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八月最後の日、大阪でゾンビが出た。

八月最後の日、大阪でゾンビが出た。

男は一人部屋に籠り

死んでいく大阪で、ただ生きていく。


2015年8月30日にツイッター上で放流した不定期連作を修正・改稿したモノです。

2015/08/31:PM

 八月最後の日、大阪でゾンビが出た。

外で仕事をしている時に偶然見かけたので

会社に連絡を入れて体調不良を理由に早退の許可を取り、その足でATMから預金を下ろし

ホームセンターとスーパーを梯子し、タクシー運転手に嫌な顔をされながら

狭い自室を取り敢えず三ヶ月分の物資で埋めた。


 ホームセンターで仕入れた補助鍵を五種類取り付けた頃には、窓の外は日が沈み

その頃にはネットの方はそれなりの騒ぎになっていた。

どうやら日本中で出ているらしく

念の為に玄関に物資を積んでバリゲートにしようかと考えたが

ここは六階、火事でも起きたら出られなくなるので却下する。


 電話とネットが死ぬ前に実家に連絡を入れておく。

どうやら地元では『まだ』そういった事態は発生していないらしいが

楽観的な周囲とは違って、母さんはニュースを重く受け止めているらしい。

自然死からの発生や、遺族への感染

橋をわたって島に逃げ込む者もいるかもしれないので賢明だろう。


『猫達は、どうしようか』という父さんの声が聞こえる。

電話口で一瞬迷う母の気配、直後いつもの冷静な声が

『殺して燃やそう』と錆びたような言葉を吐いた。

『忙しいから切るぞ、生き延びろよ』と素っ気無く言って

『愛している』と映画のワンシーンのような事を、両親が言った。

同じ言葉を返し、電話を切る。

また会える機会があるだろうか?


 手動充電器と、窓に設置したソーラーパネルの角度を調節する。

ソーラーパネルは日が昇るまで効果を確かめられないが、充電器は稼働した。

これで加熱調理を行う器具の使用にも問題はない、ハズだ。

念のため固形燃料等も準備はあるが、使えば減るし火は『怖い』

アレだけ忌み嫌った電磁調理器(IH)が今は有り難い。


 その他色々な必要なモノの点検を終えて、一息ついた時


窓の外、建物の直下で断末魔の叫びが聞こえた。



 どうやら始まってしまったらしい。

此処から先は、もうどうにも成らない事ばかり起きるだろう。

意図してペースを抑えて、卓上灯の明かりで今日大量に買った書籍を大事に読み始める。

内容は、何故だかまるで頭に入らなかった。



2015/09/01:AM

 結局一睡もできなかったが、不思議と疲労感は薄かった。

日付が変わるくらいまでは交通事故が頻発し、警察・消防の車両が走り回っていたのに

日付が変わると、そういうものがピタリと止んだ。

警戒していたのだが、同じ階の隣人が帰宅した気配もないようで

午前七時現在、大阪は珍しく静かだ。


 水道水は『まだ』綺麗だが、念の為に沸騰するまで加熱してから使用する。

ヨモツヘグイ(水感染)こわいもんね?(まだ備蓄の水を使いたくない貧乏性とも言うが)

