第7話 ➡︎気づく
『……ヒッヒッ! 土産話にしては早いじゃないか、坊主』
返答は思いの外早かった。
「無駄話はいい。さっそく困ってる。2階のクロコダイラスを倒す方法か、バレずにすり抜ける方法はないか?」
『ヒッヒッヒッ! 坊主ともあろうもんが、そんなところで道草食ってるのかい。確か、盲目で耳が良い、とにかく硬い奴だねぇ。ただ、硬いだけだ。お前さんならなんとか出来ないのかい?』
「それが出来なくて困ってるんだよ。30日の帝国のカナは素通りしてた。奴の能力を教えてくれ」
『坊主と言えど、それは出来ないねぇ。カナとは契約があるのさ』
契約だと? こいつら思った以上にしっかり組んでやがるのか。
『それに、素通りしてどうするんだい? お前さんはまだまだ懲役が残ってるだろう。あと200年近い懲役を減らさないと上がれないはずだが、もう目処は立ってるのかい?』
「200年近く減らさないといけない……? どういう意味だ?」
『おっと、もうそろそろやめておこう。5回話せる血塊と言ったが、距離が離れるだけ話せる時間の総量は短くなる。2階くらい、自分でせいぜい考えるんだねぇ。そこで終わるような男なら、ワシも興味は無い。次はその先で連絡しておくれよ?』
「おい! ちょっと待……!」
血塊の輝きが消え、応答も無くなった。
役に立ったのか立ってないのか。ほとんど嫌味を言われただけのような気もする。2階ごときで通話時間を使うのはもったいない、そこすら超えられないなら興味ない、ってか。
いや、しかし、気になる事がいくつかある。
もしかしたら——
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——約2時間後。
「ごめんなさい……」
フィンリィはようやく目を覚ますと、しきりに謝っていた。
「酒を止めなかった俺も悪い。それに、フィンリィが酔ってなくてもどうなったわけでもない」
マントを頭から被って、小さなマントの洞窟の中でシュンとしている。顔を隠してるのか、穴があったら入りたいのか。
周りの連中もお通夜モードは続いているが、自暴自棄になって黙ってヤケ酒している奴もいた。
「おおい……ヒック、よく見たら可愛い嬢ちゃんがいるじゃねぇか! おい、いつから居たんだぁ? 一発ヤらせろよ」
さっき酒を頭からかけてきた男だ。酔いもさっきより回っている。サイレントバードの靴を履きっぱなしだったせいで、足音に気付かずフィンリィの顔を覗き込まれていた。
「やらせるって、何をですか?」
まったくこのお姫様は。記憶喪失は下ネタも一緒に消し飛ぶのか?
「楽しくて、気持ちぃぃことだよぉ?」
「やめろ、それ以上近づくな」
俺とフィンリィの間に割り込もうとする男を睨みつけた。
「あぁん?? なんだのぞき魔風情が、なにデカい口きいてんだ? あぁ? 俺は懲役250年! ”騎士団殺し”のジェイクさまだぞぉ? ヒック」
「だからなんだ、臭い息をかけるな」
「ひゃっはっはっ! 命知らずなガキだなおい! いいからこっちに来い!」
フィンリィの腕を乱暴に掴もうとする。その腕がフィンリィに触れる前に、男の手首を稚児しい月の右腕でガシッ! と掴んだ。
「やめろって言ってんだよ」
男の腕が固まったように動かなくなる。
「……ッ! なんだこの馬鹿ヂカラは……!」
男が体重をかけようが体をひねろうが、俺に掴まれた腕はビクともしなち。当たり前だ、腕力の差はそれこそ赤子とボディビルダーよりある。
ふと、男が俺の右手の甲に刻まれた罪滅ぼしの刻印を見た。
「ひぃ!! ちょ、懲役1500年!?」
俺が手を離すと、男は床に尻もちをつき、腰が抜けて立ち上がれなくなっている。
周りの連中も男の声を聞いて「何があった……?」と怪訝そうな顔を浮かべていた。
余計な情報を知られちまったが、まあいい。ここにもう用は無い。
「いくぞ、フィンリィ」
「は、はい!」
ざわざわしている店内を余所に、俺たちは酒場を後にした。
「カナタさん、一体どこへ行くんですか?」
