エピローグ.恋の思い出の場所
不動産会社を出ると、わたしは五十嵐くんに電話をした。
聞いた話を一通り伝えると、彼は言った。
「そういうこと、だったんだ」
「五十嵐くんの見たのって、たぶん、その幽霊なんじゃないの」
「そうかもしれないね」
五十嵐くんの声は、あまり興味がなさそうだった。
「そうじゃないかもしれない?」
「うん。まあ、どちらにせよ、あまり関係がないよ。あのトンネルはもう通らないから。霊感があるっていっても、怖いものが何でも平気というわけでもないし。……あんなもの見てしまったら、優里と同じようにぼくもやっぱり、もう二度とあそこは通れない」
それから二週間ほど経ち、わたしは新しいアパートへ引っ越した。
五十嵐くんは、荷物の運搬や整理などに、大いに活躍してくれた。
「申し訳ないね。いろいろさせてしまって」
ある程度の整理が済んだ新しいアパートの室内で、わたしは五十嵐くんにそう言った。
彼は額の汗をぬぐうと、わたしに言った。
「大丈夫。今度ぼくが引っ越すときは、優里にもこれぐらい、手伝ってもらうから」
そうしてわたしはあの、気味の悪いトンネルとはすっかり縁遠くなった。
毎日二回、あのトンネルを送っていた日々は、少し懐かしくすら感じる。
最初からどこか気味が悪く、しかも変な音の響き方をするあのトンネル。
何度も怖い思いをして、そうしてそれがきっかけとなって、わたしは五十嵐くんと付き合いはじめた。
ある意味では、わたしたちの恋の思い出の場所ともいえる。
だけどもう、わたしたちは二度とあのトンネルを通らないだろう。
わたしには決して見えないけれど、あのトンネルには今も、おぞましい姿の女の幽霊がいて、まだ捕まらず、罰せられていない犯人を探す恨みがましい目で、行きかう人々の姿を見つめているのだろうから。




