我、復讐を愉しむ
カンパニー本部・使部課第三十八支部―――
「そうだ……巫女である陽菜には、代表及びその関係者に対する「攻撃不可」の設定が付与されている」
香具山での攻防戦の翌日……なんと俺は即座にカンパニーへの帰還を命じられた。
さすがはブラック・カンパニー……社員を消耗品程度にしか考えていない。
休憩無し、休暇無し。
リーネが、いろいろ誤魔化してカンパニー本部への到着を二、三日遅らせてくれなければもしかして俺は死んでいたかもしれない。
戦場で生き残った人間が、過労死で死ぬとかあり得ないでしょう。
そしてカンパニー本部に着いた俺は、ちょっと来てくれとリーネに呼ばれて何らかの研究室に呼ばれていた。
ちなみに陽菜は破壊された分の式神の増産のために欠席だ。
俺が泣きわめている間にあちらで何があったかは知らないが、ゴブリンの集団をジェノサイドしたあの式神軍団が八割消滅とかマジで恐ろしい。
その場にいなくて良かった。
「カンパニーにとって巫女の育成は、社運をかけた一大事業だ……手間暇かけた巫女が会社に仇すことがあっては困るからな」
俺の目の前には、あの蘇った時に初めに会った白覆面。
胸元のネームプレートには、立花と書かれているから、多分名前はタチバナ。
そいつは深刻そうな顔をした陽菜の事を喋っている。
そして立花よりも、さらに深刻そうな顔のリーネ。
なんとなく嫌な予感がするから俺は黙って聞いて置く。
……なんで俺が呼ばれたか分からないが。
「じゃあ、陽菜はそいつらには絶対服従ってことか……」
「いや、代表に対してはどうか分からないが……その友人らはそこまでの強制権は持っていない」
「本当か……」
「友人とていろいろな人物がいるからな……任命当時には良好な関係を築いていたとしても、その後に仲が悪化する場合もある……巫女に対して高い命令権があると最悪、逆恨みの果てに代表を害せと巫女に命令する可能性がある」
立花の話を総合すると、陽菜……役職は巫女さん?には、黒須代表とその関係者には逆らえないらしい。
なんとも酷い話……。
こんなこと聞いたことが……。
ようは上司はパワハラし放題だけど、部下はそれに反撃してはダメってことか。
あれ……おかしいな、いったい何が非道なのか分からなくなってきた。
話が進むたびに顔がどんどん陰気になっていくリーネが無性におかしくなってくる。
君……社会ではありふれた事だよ……なんか嫌な大人みたいだな。
「でもよ……そうしたら陽菜はあの鉄仮面に対しては今後も攻撃不可てっことか」
「そういう訳でもない、お前の言う鉄仮面……心当たりがある、まず間違いなくあの男だろう……奴は代表の友人などではない、恐らく例のペンダントを買い取ったか奪ったか……何らかの方法で友人に成り代わっただけだ……時間がかかるが、奴を友人リストから外すことは可能だ」
「奴は一五三番と言っていたぜ……」
「番号まで調べたのか……それならば即座に解除可能だ」
俺が何も口を挟まない間に、話は大方終わったようだ。
はあ……終わったか。
じゃあ俺は、もう戻って寝よう。
と……俺が思い始めた時、白覆面・立花が俺を覆面の隙間から覗く、加齢か不健康か、黄色がかった目でじろりと睨む。
……もしかして初めて俺の存在に気付きましたか?
「シラユキ……」
奴は何事かムゴムゴと口の中を動かしたのち、どこか不機嫌そうに口を開く。
「重大な事実を突きつけられる可能性が怖くて、付き添いを呼んだか」
「はっ、違うし……何を言っているんだよハゲ!!」
途端に怒り出すリーネ。
今にも飛びかからんばかりのその形相は、本心がどうあれ図星を突かれたようにしか見えない。
「じゅうような情報は仲間内できょうゆうした方がいいだろう!!」
「舌噛んでるぞ」
至極まっとうな事を言うリーネを孫を揶揄う爺さんのように揶揄う立花。
そしてひとしきり揶揄ったあと、立花は突如として顔を改め、怖いぐらいの目付きで一枚の紙を取り出す。
そこに書かれていた内容を見たリーネが、苦虫を噛んだ様な顔をする。
どうにも良からぬ内容なようだ。
「今回の香具山での一件……代表はまったく褒められたものではないと、お怒りだ……よって懲罰を兼ねて大和大宰府で軍事訓練および無給での強制労働……これは代表命令だ」
死刑判決をするような、大威張りの立花だったが……俺としてはだから何……と言う気持ちの方が強い。
元々使鬼の俺は無給だし。
強制労働とは逆に言えば労働させることが目的だから、見方を変えればどれだけヘボな成績でもペナルティはない。
クビになる訳でも減給(そもそも無給)される訳でもない。
軍事訓練といったって、苦しめることが目的だから、殺したり障害が残るようなことはしない……多分。
つまりは……。
(今度こそ、休暇が貰えるということだな)
適当に労働して訓練受けて、ダラダラ過ごせる素晴らしい環境。
もしかするとこのカンパニーはホワイトなのかもしれない。
だって定期的に休暇が入るし。
どんなにヘマしても生活は変わらない……底辺で安定した雇用環境。
まあ、俺みたいな人間ばかりだったらこの会社終わりだけどよ……俺くらいはそんな生活をしてもいいだろう。
今後の予定に希望を持ち始めた俺は、未来の厳しい現実に悩むリーネとは違い、周囲を見回す余裕があった。
だから俺はそのボソッと呟かれた言葉を聞き逃すことはなかったのだ。
「俺もいろいろと手を尽くしたのだが……どうにも昨今の状況悪化もあって代表も意見を変えなんで」
嘆くような立花は今、聞きずてならないことを言ったぞ。
いろいろと手を尽くした……?
