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10.あの後、どうなった?

 社内で偶然、江津子とゆっくり話す機会が出来たのは、それから三か月後のことだった。


 わたしたちは所属する課も違えば、働く階も違う。

 何なら江津子のやっている秘書業務は、休日出勤だってありえる。

 時折顔を合わせる機会はあったものの、ゆっくりと話す時間はほとんど取れなかった。


 そのときわたしは、社内で開催された研修に参加していた。

 同年代の人が多い研修だったけれど、五十嵐くんの姿はなかった。

 代わりに、秘書業務をしている人間には珍しく、江津子が参加していた。

 自由席だったその研修で、江津子の隣の机に腰を下ろしながら、わたしは言った。


「なんかすごい久しぶりじゃない、江津子。元気だった?」

「あなたこそ」


 疲れているのか、最初はそんな風に、江津子はそっけなく肩をすくめていた。

 でも研修の合間合間で話しているうち、独特のその調子はすぐに戻ってきた。


「ねえ、優里。お昼、食べに行くでしょ」


 江津子が案内してくれたその店は、かつてわたしと五十嵐くんが共にランチを食べたあの洋食屋だった。

 二人で好きなランチメニューの注文を終えた後、江津子がにやにやしながら聞いてくる。


「ね、優里。あの後、どうなったの?」

「ん? ……ああ、実はね。あのトンネルの足音の正体、わかったよ」


 江津子の聞きたいことはわかっていたけれど、あえてそう、はぐらかしてみせる。

 違う、そうじゃない、なんて言うかと思ったけれど、江津子は意外と、目を丸くして驚いた。


「え、そうなの? 結局、その謎の足音って、なんだったの?」


 最初は興味深そうに話を聞いていた江津子も、トンネルの構造にまで話が及ぶと、呆れたような笑顔を浮かべただけだった。


「なんだ。じゃあ、変なつくりのトンネルと、単なる偶然が生み出した幻想だったわけね。トンネルの足音、っていうのは」

「まあ、そんなところかな」

「そっちはわかったけど、もっと他にも、話すこと、あるでしょ」

「うん」とわたしはうなずいてみせる。別に隠すことでもなかったけれど、もう少し、ひっぱる。「わたし、結局、引っ越したんだ」


 さすがに、江津子が不機嫌そうに目を細める。


「優里、ちょっと見ないうちに性格悪くなった?」

「さあ、どうかな」


 求められてはいないことはわかっていたけれど、わたしは江津子に引っ越しの話をした。


 今、わたしは職場から歩いて十五分の、引っ越し前と似たようなアパートに住んでいる。

 最寄りのスーパーが少し遠かったり、トンネルの向こうほど栄えてはいないものの、それなりに便利なところだ。

 それに、駅も近い。

 半年の間に二度も行った引っ越しの手間と料金を差し引いても、それなりに、納得のいく居住環境を手に入れられたと思っている。


 だから、もうあのトンネルは通っていない。

 注文が運ばれてくるまでそんな話をしていたけれど、最後の方は、江津子はさすがに興味なさそうだった。


「へー、それはよかったこと。……それで? トンネルから離れると共に、トンネルを一緒に通ってくれていた彼からも、すっかり疎遠になってしまったの?」


 その問いに、わたしは首を横に振った。


「いま、わたし、五十嵐くんと付き合ってる」

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