見つけた時みてぇに、瑠璃色の瞳をキラキラさせて。


「これは中級魔術の”火球(フレア)”。一般的な攻撃魔術として知られる、中級者でも使用できる魔術だが、大抵は不完全詠唱か秘力不足のまま使用されているため、ここまでの威力や大きさを再現出来ない。これが『本当の火球(フレア)』だ。そしてさらに、完全詠唱を以って、必要量を遥かに超過した秘力を注ぐことで出来ることがある」


 熱気がさらに上がった。ヤベェ、服が燃えちまう。腕を顔の前に持ってきてその影に隠れるが、その腕が熱ぃ。


 でも、見ていたい。


 この現実離れした現実を。


 炎の球の隣に、さらに違う形の炎が生まれてくる。炎がなにかの形を作ってく。あれは……生き物……?


 大きな翼、ぶっとい四足の足、炎の球を丸呑み出来そうなデケェ頭。気付いたら、もうはっきりと形がある。もう炎の塊じゃねぇ。ちゃんと物体として形がある、鱗がある、牙がある。あれは——


 ——竜だ。


 先に作った炎の球を咥えるみてぇに、口を大きく開いた、紅い火竜。むしろ、炎の球を吐き出そうとしていた火竜が最初からそこに居て、その姿が後から見えるようになったみてぇだ。


「これが、()()()()()()()を再現する魔術。”召喚術”だ」


 ズサァァァァン!!!


「やべ! 出やがった! サンドワームだ!」


 砂の地面から飛び出してきた、巨大ミミズ。


 目は無く、口が十字に裂け、体は頑丈な甲殻に覆われてる。蛇みたいにウネウネ体をよじりながら、地面を這ってくる。あまりのデカさに、その動きだけで地面が僅かに揺れる。デカさだけで充分過ぎる脅威だ。


「秘力に誘われてきたな……」


 兄ちゃんは落ち着いた様子で、サンドワームを眺めてる。気持ち悪い十字に裂けた口が花びらのように開き、兄ちゃんに襲い掛かろうとしてるのに。


 そして、呟く。



「火竜エンブル。燃やせ」



 バサッ! と、勢いをつけるみてぇに、大きな翼を震わせながら広げた。体が波を打つようにくねらせて、ボゥンッ!! と炎の球を吐き出した。辺りの空気を巻き込んで飛び出したせいで、オレ様達のところまで熱風が絡みつく。


 炎の球は、大きく開かれたサンドワームの口の中に放り込まれた。


 一瞬、カッ! と白い閃光がサンドワームの内側から溢れ出したと思った直後、ズドオォォォォォン!!! という爆発音と共に、サンドワームの巨体を包むほどの火柱が生まれた。突然生まれた炎の竜巻に巻き込まれたみてぇだ。


 火がついた肉片が(あられ)みてぇに降り注ぐ。炎の柱はすぐに消えたが、同時に、あれだけの巨体のほとんどが消えちまった。残ったのは降り注ぐ肉片と、焚き火の残りカスみてぇにジリジリ燃える肉片だけ。


 この町が10年近く悩まされた元凶の一匹が、一瞬で。


 これが、秘術。


「し……」

「し?」


 震えて言葉が出ねぇ。


 これがオレ様の知らなかった世界。知らなきゃいけない世界。


 今、オレ様と相棒が言いたいのは、ただ一つ。



「「師匠ォォォォォ!!!」」

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