間章・裏街の集い
なろう秘密基地の感想依頼、再開いたしました。
大和地方・大和市・とある料亭―――
「滝沢様がいらっしゃいました」
目の奥に、針で突かれたような鋭い痛みを感じながらカンパニー・滝沢部長はその料亭に足を踏み入れた。
ここ一週間ばかり数時間程しか寝ていない。
身体の不調も当たり前のことなのだが、だからと言って仕事を止める訳にも行かないのだ。
半年ほど前に結婚した年若い妻と結婚した際の契約。
必ず出世し、大金を稼ぐこと……そうでなくば離婚だと。
何もかもが税金として持っていかれるこの時世では、所帯を持つなど限りない贅沢だ。
妻がいると自己紹介しただけで見ず知らずの人間に軽蔑される。
分相応な豪邸を建てたように。
だがそれでも、安息が欲しい……滝沢部長は鈍る頭を振って今日の会合に臨む。
「何のために、カンパニーの中堅幹部たる私を呼び出した、薬研……」
上座に案内された彼は、どこまでも威圧的に下座に座る二十代半ばから三十ほどの大男に此度の会合の意味を問いただす。
身長は二メートル近い……筋骨隆々とした体格に、豪放そうな面構え、右頬から額にかけて抉るような傷がついているが、それが逆に歴戦の戦士の風格を漂わせる。
額には小さな角……異世界人が何百年も前に配下とするべく調教した鬼族だ。
「こんな遠いところまでご足労頂き、ありがとうございます……今宵はどうか、この薬研藤四郎の男にしていただきたく……」
大男……大和大宰府の四将軍の一、薬研藤四郎が奇妙な敬語でへりくだる。
和人の教育を受けるも、所詮は小鬼の親戚たる鬼族、人の真似事をしても猿真似にしかならない。
しかし、その健気さが滝沢の自尊心を微妙にくすぐったのか、彼は目に見えて機嫌がよくなった。
座ると同時に配膳された、徹夜同然の日々で衰えた胃袋に優しい、鮭の三平汁が気に入ったこともある。
「して、俺に何の用だ……確かに俺はカンパニーでもそれなりの地位だが、黒須代表にお見えできる立場にはないぞ……まさかあの件だけの例ではあるまい」
「それは……」
ゆっくりと食事でもしながら、とでも言いたげな薬研を、しかし外からの怒声がかき消す。
薬研の額が僅かに痙攣したが、それに滝沢は気付かない振りをした。
「よう……遅くなったぜ」
「河野様がいらっしゃいました……」
現れたのは、眼帯をした四十ほどの粗野そうな男であった。
整えられた髪に、洗いたての着物。
だがその酒で赤く染まった目、根の部分が黄ばんだ歯、何よりも身体全体から漂う戦血の匂いが、彼が尋常な人間ではないと証明していた。
戦場にあまり出たことのない滝沢でさえも、獣じみたその印象に思わず、吐き気を催す。
なればこそ、武人である薬研はそれ以上の不快を感じているのだろう……が、彼は身じろぎ一つしない。
滝沢は、自分がもしかや場違いな場所に来てしまったのかと、怖気を感じてしまった。
「斬れる女が欲しい……いや、幼いなら男でもいいな」
ぶしつけに物騒なことを言う眼帯。
何者かと訝しむ滝沢に、薬研は短く眼帯の本名を告げた。
「河野……河野彰の兄上だと!!」
七年前の異世界より召喚された、「栄光の十二人」……そのリーダー格である河野彰の名前は勿論知っている。
最高クラスの権能である「祝福」を持ち、僅か数年でムスペルハイム教国の最高幹部……スルト教王の側近にまで上り詰めた神童。
永遠の十七歳。
カンパニーも、彼の事は重要視しており、客将という形で優遇している。
つまり何の仕事をしなくとも、高い地位と高額な給与を与えると言う……ある意味、代表以上の好待遇を与えているのだ。
「お近づきになれて光栄です……ぜひとも弟様にお会わせください」
先程の薬研と同じく、微妙に間違った敬語で滝沢は河野兄に縋りつく。
河野彰は、和人にとっては神の座に辿り着いた天使のような存在なのだ。
何としても気に入られ、自分も天空に招いて貰わねばならない。
自分のためにも、家庭のためにも。
だが河野兄は、滝沢を汚物でも扱うかのように跳ね飛ばす。
転がり、テーブルに額をぶつけて、血を流す滝沢だが、媚びるような笑みは張り付いたように消えはしなかった。
「薬研……手前、ほとんど毎回こんな奴ばかり連れてきやがって……だからあんなちんけな鉱山を制圧するのに、手傷を負って一月もまともに動けなくなるんだぜ!!」
「……」
もはや河野兄は滝沢を見てはいなかった。
常日頃から舎弟扱いしている薬研藤四郎を、八つ当たりのように怒鳴り散らす。
薬研はそれに委縮……せずに、また始まったよ、とでも言うように呆れた顔を見せるが、河野兄はそれに対し別に怒る様子は見せなかった。
「敦さん……あんたの求めでこの場を用意した面もあるんだぜ……」
「けっ、分かっている……」
悪態をつきながら、河野敦は滝沢に向き直る。
ほとんど召使いを扱うように彼は言い放った。
「斬れて抱ける女を、幼い男を三桁用意しろ……そうしたら弟に会わせてやる」
「なっ……バカな!!」
滝沢は腰を抜かした。
こいつは何を言っている?