熱消毒で殺菌出来なかったらどうしようもないが

そのレベルの場合は多分、何をしてもダメだろう。

雨が降っても湿気で死ぬ


 うとうとしていたら、電話が鳴った音とバイブで飛び起きる羽目になった。

慌てて画面を確認すると会社や取引先、大阪の友人・知人からの着信が300件を超えていてドン引きする。

緊急時には電話連絡を控えるというのは常識だと思うのだが、そんな余裕は無かったらしい。

社用のSNSの方に部長から『無事なのか』『出勤するな』『✕✕✕✕✕』と


遺言、遺言の様な物が――――



2015/09/01:PM

 気がついたら、夕日が沈み始めていた。

今日はソーラーパネルのチェックをするハズだったのに

足元が崩れる様な感覚とともに襲ってきた眠気と、虚脱感に抗えなかった。


 夏なのに、部屋の中がやけに寒く感じた。

無性に部屋の外に出て会社に行きたい。

自分の中に、こんなに社会に対する執着があったのかと笑った。

糞ったれ。


 外に、出たい――。

かくれんぼで『誰にも見つけてもらえない』時の、幼い居心地の悪さと癇癪の様な衝動に耐える。


 深呼吸し、タイトルも思い出せない映画の行動をなぞる。

玄関の扉に風呂場の鏡を張り付け


『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』という陳腐な文言を殴り書く。

下手な字だ。


電池を新しくした時計が日を跨ぐ。

最近改まっていた生活時間が、夜型に急速に切り替わっていくのを感じる。


扉の外は、信じられないほど静かだった。



2015/09/02:AM

 この部屋の新たな生命線を紹介しよう、冷蔵庫の『二鳥くん』だ。

お値段以上の方ではなく工業の方だ、どうでも良いけれど。

正直、彼の優れたところは少ない。

意外と煩いし、大した量を冷やせるわけでもない。

新品なので独特の匂いがするし、全体的に作りも安っぽい(コレでも一番高いモノを選んだ)。

だが、彼には他の冷蔵庫には無い素晴らしい所が有る。

『バッテリーで稼動する冷蔵庫』この一点で、彼の存在はこの部屋の物品の中でも最上位に位置する重要性を発揮する。

昼間チェックできなかったソーラーパネルは問題なく使えた様で

つないだバッテリーは二鳥くんを動かしている。


 正直、安心した。

これで当分は大丈夫だと、少なくとも最低限の生活は送れる。

いつまで電気が供給されているかわからない環境で、コンセントに依存する生活は正直ゾッとしない。

六階とは言え、それなりの日照量しか得られないのが怖いものの、

ソレでも『電気が得られる』のだから、大きい。


 安心したら空腹を覚えた。

考えてみると二日近くロクに食べていない。

食欲と言うのは基本空気を読まないが、ここまでかなり頑張ってくれた方だろう。

少し考えて、バッテリーの容量チェックも考えて炊飯器を使ってみる

実家の米(有難い事に無洗米精米)を一合、気分がピリピリする。


問題なく、炊けた


涙が出た。


 こんな事ではいけない、まだ、まだ、弱くなってはいけない。

視界の端で、テレビやネットのニュースは酷い有様だった。

どの局も番組を通常番組を流していないし、タレントや芸能人・キャスターや司会者があまり出演していない。

テレビの音を消して塩気の強い保存食と干し葡萄を口に入れる。


時間が重い。


 脳に栄養が回った事で、思考がいくらか回復する。

弱気は大部分が去り、身体が活力を取り戻す。

頭の中の重要事項メモを参照して、幾つかの事を実行に移す。

インターネットが生きている内にやる事があった。

SNSやメーリングリストを使って、友人知人全てに

『籠城』を薦めた、遅いが…


 もっと早く、こうしようかという発想は有った。

だが、一日を様子見に使った結果が今だ。


『収束するのではないか』

『大げさだと、逆に楽観を招くのでは無いか』

『押しかけて来られるのではないか』


 理由は色々有るが、結局の所自分を優先した結果だ。

部長も助けられたか?わからない。


 返信は有った。

殆どは『避難所にいる』との事で、強い吐き気を覚えた。

『出来れば離れろ』と薦めた、間を開けずに

『どうやって?』と返された。

『何故?』ではなく『どうやって?』と返された。

どうにかしてやりたかったが、何も出来ない。


 知人達との遣り取りと平行して、使えそうな情報を片端からSDカードに放り込んでタブレットで閲覧できる様にしていく。

これは急務だ。

ネットが死んだら出来なくなる。

雑多な種類の医療知識から、買い集めた物資・保存食の加工や活用法。

使えそうな知識を片端から詰め込んでいく。


