第1話 ➡︎カイルの7日間を始める
なんつーか、オレ様は”相棒”のペットとして育てられたわけだ。
だからオレ様のカイルという名前は相棒に付けられたし、その時に、オレ様も相棒にセッカという名前を付けてやった。相棒には元々名前があったみてぇだが、自分を捨てた人間が付けた名前なんて要らねぇって言うからよ。
相棒っつーのはオレ様と同い年で16歳の女の子だ。まだ3、4歳の頃、近所の子供が犬を飼ってるのを見て、「アタシも飼いたい!」と思って山奥を散策してたら、捨てられたオレ様を見つけたんだと。そこまでは分からんでもねぇわな。
問題はそのオレ様を動物だと思って飼い始めた所だ。普段はボケーっとしてる相棒だが、中身は野生児のオレ様よりぶっ飛んでる。喋れないとは言え、同い年の3歳児かそこらの子供を拾って、動物だと思ってペットにしちまうんだからよ。今になってみればそのイカれ具合がわかるってモンだぜ。
つっても、オレ様の町は王都の外れにある、”忘れられた町”オブリディオ。今や人口は300人程度。孤児院が13軒あるが、学校は無い。街に住む人間の全てが孤児院出身。
ただでさえ山と森に囲まれたド田舎中のド田舎だっつーのに、町の周囲にサンドワームっつーどデカいミミズの魔獣が棲みつくようになっちまって、他の町との交流が途絶えて10年近くになる。世界に忘れられ、見捨てられちまったってわけだ。
だからオレ様達には学も無ければルールも無ぇ。そういう意味じゃ、相棒のイカれ具合もまあ、フツウっちゃフツウかもな。
「うっひゃーー!!! 見ろよ相棒!!! これが夢にまで王都のメレイトリス区だぜ!!! 壁が山みてぇに高ぇぞ!!!」
「おーー! 壁に絵がいっぱい! きっと描くの大変だったよ!」
そんなオレ様達にとっちゃ、こんなバカ高ぇ建造物見たことがねぇわけだ。壁に囲まれた街も見たことが無ぇし、壁中に描かれた繊細でどでかい絵を見るだけで興奮は最高潮だわな。周りには見たことねぇ大勢の人間が、まだ街の外だっていうのに小魚の大群みたいに群がってやがる。
相棒も目を輝かせてら。短めの金髪と瑠璃色の瞳が、ピカピカに磨いた金貨みてぇにキラキラしてやがる。こんな顔を見るのは、誕生日に奮発して好物のアップルパイを買ってやった時以来だな。
そんなオレ様達をクスクス笑いながら、大勢の人が通り過ぎていく。こんな沢山の人が居るところも見たことが無ぇ。人間ってこんなにいるのかよ。アリの行列みたいになって、街の入り口の門へ吸い込まれてく。
「ハハハ! おい、そこの金髪と銀髪! そこはただの壁だぞ! 入るならちゃんと並んで門から入れよ!」
人の群れの中から俺様達に向かって誰かが呆れるように笑って言った。そういや壁や絵で興奮してる奴が一人も居ねぇな。それだけで田舎モン丸出し、ってか。
今日は水の月、24日。万象生誕祭の初日だ。世界中からこの王都メレイトリス区に人が集まるっつー、祭りも祭りの大祭り。
「あいぼー、アップルパイ買ってもいー?」
「あ? しゃーねぇな、一個だけだぞ!」
「わーい! ……でも一個?」
「一個だ。でも今日は夢が叶う記念日だ! いっちばん高級なやつにしてやるぜ!」
「おー!! あいぼーサイコー!!」
ぎゅっと抱きついてくる相棒。なぜかオレ様には無いおっぱいってやつが腕に当たる。ガキの頃はこんなにデカくなかったはずだが、いつの間にか随分デカくなってきたな。
オレ様達は数百人いる列に並んだ。ワイワイしてはいるが、こんだけの人間が集まってきっちり並んでやがる。信じられねぇ。オレ様の町なら乱闘の末、一番強い奴が一番乗りするのは目に見えてる。並ばなかったら殺されでもすんのか? まあここは大人しく周りに合わせるのが吉だぜ。
しばらくして、トンネルみたいなデカい門をくぐるところまで来た。左右に門番が二人。
なんだありゃ。右の門番の上、壁の中に四角くく切り取ったやけに豪華な部屋がある。
そこに20代前半の緋色の髪をした兄ちゃんが横向きに寝そべってる。王室の一部屋を丸々切り取って、壁の中に埋め込んだみてぇだ。
緋色の髪の兄ちゃんは時折、通行人に声をかけてる。その部屋は高い所にあって、兄ちゃんからすると見下してるような感じで監視してる。あいつの前を通らなければいけないらしい。貴族かなんかか? 明らかに待遇が違うし、いかにも高そうな服を着てる。
オレ様たちの番が来た。何を基準に声を掛けてるのか分からねぇが、貴族風の兄ちゃんは「ふわぁぁ」と大あくびをかました後、オレ様達を眠そうな目つきで声をかけてきた。
「おやまぁ、随分田舎くさい格好だねぇ。金髪ちゃんと銀髪くん。出身と名前を言いな」
ハキハキとした通る声だが、くだけた口調の奴だ。だらけきってはいるが、オレ様の野生の勘がキレ者だと言ってる。格好からしても良い身分だろうし、ここは礼儀正しく行くのが吉だぜ。
「おう兄ちゃん! イカした服着てんな! オレ様はカイル! こっちは相棒のセッカだぜ!」
ん……?