斬れて抱ける……ようはなぶり殺しできる人間を用意しろ……滝沢に三桁の間接的殺人をしろと言っているのだ、この男は。
「嫌ならそれでお終いだ……いいのかお前……なんでも香具山では大失態をしたんだってな」
「……」
「昨今では、若い女は同じ体積の金貨よりも価値がある……だいたいが、金持っている奴が愛人として買い漁ってしまうからフリーは数が少ない……お前の奥さん、稼ぎの悪いお前に見切りをつけて今頃は別な男に目をつけ……」
「何を、うちに限って……」
思い当たるフシがあるのか、渋面を浮かべる滝沢部長に河野敦は気を良くし、悪魔のささやきのように耳元でささやく。
「女は馬鹿だからな、時世の変化なんて分からない……収入が減ったのは国が傾いたからではなく、旦那の失態としか考えられない……だけど可愛い女房なんだろう?」
それがトドメとなったのか、滝沢はバネ仕掛けの玩具の様に起き上がり、まっすぐに敦に視線を突きつける。
「若くて綺麗な女ならば……なんでもいいのか」
「和人でも、ムスペル人でも、妖でも鬼でも魔族でも使鬼でも構わないぜ……俺は現代日本人だ……種族で差別するような価値観は持ち合わせてないぞ」
敦の答えに満足したのか、滝沢は喜色満面ですっ、と右手を出す。
握手を求めているのだ。
それを、河野敦はがっしりとした手で掴んだ。
「商談成立ですな」
「くっくっく……頼むぜ、今は殺しだけが俺の愉しみよ」
身体の底からあふれ出る活力に突き動かされるように、滝沢は立ち上がり、料亭から出て行こうとする。
それを薬研は慌てて止めに入った。
「おいおい、滝沢さん……例の件がまだだぜ」
「そうだったな……だがあまり意味はないぞ」
「何……?」
薬研は、先日鉄仮面として香具山鉱山で傭兵として帝乃槍に雇われていた。
そこで干戈を交えた、オルトリーネと名乗った割烹着アサシンについて、彼は滝沢に調査を依頼していたのだ。
何十体もの式神を操った白札士も脅威と言えば脅威だが、何十人分働く式神使いと考えればそれほど奇異な存在ではない。
人が多ければ再現できるものだ。
逆に音もなく忍び寄り、件の白礼士と完璧に連携を取ったあの少女の方を薬研はより危険と判断していた。
あれは何十人も人がいればできる事ではない。
数では補えない能力……それは恐ろしいことだ。
「オルトリーネたる者は確かにカンパニーに所属していた……だが何年も前に行方不明になっている……そしてつい最近、処刑された」
「処刑……奴がか」
薬研は驚くが、滝沢は河野敦の求めを叶える事しか興味がなくなったのか、大して不審には思わなかったようだ。
「詳しい事情を教えてあげたいのだが、オルトリーネはあの雪兎の管轄のため、俺の権限ではこれ以上は調べられない」
雪兎とは栄光の十二人と共にこの世界に召喚された一組の親子の一人だ。
特に優れた権能もなく、それ故に影の薄い存在ではあったが、現在第一王子ヴェンツェルの配下に居り、王子はカンパニーと対立している故に、カンパニー幹部の滝沢では接点がなかった。
勿論、彼が雪月・使鬼シラユキの兄であることも知らない。
「そうか……それならば仕方がないな」
どうにも納得しがたい薬研。
滝沢はそんな彼を無視して、料亭を出て行った。
鼻歌を歌い、スキップしながら歩くさまは、ある種の薬物中毒者を思わせるほど軽やかであった。
「薬研……奴の神経はギリギリまで引き絞られている……あまり信用できないぞ」
「そ、そうだな……別方面でもオルトリーネに関して調べておくか」
「手伝うぜ……お前は俺を敦と呼ぶ数少ない知人だからな」
その後の宴会は静かに、和やかに進んだ。
話題は他愛もないことから始まり、この大和地方で、カンパニーの懲罰訓練が行われていることに繋がる。
大量の成績不振のカンパニー社員、そして戦闘能力不振の使鬼が訪れる情報を彼らは共有する。
なるほど、滝沢の狙いはそれか。
二人は得心が言った。
上の者の戯れで下の者が生死を分けられる……そんなことは、この世界では常識であった。