「立花さん……」
「なんだ?」
俺が突然、声を挙げたのをびくっと、電気ショックを受けた様に痙攣する立花。
それで俺は確信がいった。
「もしかして余計なフォローを入れて事態を悪化させませんでした?」
そんな訳ないだろう。
お前は何を言っているのか
貴様、無礼だぞ……。
そんな言葉を予想した俺だが、そんなことはなかった。
沈黙が続く。
それが十秒、三十秒、一分と続くうちに、ついにリーネが気付いてしまった。
「ハゲ……?」
目にも映らぬ縮地のような動きで、リーネが立花の後ろに回る。
覆面に手を入れて、何かトウモロコシのヒゲみたいなものを、わしづかみ。
それ……髪の毛ですか?
「よく考えてもみよ……俺が上司と円滑にコミュニケーションを取れる男ならば、こんな閑職でくすぶってはおらん」
「言いたいことはそれだけか」
威厳溢れる低音ボイスで一瞬、この男を尊敬しかけた俺だが、内容を改めるに最低以外の何物でのなかった。
こいつ、ダメ上司だ。
実力もないのにコネ就職で入り、その果てに見当違いの企画を考案、ゴリ押しして周囲に大ダメージを与えるタイプだ。
「ムシってやる……そんな申し訳程度の千切りキャベツなんて捨ててやる」
「止めろ……お前は何をしているのか分かっているのか!!」
立花がリーネにお仕置きされている中、俺は書類を眺める。
内容は今回の香具山で、俺ら三人がどれだけ不甲斐なかったかを示す内容が六割。
くどくどと書いてある。
そして罪状の様に書かれている強制労働と軍事訓練。
報告書を書いたのは……滝沢部長。
あいつか……商談相手の穂乃香をぶん殴り、八つ当たりで陽菜を殴ろうとしてリーネに撃退されたあのバカ部長。
今回の懲罰は、性格通りの陰湿な復讐という訳か。
(あいつ……どうにかして失脚させられないか)
資料には、奴も今回の訓練に参加(懲罰を与える側で)するらしい。
いい加減目障りだし、これからも粘着されるといろいろと危険だな。
ご退散願おう。
俺は次にもう一人の懲罰者の名前を見る。
特別顧問・東条家近衛衆長 赤崎。
「ああ、お前は記憶を失っているんだったな」
俺はなんとかリーネから逃げ延びた立花に赤崎について聞くと、ちょっと洒落にならない情報が転がり込んでくる。
「そいつは、あの東条 彩春の護衛隊長でな、お前の事毛嫌いしていた……お前を危険な手術に彩春に無断で送り込んだのもそいつでな……今回、様子を見たいとかで無理やり入り込んだようだ」
え……何そのピンポイントに俺を危機に陥れる人間は。
というか、そんな無茶苦茶許されるの?
役職から、カンパニーとは無関係ですよね。
「気を付けろ……そいつは彩春の幼馴染という一点で側近になったという食わせ物だ、あの河野グループとも仲が良い……部外者だからと言って、適当に接するとカンパニー内でも立場が悪くなるぞ」
何をしても立場が悪くなる俺としてはそれはどうでもいい。
だが河野という言葉がひっかかる。
復讐を決意してボロ雑巾となった後。
ファッション復讐に切り換えた所で奴らに近づくチャンスがあちらからくるとはこれいかに?
これは……神の啓示か、運命か?
なんてな……。
ともかく俺としては他にすることがない。
せいぜい、このイベントを愉しむとするか。
「これから三人協力して危機を克服……」
「誰のせいだよ」
ブチっと怖気を振るう音が研究室に鳴り響く。
リーネが情けを掛けたのか、抜かれた髪の毛は十本ほどだった。