 アレもコレもと手を伸ばしている内に、総毛立つモノを見つけた。

翻訳ソフトを頼りに海外のフォーラムを覗くと

世界中から声なき悲鳴が書き込まれている。

あらゆるスレッドは助けを呼ぶ言葉で埋め尽くされ

動画投稿・共有サイトは削除が追いつかないのか

そんな事をしている余裕もないのか、地獄と化していた。


 慌ててテレビの音量を戻し、報道特番を注視する。

消極的で、曖昧に『事態は沈静に向かっている』と連呼して

気付けば犠牲者数や、日本全体・世界の情勢はまったく情報が無い。

気付かなかった、気付きたくなかった、日本だけじゃ無かったのか

状況は思ったよりも悪くて、最悪より更に悪い。


 作業は続けた。

知識はいくらあっても足りない。

救いが来るのは早くても数カ月先、或いはもっと、最悪来ない。

たった二日で世界は結構駄目になっていた。

思っていたよりペースが早い、誰が、何が、どうして。

いくつかの国は完全にネットを遮断しているらしい。

『軍』という情報も多い。


 古巣(自衛隊)を思い出す。

同期と連絡を取りたかった。

きっと彼らは今も動いているか、動こうとしている筈だ。

彼らの保護を受けたかった。

それでも『不特定多数とともに居る』という、現状最悪の状況には陥りたくない。

それだけは無い。

いくらそれが、甘美な安心でも。



2015/09/02:PM

 日本の掲示板と合わせて、初めて海外フォーラムに書き込んでみた。

向こうが日本語を解るかは不明だけど、幾らかの評価が得られた。

結果、いくつかの情報が得られた。

矛盾する情報も多いが、少なくとも概ねは欲しかった情報が揃った。


感染経路と、辿れる限り最初の症例が発生した場所だ。


 今年の始めに、インド北東部で原因不明の神経症が流行し

それなりの数の犠牲者が出ていたというニュース記事が引用されていた。

犠牲者の多くは子供で、死亡者のピークは六月。

平行して世界中で類似した症例が報告されていた。

随分急な話だと思ったが、現地民曰く実際はもっと古い話らしい。


『蚊が出たのが最悪だった』と、彼(彼女?)が書き込んだ後

スレッドの進行が、数分間完全に止まった。

世界中で数千人が窓を閉め、殺虫剤を噴霧したのだろう。

ウチでもやったし、拡散した国内のフォロワーや友人知人

そして実家の家族もそうしただろう。


最悪、最悪だ、本当に最悪だ。


 インドの雨季は八月らしい、結果として目も当てられない有り様になったそうだ。

翻訳ソフトが訳しきれない部分は推測が交じるが

彼(彼女)の精神状態は非常に不安定で

『家族だったモノ』に襲われた経緯と、呪う言葉が綴られていた、全てを。


 正直、彼(いい加減性別を聴いてみようか?)には悪いが

インドの惨状には、同情よりも怒りが勝った。

『世界唯一の被爆国』の国民が言う事ではないが、許されるなら核ミサイルでもブチ込んでやりたかった。

今やっても遅いが、去年くらいにやっていればと思わなくもない。


 発言を投稿せずに書いては消し、書いては消ししていた時

他の人が彼女(プロフィールによると女性だったらしい)に

『現地では対処しなかったのか?』と、強い口調で訪ねていた。

インドの彼女はしばし沈黙してから

『信じないかもしれないが』と前置いて


『犠牲者は米軍基地が保護した』と発言したきり、何の反応も示さなくなった。


 指先が冷たくなっていく感覚を、日本の掲示板の書き込みが引き戻す。

有料会員が使う(あまり使用しない、好まれない機能筆頭の)太い赤字で

『八女市の避難所で暴動!!』の文字を見て、自分が嗚咽しているのにようやく気づいた。

走っても居ないのに息が切れる、寒い。

何処かへ逃げたい。


 パソコンの電源を切って、暗い部屋の中で延々と木刀を振る。

汗が流れて、自分の呼吸と心臓の音しか聞こえない。

何も聞こえない、何も聞きたくない。

消えてしまいたい。



2015/09/03:AM

 汗の水溜りの上に倒れこむ程疲れた頃には、日が登り始めていた。

篭った空気を換気したくて、窓を開けようとした時


『蚊が出たのが…』という書き込みを思い出して、尻餅をついた。


窓が、怖い。


 雑巾を使って床の汗を始末して、部屋中の換気扇に網戸シートを三重に貼り付けていく。

玄関の僅かな隙間にも、目張りする様に

万が一、蚊の侵入経路に成りかねないと思うと、そうせざるを得なかった。

窓も開けた時に使える様に、工夫して、シートを加工していく。

怖くて開けられないが。



 近くで音がした。

今の音は何だ



隣の部屋に、誰かが入った。


物を壊す音が続く


 声には聞き覚えが有った。

部屋の主…隣人が『帰ってきた』?

