不思議な夢
楽しんで頂けたら嬉しいです。
あ、またあの夢だ。まどろみの中そう思った。
どこかの広い草原に自分は立っている。巫女のような白い服を着ていて、くるぶしのあたりをそよ風が遊ぶように揺らす。すると、どこからともなくいつもの女の声が聞こえるのだ。
『リン、還っておいで・・・。あなたは大切な子。あなたは光。あなたは希望・・・』
リンはこの声を聞くとなぜか切ない気持ちになって泣きたくなる。郷愁とでもいうのだろうか。遠くで迷子になって途方に暮れているような。
しかし、夢の余韻を引きずりつつも、強引に目を開ける。
「いつもながら、自意識過剰な夢ね」
目を覚ましてしまえば、そこは見慣れた古ぼけた天井。周りを見回せば自作のパッチワークキルトのベッドカバーがお気に入りの自分の部屋だ。
うーんとのびをしつつ苦笑する。
「実際は、しがない薬屋なのにね」
リンは独りごちながら、顔を洗い、手早く着替えると生活スペースである2階からトントンと階段を降りて行った。一階には祖父が残した薬屋があり、その奥には裏口に続く台所と古い食卓がある。
だけど、リンはこの食卓が大好きだ。樫の木で出来ていて、その傷一つ一つにさえ亡き祖父との思い出が詰まっている。
「さて、朝ごはんは何にしようかな?」
裏口から出ると、ささやかな菜園がある。柔らかなルッコラや、水菜が元気に育っている。真ん中あたりでは、今が旬のキュウリやナスやトマトが実をつけ、端っこの方には、東から来た商人にもらったシソや花も可愛いキクが植わっている。
リンは、ナスとトマトを収穫すると、葉物を何枚かちぎった。
「野菜スープよね~」
貯蔵庫のベーコンも刻んで、採れたて野菜とスープにする。グツグツおいしそうな音と匂いをたてはじめたお鍋の様子を見つつ、炙った黒パンにチーズをのせると、リンのお腹もぐーと鳴った。
「おまえ、派手に腹の音鳴らしてんじゃねーよ」
幼なじみのアルだ。からかうような笑みを黒い瞳に浮かべながら、菜園を横切って、大股でこちらへやってくる。
「そっ空耳よ。それにしても、いつも絶対ご飯時にやって来るわね」
リンは恥ずかしさをごまかす為に、ツンとイヤミを言った。プイっと怒ったふりをするリンの金色の長い髪がそれに合わせてゆれる。しかし彼女の水色の優しげな目はちっとも怒ってはいなくて、アルをホッとさせる。それが嬉しくてまた、可愛くてつい調子にのる。
「ふーん、空耳ねえ」
ニヤニヤしながら、リンを眺める。わざと覗き込むように目を合わせると、たちまち耳まで赤くなる。独りで薬屋を営むしっかり者だが、まだリンだって16才のお年頃なのだ。
「いじわる言うなら、もう帰ってもらうから」
むうっと言うと、アルは笑いながらごめんと謝った。
「まあ、機嫌直せよ、これ好きだろ?」
アルは抱えていた紙袋をトスンとテーブルに置く。
どれどれと、中を覗き込んだリンは満面の笑顔になる。
「わあ!こんなに桃がっ」
袋の中の甘い香を楽しむように胸いっぱいに吸い込んで嬉しそうにこちらを見たリンに、どうよ?とばかりにアルは片眉をあげた。
「当然朝飯は招待して頂けるんだよな?」
「もちろんでございます。ささどうぞこちらへ」
リンはそそくさとアルの為に椅子を引いてあげた。アルはこの上なく優雅な所作でその椅子に腰掛けた。
二人は、向かい合って朝ごはんを食べはじめた。リンの家のささやかな朝ごはんに、さっきの桃も切って添える。それらを綺麗に上品に食べるアルを眺めながら、ああ、やっぱり王子様なんだよなあ。と、リンは思った。