「南の端だ。もうすぐ時間が来ちまう」
「……?」
「解ったことが二つある」
フィンリィはキョトンとしたまま、俺の後を付いてきた。
荒野のカンカン照りは朝から変わらない。だが、むしろ今の時間からすると正しい日差しだろう。
「ひとつは、あの時なぜ30日の帝国のカナはクロコダイラスを素通りし、俺たちの方に向かってきたか。それは、2階入り口近くに居た人狩りドルトとも関係がある」
「ドルト……あの弓使いですね?」
「ああ。あいつの罪滅ぼしの刻印だ。残り年数が懲役を超えていた。それは、あいつ自身の問題でも、この階の仕掛けによるものでも無い。あいつは押し付けられたんだ。30日の帝国のカナの精神不変の原理によって」
「押し付けられた……?」
「本当はもっと早く気づくべきだった。俺の、稚児しい月の腕の罪滅ぼしの刻印を見た時に。腕を借りたあと最初に見た時、残りの年数は798年だった。おかしくないか? この塔は懲役の残りが一定以下じゃないと上に上がれないのに。矛盾のローゼスは元々5階に居たんだぞ?」
「そっか……!」
フィンリィはハッとした表情を見せる。
「恐らく、アマルティアの天秤は1階から2階が800未満、2階から3階が600未満、3階から4階が400未満、4階から5階が200未満、そして5階から屋上へ上がるためには残りが0じゃなきゃいけないんだ。それなら計算が合う」
ダダが最後に俺の罪滅ぼしの刻印を見た時、残り年数は798年だった。タダはそこから「200年近く減らさなきゃいけない」と思っている。それは600未満でないと3階へ上がれないからだ。
「だが今度は、稚児しい月の腕の罪滅ぼしの刻印の計算が合わなくなる。5階まで行くには200未満じゃないといけないはずなのに、落ちて来たローゼスの懲役は残り970年以上だった。つまり、ローゼスは懲役を押し付けられたんだ。30日の帝国のカナに。人狩りのドルトもそうだ。だから残りが懲役を超えてたんだよ」
あの時、奴が俺の肩に触れ、「頼んだよ」と言ったのは、それが発動条件だったんだ。そうやって俺に押し付けやがった。恐らく自分が立てる足音から生まれる”存在感”だとか”気配”の類を。ふざけやがって。
多分、誰でもよかった。俺があの時ボーッとして道を開けなかったから触られただけだ。なんなら、俺たちを待ち伏せしていたのだろう。クロコダイラスが帰って行ったのは、カナが動きを止めて音を出さなくなったか、精神不変の原理の使用をやめたからだ。
そして俺より先に、前の奴らが喰われたのは、先に声を上げたから。俺に向かってきていたのに、その手前で声がしたからそっちに標的を移した。前の奴らが声を上げなければ、一目散に俺のところへ来ていただろう。間一髪だったんだ。
それにしても、奴から感じたあの違和感は——
「そんな精神不変の原理があるだなんて思いもしませんでした……流石です、カナタさん。では、もうひとつの解ったことはなんですか?」
「クロコダイラスを倒す方法さ」
「……!」
「奴の鱗はそんじょそこらの武器では歯が立たない。奴に対抗出来る硬度の素材が手に入る魔獣もいるらしいが、あまりに希少で完成するのは2年後だと言われた」
どこぞのモンスターを狩るゲームのレア素材じゃあるまいし。そんな厳選をしてる暇は無い。
「それなら、バレずにクロコダイラスの横を抜けるしか……」
「いいや、倒す」
「でも、いくらその腕や槍があるからと言って、何度も生まれ変わられたら秘力が足りないのでは……?」
フィンリィは再び首を傾げる。
「あるじゃねぇか。もっと硬い武器が。しかも、この世で最も硬い、な。フィンリィ、今何時だ?」
「今……もうすぐ11時です」
11時。それは昨日、俺が塔の入り口のプレハブ小屋を出た頃の時間。
ダダは、「ただ硬いだけ」だと言った。それならもっと硬い武器を用意するだけだ。
そう。
この世で最も硬い武器。
それは高名な秘術師の血塊。
国宝級の血塊を持った、美人看守様が、そのお宝をその身から外して、お風呂に入る時間だ。




