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【目指せアニメ化!】➡︎つづきからはじめる  作者: ござる
第2章 『2階 蒼天と間隙の牢獄』
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第10話 ➡︎焼き尽くす

 晴天の荒野に、白い要塞がひとつ。


 巨大なワニは、遥か前方で眠っている。茶色い荒野でぽつんと佇むそれは、場違いな白さで鎮座しており、異彩を放っている。


「”完全詠唱”をするから、時間を稼いでねー」

「完全詠唱?」

「魔法陣と詠唱、どちらも丁寧に詠唱するので時間がかかるということです。恐らく大きな音のする方へ向かってくるので、私たちはなるべく注意を引きつけましょう」

「気付かれずに奇襲、ってわけにはいかないわけだな。死ぬ前に頼むぞ……」


 ザッ、ザッ、ザッ。


 サイレントバードの靴も履かずに、俺たちは向かっていく。この辺りはもう起きてもいい距離だ。


 俺はリリィに借りているフォルティブレードを握り直した。奴の大きさから考えれば心許(こころもと)ない大きさだが、ダメージは0じゃないはずだ。0か1か、その差が大きい。


 わずかに、白い塊が動いた。


(起きたな……!)


 バッ! と、リリィが左前方に走り出した。クロコダイラスに近づきつつも、俺たちから離れるつもりだ。


「いくぞ! フィンリィ!!」

「はい!!」


 俺とフィンリィは右前方へ走り出す。一回目がリリィ、二回目がフィンリィ、三回目が俺、の順番だ。誰かが攻撃役の間、その他は支援に回る。


 まずはリリィ。頼んだぞ。


 クロコダイラスがその場で宙に舞い、中空で静止した。右と左、どちらに向かうか躊躇(ためら)っているようだ。


「こっちだ!!! 化けワニ!!!」


 ドォォォン!!!


 俺は近くの岩を思い切り殴った。爆弾でも爆発したかのように岩が吹き飛ぶ。


 くるりと旋回し、クロコダイラスが高速でこちらに飛んでくる。もはや飛空艇だありゃ。


 リリィは反対側で、木の枝で地面に魔法陣を描き始めた。急いでくれよ?


鬼封法陣(オーベクス)!!」


 印を結んでいたフィンリィが叫ぶ。


 ゴォン! と、クロコダイラスが結界に阻まれ衝突した。ローゼスに使っていた、結界に閉じ込める術だ。


「そういやそんな便利なのもあったな」

「ほんの時間稼ぎにしかなりません」


 ゴン! ゴン! とクロコダイラスは結界の内側から体当たりを繰り返す。その度ヒビが入り、それは次第に大きくなっていく。強度的には強化ガラスみたいなもんだろうが、今にも壊れそうだ。


 バリィィン!!


「言ってるそばから……!」


 結界は脆くも崩れ去った。ローゼスといいこいつといい、壊されてばかりで術の強さのほどがわからなくなる。


 クロコダイラスは体を捻って横向きになり、二人まとめて丸呑みしようと大口を開いた。前の嫌な記憶が蘇る、口の中の洞窟。


「くっ……フィンリィ!!」


 フィンリィを抱き抱えて真上にジャンプする。直後、バクンッ! と空振りした口が閉じた。


狐火(フリグス)!!」


 空中でフィンリィが唱える。閉じた口の上顎と下顎を縫うように、パキパキと音を立て、青い人魂が次々ぶつかって凍っていく。すると、思うように口が開かなくなり、体をねじってもがき出した。


 そういえば、ワニは噛む力は強いが、開く力はまるで無く、輪ゴムすら千切れないほど弱いと聞いたことがある。こいつがどこまで本物のワニの性質を踏襲(とうしゅう)してるかわからないが、これは弱点なのでは……?


「でかした……!」


 シュタッ、と着地し、剣を握り直す。この体の主が剣にも覚えがあることは、握った時から感覚でわかっていた。


 横向きに倒れたクロコダイラスの腹に、高速で剣を振るう。


 スパスパスパッ! と小気味良い音を立て、鱗を切り裂いて無数の傷跡をつけた。


「オオォォォン!!」


 片側の口が開かないまま、クロコダイラスが不気味な声を上げた。腹からは血が流れる。人間で言えば画鋲が刺さった程度かもしれないが、痛み自体久しぶりの感覚だろう。少ないとはいえダメージもある。


 しかし、そのパニックの勢いのせいで、半分凍っていた口が開いてしまった。


「やば……」


 再度こちらに向かい体を旋回させ、襲いかかってくる。


 俺とフィンリィで陽動しつつ、なんとか躱していく。


(リリィはまだか……!)


