表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/16

12.引っ越し、やめようかな

 二度目の引っ越しをする前に、わたしは迷っていた。


 足音の正体はすでにわかった。

 だから、あのトンネルを恐れる必要は特にない。

 そうして、改めて引っ越しをするのは面倒だ。


「引っ越し、やめようかな」


 五十嵐くんと付き合いだしてから間もない、ある金曜日の夜に、わたしは彼にそう言ってみた。

 給料日後で、懐が普段よりも豊かだったわたしたちは、少し豪華なところで食事をした。その帰り道だった。


 引っ越しを渋るそのわけを話し終えると、五十嵐くんは少し戸惑いながらも言った。


「またダメ元で、不動産会社に話してみれば? ……個人的には、引っ越すことをオススメするけど」

「……わたしがそばに住んでるの、嫌?」


 わたしがそう聞くと、五十嵐くんは手を振って否定する。


「そんなこと、ないよ。むしろ近くにいられた方がいい。だけど……」


 なぜ五十嵐くんが、ためらいながら言葉を紡ぐのかがわからない。


「怖がらないでよ、優里ゆうり」付き合いだしてから、五十嵐くんはわたしのことを名前で呼ぶようになっていた。わたしがそう求めたからだ。「前も言ったけど、あのトンネルには何かがいるんだ」


 わたしはじっとその顔を見つめる。

 そして以前の江津子との話を思い出す。

 幽霊の正体は、わたしへの恋心。


 だけどその考えは間違っていたらしい。

 お互いの気持ちがわかり、そして付き合いはじめた今はもう、わたしと一緒の時間を過ごすためにそんなことをいう必要がない。


「五十嵐くんは、ずっとそう言ってるよね。足音は、ただの音だ。でも、他に幽霊がいる」

「うん。感じないなら、それはそれでいいと思うけど……いるのは、確かだと思うんだ」

「そっか」


 どう反応していいかわからず、わたしはそうとだけ返事をした。

 ついさっきもそのトンネルを通ったばかりだった。

 その日は足音もせず、そしてわたしが他に何かを感じることもなかった。

 五十嵐くんの様子も、普段と何も変わらなかった。


「あ、そうだ。せっかくなら、ぼくにもその引っ越すかもしれないアパート、見せてくれない? ここからそう遠くはないんでしょ」

「いいけど。どうして?」

「だって、引っ越した先の部屋にも、変なのがいたら嫌だろう。優里が苦手な、怖いものが住み着いているアパートだって、結構多いんだから」


 わたしは軽く首をひねった。


「大丈夫だと思うけどな。わたし、霊感ないし」

「だけど、霊感がある人から、大丈夫だと言われた方が安心じゃない?」


 まあ、確かに。


「明日の朝、駅に行く前に少し、そっちに寄ってみようよ」


 翌日は土曜日で、次の日も五十嵐くんとお出かけをする予定だった。


 いいよ、と軽く返事をして別れた後で、わたしは気がついた。

 翌日の午前中に、わたしたちは映画を見に行く予定だった。

 すでにネットでチケットを押さえてあった。

 その映画を見に行く前に、アパートへ立ち寄るとすれば、朝はかなり早めに出発しなければならない。


 わたしは、朝が嫌いだ。

 部屋に戻ってから、改めて五十嵐くんに、明日の合流時間を確認した。

 すると五十嵐くんが提示してきた時間は、普段、職場へ出勤するときとそう変わらないほど早かった。


 五十嵐くんの朝は早い。職場にもかなり余裕をもって到着しているらしい。一方わたしの朝は遅い。

 だけど、もう少し遅くに合流しよう、とはそのときわたしは提案しなかった。

 付き合いたてで、まだそういうだらしない面を見せるのは、少し早すぎるように思えた。

 まあ、五十嵐くんは先刻ご承知のはずだったけれど。


 翌日の朝、目覚まし時計の他に、スマートフォンの目覚ましと、多くの努力を駆使して、なんとか約束の時間に間に合うように目を覚ました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