『白銀の鬼』
「あそこに入り口がありますよ!」
男は頷き、16区に入る為のトンネルへと歩む。
岩の大樹は、その役目を終えても、ただそこに在り続け屹立していたが、珍無類の来訪者共を見下している。
樹海を抜け、深奥へ到達するとそこには深淵を呑み込んでいる洞窟があった。
「ここが16区へと入るトンネルか」
「なんだか薄気味悪いトンネルですね…」
2人は深淵と共に、洞窟に呑み込まれる。
そこは重々しく、静寂で静謐が続く神々ですらも侵すことの出来ない暗い食道の様だ。
男は岩の森を照らした紺碧の光を照らし歩んでいく。
時折、巌窟へと出る。元来、そこは雨水が落ち、岩の森へと流れる為の立坑《穴》である。
巌窟を浮上すれば、16区内の地上へと辿り着けるであろう。
「そろそろ上がります?」
「ヴィッパーと言う爺さんの大脳はどの辺りなのだ?」
「16区中心の地下ですかね」
「それならば、このままトンネルを抜けていくのが最も安全であろうな」
2人が会話していると、次の巌窟へと出る。しかし、そこは過去に戦闘があったのか知れぬが、瓦礫に埋もれてしまっていた。
ルートが何かを言いたげにして男を見つめる。
「引き返すぞ」
「その腕の砲撃で破壊することは出来ないんですか?」
「リスクがありすぎる。砲撃により外壁の均衡が崩れ、呑み込まれるか、運良く浮上したところでI.F.Wに崩壊の衝撃を感知される可能性もある。引き返すのが無難だ」
ルートが男を見つめ、ポツリと呟く。
「だからあの時上がってれば良かったんですよっ」
男は鼻を鳴らした。
先程の巌窟へと戻り、慎重に16区の地上へと浮上する。だが、そこは未だ海に沈む底のままであった。
水の天井は、手を伸ばせば届きはしないが頭上のすぐの所にあり、陽光がカーテンの様に揺らめく。
大蛇のI.F.Wに襲われていた時に雷鳴を轟かせていた雷雲は槍に貫かれた様に晴れ、海は凪となり、海中は高く透明に澄み渡っていた。
多少の滓が花吹雪の様に漂っているが、それが海を貫く陽光を反射し、月白《銀に近い》色に煌めいている。
「このまま元商業施設へ入り、進むぞ」
「え〜!また屋内なんですか!」
「ふん」
男は鼻を鳴らして答える。
商業施設へ入ると灰色と黒色、残骸と影ばかりの品々が縦横無尽にのさばっている。それらの誘引になど耳を貸さず、しらでもなく、風でもなく、水を切りながら進むと地下通路へ繋がる階段が現れる。
男はそれを下る。
「また下!」
「………」
好奇の屑すらもない通路を歩んでいると、過去に戦闘があったのか所所の壁は破壊されており、他の地下通路と繋がっていた。それはある種、地下迷宮の様でもあった。
地下迷宮を更に無心で進めば、次第に浸水されていない道へと上がりきる。
どの金属かも知れぬ硬い金属が、仄暗く、陰鬱な硬い通路を断続的にノックする音が響き渡る。
そこは湿度が高く、水が滴る卑小な虫共の楽園だ。
滴る水は、虫共の饗宴の酒盛りであろうか、殻が擦れ蠢く音が、陽気な歌唱となり、狂気は肴となる。
別れを惜しむ様に薫風が正面から吹き込む。
「風が見える」
「お、外へ繋がっているということですね」
楽園を抜けると開けた場所へ出た。
崩壊した天の穴穴から、黄金色をした「狐日和」の斜陽が微かに零れ落ちている。
「……かい」
「…ーダダヨー」
奥から2つの声が薫風に乗り向かってくる。
「人ですかね?」
男とルートは息を潜め、声が在る方へと慎重に近付いて行く。
「も……かい」
「マーダダヨー」
少しずつ、その声声の輪郭が露わになってくる。
「もういいかい」
「マーダダヨー」
更に開けた場所へと入る。
苔の茂った瓦礫と、義体の表皮が晒された胴体ばかりの白銀の人形が、黄金の斜陽を取り込み反射し、霊光《神秘的な光》を放っていた。
それは形容し難く、全ての時を止めたに等しい美しさであった。
白銀の女は、抑揚なき声で問いかける。
その問いが降り注ぐ場に座するのは、質素な支援型人形であり、到底生気など無い軽く機械の声で応じる。
この2つが声の正体であった。
「もういいかい」
「マーダダヨー」
白銀の女はそれに気付いていないのか、関心がないのか、瞳は茫漠の彼方を見つめている。
ルートは男に尋ねる。
「彼女達は何をしているんですか?」
「あれは古代の遊び、隠れ子だ」
「ん?」
ルートはそれについてまた尋ねる。
「鬼は目を瞑り、子が隠れるのを待つ。隠れ終わった子が『もういいよ』と合図をすれば遊びは始まり、鬼が子を見つければ、遊びは終わる」
「そうなんですねえ、では子供が隠れることをしなければ鬼はどうなるんですか?」
ルートは白銀の女を見上げて問いた。
「鬼は目を開くこと叶わず、そこから動くことは出来ないだろう」
犬は悲しげに言う。
「それじゃあ鬼があまりにも可愛そうではありませんか…」
「………」
「果たしてそうであろうか、鬼は人形が答えないことを願っているかもしれない」
「………」
「しかし、あれがどうなるのか少し興味が湧く」
男は白銀の鬼を拘束する人形を、力強く、もう二度と声を出すことの無い様に蹴り飛ばした。
そして白銀の鬼に答えた。
「もういいよ」
鬼の見開いたままの、彼方を見つめた瞳に光が差し込み、その瞳は男を見つめた。
「みーつけた」
女には表情があった。
男は一瞬、魅入る。そして問う。
「俺の負けだ、お前はどの時の程ここにいるのだ」
女は少し空を見つめたが、すぐに答えた。
「三十五億四十九万六千百五十三回目じゃ」
「………」
「それは…救いであったか?」
「絶望じゃった」
「お前は賢き猿か?」
「此方は賢き猿じゃ、じゃが、こなたでは最早どうすることも出来なかったのじゃ、こなたを救ってくれてありがとう」
「そうか、名は?」
「名はない、そなたは?」
「名などない」
「ではそなたがこなたの名を決めてはくれぬか?代わりにこなたがそなたに名を与えよう」
「………」
「良いだろう、お前の名は『ヴィオラ』だ」
「ヴィオラか、ではそなたの名を『ロキ』としよう」
「そうか」
「そなた、生殖器はあるかの?」
「無い」
「こなたも無い」
「見れば分かる」
ルートが照れ臭そうに、焦りながら会話に入る。
つづく
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