 リリィの方に目をやると、魔法陣は完成しており、目を瞑って秘力を高めているのがわかった。赤い光に包まれ、周囲に赤い蛍の光のようなものが漂っている。なんの作用か知らないが、周りの小石達が重力を無視してふわふわと上昇していた。リリィの髪も水中かのようにゆらゆら揺れている。


 そして、いつものダルそうな声とは違う、はっきりとした口調で唱え始める。


「開け放つは魔界の門 我 (おも)うは炎竜の王

(なんじ)(あか)き血脈は 獄炎の泉

汝を成す体躯(たいく)は 不動の証明

汝と地平を結ぶは 滅びの道筋

始まりに汝の影 終わりに地平の光

狭間の全て 灼熱を()って消滅せよ」


 リリィがクロコダイラスに向けて両手のひらを突き出す。その手の中に光の粒が集まり、煌々(こうこう)と輝く火の球が形成されていく。だいぶ離れたこの距離ですら眩しくて直視するのが(はばか)られる輝きだ。その凝縮されたエネルギーの程がうかがえる。


「フィンリィ!! 離れるぞ!!」

「はい!!」


 リリィとクロコダイラスを結ぶ一直線上から、俺たちは飛ぶように離れる。



「焼き尽くせ!! 灼熱の咆哮(ロア・フレア)!!」



 ヒュン……ッ!


 光線が走る。


 ジュゥゥゥゥゥゥゥ!!!


「オオオォォォォォン!!!」


 リリィの両の手から放たれた光の太い柱。それは熱光線だ。


 クロコダイラスまで一瞬で到達し、横っ腹をバターのようにみるみる溶かしていく。生き物の焦げる臭いを放ちながら、直径3メートルほどの風穴を開けるまでに1秒もかからなかった。風穴の周囲はドロドロに溶け、溶岩に触れたかのように火が付いている。


 貫いた熱光線はその先の山すらもみるみる溶かし、その直線上の全てを蒸発させた。光線に触れて出来たトンネルは、高熱ゆえに真っ赤にギラギラ輝いている。多少離れていた俺のところまで熱気が嫌というほど届き、汗が吹き出す。


「なんちゅう威力……」


 全てを溶かす破滅の熱光線だ。攻撃専門の魔術とはこれほどなのか。何年も傷をつけられなかった鱗が嘘みたいに溶けたぞ。


 ズドォォン! と、力を失ったクロコダイラスが地に落ちる。間違いなく、()()()の死だ。


「あー疲れた。あとは頼んだわよー」


 ぺたん、とリリィが座り込む。光線が消えると、辺りの熱気も一瞬で冷めた。


 これだけの魔術じゃ、そりゃ疲れるだろう。このあと援護出来るのか……?


 そしてすぐ——


 クロコダイラスの死骸が動き出した。


 まるで中で誰かが着ぐるみを脱ごうとするように、モゴモゴと揺れる。もう()()()が始まるのか。


「この隙に詠唱を開始します!」

「お、おう!」


 安心している暇はないと言わんばかりに、フィンリィが高速で指を絡め、印を結んでいく。この印は魔法陣(フィンリィの場合は”霊法陣”かもしれないが)の代わりになるらしい。詠唱+魔法陣=完全詠唱ということは、フィンリィもそれをするということだろう。


 どんなことをするのかわからない。またとんでも破壊光線を出されたらたまったものではないからな。


 俺はなるべくフィンリィから離れるため、疲労しているリリィに近づくために走り出した。


 フィンリィを白い光が包んでいく。そして目を瞑り、唱え始める。


「開け放つは霊界の門 我 憶うは銀狐(ぎんこ)の覇者

悪戯(いたずら)に奪い 悪戯に与える者よ

寵愛(ちょうあい)打擲(ちょうちゃく)を 憎悪に口づけを

在るが(まま) 成すが儘 世界に混沌を(もたら)

我が肉体を依代(よりしろ)

銀狐憑依(アルグ・ウルペス)!!」


 フィンリィが神々しく、激しく輝いた。


「くっ……眩しい……!」


 まるで閃光弾のような眩しさに、思わず目を腕で隠す。


 輝きは一瞬で収まったが、(まばゆ)い光を直視したせいで視界が歪む。


 じきに収まり、フィンリィを見た。


「どういうこと……?」


 フィンリィの姿が変わっていた。


 儚げで、妖艶な美女。


 髪も瞳も鋼のような銀色。腰まで伸びた長髪。衣服までもが巫女のような白い装束に変わっていた。顔立ちはフィンリィのままだが、心なしか目元がキリッと釣り上がっている気がする。フィンリィの気の強い姉貴です、と言われたら納得がいく感じだ。もしくは妖狐のコスプレか。


 フィンリィの持つ可愛さステータスを、そのまま”美しさ”に全振りしたかのようで、うん、これはこれで良い。酒場に潜り込んだ時のようなおっさんではやる気を損なう。前回のような、ただ変身したというわけではあるまい。


 銀髪フィンリィは(さげす)むような眼差しで、辺りを見回したり、自分の腕を持ち上げてみたりしている。その間にもクロコダイラスは脱皮を終え、抜け殻からにゅるにゅると新しい中身が出てこようとしていた。


「フィ、フィンリィ! 頼んだぞ!」


 俺が叫ぶと、銀髪フィンリィはこちらを一瞥(いちべつ)した。ドMなら喜びそうな、見下すような目線。そして、つまらなそうに言った。



「嫌じゃ」



 ……え?


 嫌……?


 すっかり変わった容姿と目つき。冷たい言い方と語尾の”じゃ”。フィンリィが使いたがらなかったわけ。そして、いつか霊術の説明で言っていた「回復と交霊が得意な術」という言葉。


 これはフィンリィじゃない。何かが憑依している。


 まさか、憑依している”何か”までは、()()()()()()()()んじゃ……?

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