貴族風の兄ちゃんと、その下の門番が目を丸くしてる。
「おい貴様!! 態度を慎め!! この方を誰だと思ってる!! 友達じゃないんだぞ!! 姓も名乗れ!!」
右の門番が怒鳴ってきた。なんだこいつ。急に怒鳴りやがって。何か間違ったこと言ったか? 挨拶、褒め言葉、自己紹介のこの上ない三連コンボじゃねぇか。
「ハハハ! まあまあ落ち着いて。何でもいいよ、態度は。悪いが銀髪くん、姓も教えてもらっていいかな? 決まりなんでね」
「せい? なんだそりゃ。難しいこと言うんじゃねぇよ」
「難しい……? おいおい、田舎には学校も無いのかい?」
貴族風の兄ちゃんは呆れたというより驚いてるようだ。そこへ相棒が割って入った。
「姓は無いよ。オブリディオに姓がある人は居ない」
「オブリディオ? あそこから来たのかい? まだ生きてる人間が居るのかいあそこは。ありゃりゃ……そりゃすまんな。まさか本当に学校が無いところから来たとはねぇ。秘術師なんざ一人も居ないまま魔獣に囲まれて、断絶された土地だと聞いたが、どうやってここまで? それに、なぜ秘術が使えるんだい?」
唐突に言い当てられて、体がピクッと反応しちまった。男の顔を見るが、別に「言い当ててやったぜ!」なんつー顔はせず、すまし顔のままだ。他人が秘術師かどうか見極めることが、こいつにとって当たり前になってんだな。やっぱりキレ者だ。俺様も相棒も、まだ何も使っちゃいねぇ。ここで通行人の監視をしてるところからして、多分霊術ってやつだ。つーことは、秘術師が通ると声をかけるんだな。
「この前会った”師匠”に教わったんだ。一ヶ月ぐらい前からみっちり修行して、町の前のサンドワームはぜーんぶぶっ倒して、塩焼きにして腹ん中だぜ。さすがにあのデカさじゃ一匹分も食い切れなかったから弁当用に持って来たけど、食うか?」
「いや要らない……というか食ったのか? ありゃ食えるもんじゃないだろう。色々気になるんだが……秘術の修行を 一ヶ月だけ? そんなバカな話があるかい。秘力の開放、心界の門を開く基礎修練に最低2、3年、そこから術として応用するにはさらに1、2年はかかる。才能があってもな。たかだか一ヶ月で大型の魔獣を倒すまでになるなんて流石に嘘が過ぎるぞ?」
「そんなこと言われても出来ちまったからな……まあオレ様と相棒はスゲーからな。なぁ相棒」
「おー! スゲー! スゲー!」
横でぴょんぴょんしてる相棒を見て、兄ちゃんはため息をついていた。
「うーん……不思議と嘘をついてるようにも見えないねぇ……それで、この祭りで何をしに来たんだい? ここでは水を飲むにも金が要る。町中に居る貴族の勘に触るようなことをすれば即刻退場、悪けりゃ監獄行きだ。その調子でその格好じゃ、態度の意味でも金の意味でも1日と保ちそうにないが……」
「ハハーン! 兄ちゃん、霊術使いのわりにゃ見る目がねぇな!」
「おい貴様!! いい加減——」
また怒鳴ってきた門番と、貴族風の兄ちゃんに見えるように、オレ様はカバンを開いて中身を見せた。
「なっ……!」
二人とも、また目を丸くしてやがる。
カバンの中のパンパンに詰まった金貨を見て。
「へぇ……こりゃたまげたね。そんなに金があるならまず服を買うことをオススメしたいところだけどねぇ」
「悪ぃが、買い物なんかに使うための金じゃないぜ」
「ほぅ……では、何のために?」
へへ……くだらねぇことを訊きやがる。服も買わず、好物も食わず、ひたすら貯めに貯めてきたのは今日この日のためだぜ。
「んなもん、決まってんだろ。ギャンブルだ! この金は軍資金だぜ! これを10倍に増やして、相棒と一生贅沢三昧するためのな!!」
「えっと……君……バカなの……?」




