第14話 ➡︎突き飛ばす
「カナタさん!! 立って!! お願い!! 今は何も考えないで!!」
フィンリィが俺を立たせようと引っ張る。だがダメだ、力が入らない。抱えきれないほどの恐怖と……なんだろう、この感情は。ショック? そう言うのが一番近いかもしれない。
俺はなんて能力を使ってしまったんだ。
どうせ極悪人。情報を吐き出させて、うまい事こき使って、必要無くなればどっかに置いていけばいいぐらいに思ってた。俺の知らないところで元気にやってくれと、思ってた。俺の為にせっせと働けよと、心の中で高笑いしてた。
そんなモンじゃない。そんなモンじゃなかったんだ。人を操ってしまう、ということは。
俺の盾になってくれた。俺のために命を捨てさせた。極悪人かどうかなんて関係ない。死んだんだ、人が。俺の為に。俺のせいで。
「カナタ!! 立て!! 立って逃げろ!! 俺が時間を稼ぐ!!」
レイナードが俺とローゼスの間に、守るように立ち塞がる。
「やめろ……やめてくれ……」
頼む、もうやめてくれレイナード。お前は吐き気がするほどの極悪人だ。お前が死んで喜ぶ人はきっとたくさんいる。でも、やめてくれ。
「もういい!! 返す! 返すよ!! もう俺に力を貸さなくていい!! 頼む!! やめて逃げてくれ!!」
レイナードの足を掴んで叫ぶ。しかし、レイナードは止まらない。
「ふんっ!!」
シュンシュンシュン!!
レイナードは目の前の空間を連続で何度も殴り、その度にかまいたちの塊が飛び出してローゼスへ襲いかかる。
返せない。
借りたものが返せない。そもそも、どうやって返すんだ? よく考えたらフィンリィの才覚の証明にそんな説明はなかった。
考えてなかった。借りることしか考えてなかった。
——まさか、”7日間は返せない”のか?
「槍を出してる時は受けらんねえだろ!!」
レイナードが叫ぶ。しかしローゼスは一歩も動かない。いや、動けないのかもしれない。瀕死なことに間違いはないんだ。
「開け放つは霊界の門 我 憶うは報われぬ死者
其の身を焦がした悔恨を 現世に於いて反転せよ
狐火!」
指で印を結びながらフィンリィが唱え、モヒカンを凍らせた時と同じ、無数の人魂を生み出した。レイナードのかまいたちとタイミングをずらし、四方八方からローゼスへ襲いかかる。
「あぁ……なんて非道い奴らだ」
ローゼスの漆黒の槍が再びバチバチッ! と音を立て、赤黒い稲妻を走らせる。
「鋭刃よ、切り裂け」
恐るべき速度で槍を縦横無尽に振り回した。あまりの速さに赤黒い閃光の残像がその場で弧を描いている。狐火やかまいたちの塊はそれに触れた瞬間に呆気なく切り裂かれ、霧散した。
「これが死にかけの人間かよ……イカレてるぜ……」
レイナードは震えている。その屈強な肉体も、その身に纏った重厚な鎧も、もはや頼りなく見える。
「こっちが本命です!!」
フィンリィが叫んだ。さっきの狐火の詠唱から結んでいた印がまだ結び終わっていない。そうか、あの印は狐火の為のものじゃない。口では狐火の詠唱をしながら、指では同時進行で他の術の印を結んでいたんだ。
「鬼封法陣!!」
ピキィィン!!
ローゼスの足元に六芒星が現れた。周囲にも複数現れ、それらが結ばれて正六面体のガラスのようなものに閉じ込められる。おそらく結界のようなものだ。
「霊術師か……君、僕を治してよ」
閉じ込められたことなど意に介さず、緋色の長髪を揺らし、静かな声でそう言った。
「お断りします!!」
それを聞いた瞬間、ローゼスの顔が一気に鬼のような形相に変わった。
「あぁもう!!! じゃあなんで生きてるんだよ!!! なんで僕と出会ったんだ!!! なんで生まれてきたんだ!!! どいつもこいつも!!! 僕の役に立つ気もないなら生まれてくるなよ!!!」
空気がピリピリと痛い。
まるで、大の大人が癇癪を起こしているようだった。だがその無茶苦茶な発言をバカに出来るほど、結界越しに伝わってくるローゼスに満ちた狂気は、生易しいものではない。
そう感じるのは俺だけじゃない。フィンリィもレイナードも同じだ。殺気、覇気、狂気、剣気、あらゆるものが入り混じったその空間に、ただ佇んで、ローゼスの一挙手一投足を目で追うことしかできない。
俺たちは、野生のライオンに出会ってしまった生身の人間だ。殺される理由は無い。ただ、相手の機嫌が悪かっただけ。
ローゼスは槍を持ち替え、投擲の構えになる。今まで以上に秘力が集まっていることは、周囲に纏う赤黒い稲妻の量でわかる。
(やばいやばいやばい!!)
狙われているのは、フィンリィだ——
(動け動け動け!! 俺の足!!」
その時、ローゼスがよろめいた。出血のせいか、秘力の使い過ぎのせいかわからないが、足にきている。
「今だ!! 逃げろ!!」
俺の足がようやく言うことを聞き、立ち上がれた。フィンリィの腕を掴むと、ハッとした表情を見せ、逃げの体制に入る。
しかし——
「邪槍よ、貫け」
漆黒の槍が投げられた。
バキバキバキィ!!!
それは一条の閃光のようになり、結界を貫いて一瞬で粉々にする。フィンリィ曰く”本命”の術が、全く歯が立っていない。
槍そのものが暗黒の雷雲の如く赤黒い稲妻を放ちながら、弾丸のように一直線に空中を走る。
触れてもいない地面が、通り過ぎた槍の後でめくれ上がっていく。
真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ飛んでくる——
——フィンリィの心臓めがけて。
「フィンリィ!!!」
右腕でフィンリィを突き飛ばした。
俺の目算は間違っていなかったはずだ。
フィンリィを突き飛ばし、すぐに体制を変えながら、右腕を引っ込める。コンマ何秒の世界だが、感覚的に、それで間に合うのがわかった。
だが、体制を変えようと、踏み込もうとした時、俺は見てしまった。
踏み込もうとしたその足の着地点に、モヒカンの腕があるのを。
俺は瞬間的に、それを避けた。
そしてバランスを崩し、腕を引っ込めるのが遅れた。
直後、俺の体に感じたことのない衝撃が走り、俺は倒れ込んだ。
肩がめちゃくちゃ痛い。
はは、冗談だろ。なんでだよ。
なぜか、右手が動かない。