もしかして無事?

泣き叫ぶ声が聞こえる。


 壁に耳をつけ、嗚咽に耳を澄まして息を殺し、様子を伺う

立て続けに物を壊す音、延々と壊していく。


『かまれた』と聞こえた


 漏らした。

今日は朝から、本当に酷い日だ。



 あああああああああああああああああああああああああああああ…………



 隣室が静かになった。


 嗚咽が聞こえる。


 昨夜、ネットで仕入れた情報に拠れば

アレらに『噛まれた』人間が変わってしまうまでの時間はかなりの差があった。

幾らかは誤情報としても、映画の様に『噛まれて数秒~数分』で変わる様な事はない、らしい。

全ての情報を参考にするなら、変わるまで最長五日

最短でも二日。


 最短で二日、彼の気配を感じながら部屋に居られるだろうか

顔見知りで、ほぼ毎朝挨拶して、年始の挨拶なんかも交わした相手だ

耐えられるだろうか


彼を『始末』できるだろうか?


 無理だ。

彼の気配に耐えるのも、彼の横で生活するのも、彼を『始末』するのも

全部全部なにもかも全て無理だ。

だが、彼に『隣室で死なれる』のも困る。

衛生が致命的に悪化する可能性がある。


 物音を立てないように、遮音性に優れたイヤホン(遮音性が高すぎて部屋の外ではとても付けられない。一万円以上したのに)を耳に押し込んで

思考を放棄して眠りについた。

睡眠は必要だ。

何をするにしろ、()()するなら…夜だろう。

未だ重く残る素振りの疲労は救いだった。



2015/09/03:PM

 完全に日が沈んでから目が覚めた。

ココしばらくの健全な昼型生活は見る影もない。

薄暗い室内の中で、馴染んだ眼が蛍光グリーンの非常灯(有事の際の為に部屋中に複数設置)の淡い光を捉えて

現在時刻と部屋の状態を把握する。


午後23時、隣室は静かだ。


 着替えて、靴を履く。

靴紐は硬く、二重に纏める。

木刀と悩んだが、手には実家から持ってきた鉈を提げている。

災害時の備えだったのに、まるで笑えないハナシだと思った。


 足も腕も、鉛の様に重かった。

音を立てないように留意した結果、着替えて靴を履くだけで30分以上かかった。

玄関のドアスコープ越しに外を見ると、電気と設備が生きているのか

18時以降自動で灯る電灯が点いていて、六階の廊下は昼間の様に照らされていた。


 鍵を開けていく。

後五個


 呼吸は静かで、適度に落ち着いている。

後四個


 道場にいた時に近いだろうか、これから『体を動かす』準備は出来ている

後三個


 玄関の扉に貼り付けた鏡に自分の顔が映る。

涙と鼻水と、寝ている間に吐いたのか、吐瀉物に塗れて酷い顔をしている。

後二個


『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』

後一個。


鍵は、全て開けた。


 当然ながら六階は静まり返っていた。

フロアの東西にある窓は締め切られていて、防火扉も施錠されている。

防火扉を除けば唯一の出入口であるエレベーターは、隣人が操作したのか十階に登っている。

これなら、一階からアレらが登ってくることは無いだろう…恐らく。


 部屋の中にあった空のペットボトルを二本、玄関の隙間から壁に向けて投げつける。

隣人が音に反応するなら、無視する事は無いだろう。

しばしマヌケな音がして、六階の廊下に静寂が戻る。

隣人の気配は無い。


 今度はガラスのコップを投げる、砕ける音

隣人の気配は無い。


「✕✕さん、いますか」別人のような声が出た。


「✕✕さん、いますか」まるで別人の様な声だ。


「✕✕さん、いますか!」自分の口から出ている声とは思えない。


「✕✕!!✕✕!!いるのか!!」電話越しに聴いた母の様な錆びた声だった。


 六階の廊下に踏み出した。

空気が粘質で、ぬるく感じられる。

鉈の柄が指に張り付く感覚だけが冷たい。

フルタングから露出した鋼材が指に触れてひりつく。

