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5.矛盾

 トンネルを抜けたところで、江津子が言った。


「なんだ、別に普通のトンネルじゃない」江津子は少し残念そうにそう言う。「もっと禍々まがまがしいものを期待してたのに。優里、気にしすぎなんじゃない?」


 わたしは肩をすくめて江津子に応じる。

 実際、その日の帰り道に、足音は現れなかった。あれが現れてくれれば、江津子にもこのトンネルの恐ろしさがわかっただろうに。


「ま、何もなければそういう感想かもね。わたしだって、朝は平気だし」

「あれ、朝は五十嵐くんと一緒じゃないの?」


 ううん、とわたしは首を横に振り、そして五十嵐くんが答える。


「冴島さん、朝、遅いんだよ。いつもギリギリだから、どこかで待ち合わせは難しい」

「そっか。そういえば、そうだった」とわたしの朝の弱さを思い出したらしい江津子がそうつぶやく。

「朝は明るいし、そんなに怖くもないし。……第一、あの足音って、朝には絶対出てこないんだよね」


 それは、事実だった。

 引っ越してからもう四か月になるけれど、朝に足音と遭遇したことはない。


「やっぱ幽霊は夜に現れるものだから?」と江津子が頬に人差し指を当てながら言う。

「だから、あの足音は幽霊じゃないって」と五十嵐くん。

「でもさ、五十嵐くんの霊感にはこのトンネル、ひっかかってるんでしょ」とわたし。

「まあね」

「……よくわかんなくなってきた。それより、優里も五十嵐くんも、これからヒマなんでしょ。さっきも言ったけど、飲みに行かない? 私、トンネルのこっち側ってはじめてなんだよね」


 江津子はわたしたちに交互に目を向けながら言う。


「どこかいいお店、ある?」


 江津子のその誘いに、五十嵐くんは乗った。

 わたしも、もちろん。


 繁華街の中に、座席が広く、そして座り心地がいいお店があった。値段も手ごろだ。

 突然の飲み会だったとしても、気兼ねなく二時間の飲み放題コースを選ぶことが出来た。


 久しぶりに三人で、仕事や上司の愚痴に花を咲かせた。

 翌日も仕事だったけれど、みんな、それなりにお酒を口にした。

 ほどよく口が回るぐらいになったころ、江津子が言った。


「でもさ、今日のトンネルはちょっと期待外れだったな。優里、あんなのに怖がってるわけ? あなたにそんなイメージ、ないんだけど」

「怖いものは怖いんだから、仕方がないじゃない。江津子だって、毎晩あそこを通ってみればわかるよ」わたしはビールのジョッキで喉を潤すと、言葉を続ける。「でもわたし、近々引っ越そうと思ってるんだよね」

「あ、そうなんだ」と五十嵐くん。

「そんなにすぐに引っ越せるものなの? 普通アパートって、一年とか、二年契約とかじゃないの」と江津子。

「不動産会社と話してみたの。普通はお金かかるけど、同じオーナーの物件が近くにあるから、そこに移り住むなら何とかなるかも、って」

「ふーん。トンネルのこっち側?」


 こっち側とは、職場側、という意味だろう。わたしはうなずく。


「そう。職場まで、歩いて十五分」

「いいね」


 すぐにそう言う江津子に、わたしは笑顔で答える。

 実際、下見をしてもいい感じに思えた。


 しばらく、その新しい物件の様子を二人に伝える。

 オーナーが同じなだけあって、今の物件と雰囲気も似ており、悪くない。

 今より少しだけ職場に遠いし、近くに繁華街もないけれど、あのトンネルを通らないならそれでもかまわない。


 そんな話の途中で、五十嵐くんがトイレに席を立つ。

 すると不意に江津子が、対面に座っていたわたしの肩をちょんちょん、とつついて顔を近づけてくる。


「ね、優里。正直に言ってね。いま、五十嵐くんとどんな関係?」


 どんな関係、と問われて、わたしは少し考える。


 あの日からずっと、ほぼ毎日、どこかで待ち合わせをして一緒に帰っている。

 ただ、それはトンネルを抜けるまでのこと。

 その後は、ごく普通に別れたり、あとはたまに今みたいに、二人で飲みに行ったり。

 本当にただ、一緒にお酒を飲むだけ、だけど。


 この関係をなんというのだろう。

 考えてから、江津子に答える。


「どんな関係って、……同期で同僚だけど」

「ふーん。そうは見えない」


 実際はちょっと違うんだろうな、とわたし自身も思っている。

 わたしは事実、夜のトンネルを恐れている。一人で通行するのは嫌だ。


 だけど、まあ、五十嵐くんと共に帰るようになるまでは、ずっと一人でその道を歩いていたわけで。

 いま、毎日のように五十嵐くんに連絡をし、あるいは五十嵐くんから連絡を受け、そして一緒に帰っているのは、トンネルの通行だけが理由じゃない。


 というのは、もちろん自覚しているのだけれど……、この関係がどうなのかは、よくわからない。

 どう言ったものか、あるいはやっぱり黙っておくべきか、迷っているわたしを江津子がじっと見る。

 その視線を避け、テーブルの上に今言うべき適切な言葉を探していると、やがて江津子が口を開く。


「ま、優里の方は後でもいいや。……ね、私、五十嵐くんの話にも、少し引っかかってるんだよね。矛盾を感じる」

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