ドライアイスの様だ。


隣室の扉は開け放たれていた。


 隣室に侵入(はい)る。

靴は脱がない。

間取りは同じだった。


 電気はつけっぱなしだった。

何もかもが壊されて、そう多くない家具は全て床に倒れている。

食器は砕け散り、雑誌は引き裂かれて散らばって

砕けた薄型テレビにはレコーダーが突き刺さっていた。


全開になった窓の両端で、らしくないくらい可愛らしいデザインのカーテンが揺れていた。


『旅行が趣味だ』と言っていた気がする

実際、長期の休みの後には海外のお土産を貰ったりした。


 ある日、真夜中に情けない悲鳴が聞こえて

慌てて様子を見に来たら人生初の自炊を試みて、そのまま冷蔵して忘れていたという生肉が

冷蔵庫の中で緑色になっていて、隣人が腰を抜かしていた。


『ダメな奴だなぁ』と笑ってしまった記憶がある。


「旅行の費用を貯めるのに、食費を減らそうと思って…」と

「慣れないことをするもんじゃないですね」と

こちらより歳上なのに、恐縮して、バツが悪そうにしていた


人の良さそうな、あの笑顔を覚えている。


窓に近づくのは怖くなかった。


 何もかもが砕け散った部屋の中を、コレ以上なにも壊さないように歩いて

腰から下げたマグライトで窓の外を、『下』を照らした。


 ベランダのない、大開きの窓の下で

アレらの群がる中心で

約18m下のアスファルトの路面にこびりつく様に

✕✕(気の良い隣人)』がひしゃげていた。


 この国では『遺書を遺さない自殺は自殺に成らない』と聞いた事が有る。

この部屋の中には、そういった物は一切なかった。

PCは無く、スマートフォンは壁に投げつけられて起動しない。

ただ、ひとつ。


 ひとつだけ、不自然に綺麗な部屋の片隅の作業机の上に

『ロンドンの歩き方』という付箋まみれのソフトカバーが、やけに大切そうに置かれているのを見つけた。


その後、隣室の腐りそうな物を全て処分して、衛生上の問題が発生しそうな危険性を排除した。


 迷ったが、窓は締めた。

その方が良い気がした。

日が昇る頃には✕✕の残骸はあらかた咀嚼され尽くしていて

損壊具合から、歩き出す様な事は無いだろうと判断した。


そう、信じた。


 今は自室に戻って『ロンドンの歩き方』を読み進めている。

付箋は有名な観光スポットや歓楽街では無く

どちらかと言うとマイナーな、小さなジャズバーや趣のある古い住宅地

そこに隣接した市場なんかに集中していた。



2015/09/03:PM

『ロンドンに住んでる人、いる?』

 >>『いるよ』

『まだ生きてる?』

 >>『なんとかね、そっちは?』

『今日は大丈夫。明日も、多分。』

 >>『そっか、頑張れそう?』

『うん、ところで606クラブってまだある?』

 >>『行ったこと無い』

『オィ、現地民』

 >>『ハハハ』

『なぁ、機会があったら案内してくれないか?』

 >>『僕で良いの?』

『縁って大事だろ』

 >>『縁って何?』


「縁っていうのは…」

人の良い笑顔を思い浮かべて、悔しがるだろうかと思いながら

「知らない人に挨拶したりする事、かな」

最初に声を掛けられた時の様な、今では苦い思い出を

まだ真新しいソフトカバーを撫でながら。


 >>『アイサツ!?ニンジャ!?』

『台無しじゃねぇかッッ!!』

 

 バイオハザード(世界の終わり)、三日目。

人類はまだ、生きる事を諦めてはいない。



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― 新着の感想 ―
[一言] なんども読み返してるんですが、この作品は世界としてはどこまでも殺伐と乾いてるのに主人公がどこまでも「比較的冷静だけどどこまでも感性が普通の人」なので読後感はひたすらウエットなところが良いんだ…
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