たった一人の刀使・一
村・郊外―――
「ところで陽菜さん……どうやってゴブリンの居場所を見つけるのですか?」
シュバババ……と効果音を付けたくなるような俊足で、陽菜の首無し式神が三方に散る。
彼らはこの村を襲うゴブリンを捕えるべく、夜の闇へと向かったのだ。
「ゴブリンが村という自分達よりも大きな動物、それもたくさんいる場所に襲撃を掛けるという事は、どこかに準備を行うための巣があるはずです」
「意外と知能が高いのですね」
陽菜は自分が式神を出した時よりも自信満々で、どこか誇らしげに一体の、人の顔程の大きさの人形を取り出す。
どこから出したのか……恐らくはそれも式神の類なのだろう。
ただそれにしても不細工な人形だった。
ぱっと見、サルにゾンビウイルスを感染させたような奇怪な動物。
子供にプレゼントとして渡したら、泣かれそうな人形だった。
「私たちにとっては不細工な人形ですが、美的感覚の違うゴブリンには愛らしい人形に見えるそうです」
「そうなんですか?」
「ええ、これを周囲にバラまけば、この人形に魅了されたゴブリンが、「なんと今日は運がいい……持ち帰ろう」と言って巣に持ち帰ります」
人形劇のようにゴブリンの物まねをする陽菜。
芸が細かい……なぜそんなところまで頑張ってしまうのか……俺には彼女の底知れぬやる気に疑問がつきなかった。
「そして一定時間が過ぎると人形に埋め込まれた術式が発動……巣の内部を汚染してゴブリンたちを呪い状態にします」
「なんですか、そのアリコロリみたいな陰湿なマジックアイテム」
「またこの人形の位置情報は私に伝わるようになっていますので、仕上げとして私が現地に赴いて術を強めると、ゴブリンは一族郎党皆殺し、見事族滅にすることができるということです」
俺の突っ込みを無視しつつ、陽菜がシュッと拳を前に突き出す。
なんとも恐ろしい女だ……族滅って、戦国時代でもそうそう聞かないぞ。
まったくこの世界のゴブリンはいったい人間にどんなことをしたと言うのか。
何故そんな残虐な仕打ちを受けなくてはいけないのか。
それとも、カンパニーの研究部門にはゴブリンスレイヤーでもいるのだろうか。
「陽菜……キャンプの準備が終わったぞ」
俺が説明を受けているうちに、リーネはここで夜を明かす準備を終えていた。
どこからテントやらなんやらを……と考えたが、すぐに正解は分かった。
あらかじめここに機材が準備されていたのだった。
恐らくはカンパニーの人間が俺らのために用意したのだろう。
テントの端についている布に、ここにテントを立てた時間が記入してあった。
お昼ごろ……か。
「ユキ……サボりの代価は大きいぞ」
「後できっちりと返させてもらいます」
特に何かしたようには見えないのに、意地悪そうな顔をするリーネ。
何か言ってやろうかとも思ったが、俺は大人なのであえて受け流す。
どのみち仕事はしなくてはいけないのだから、その過程で徐々に返していけばいい。
特に問題などないのだ。
「では二人で交代して見張りを行ってください」
「陽菜さんは休まないのですか?」
「私は術を扱う以上、意識を失っている状態は好ましくありません……大丈夫です、私は一日3時間寝れば支障なく働けますから」
「私は食べるものを食べていれば二日は連続で働けるぞ……休むときは休むけど」
二人の体力自慢?に俺の胃の温度がグググっと下がっていく。
若いっていいなあ……ではなく、それは止めた方がいいと全力で止めたくなってくる。
寝ろよ休めよ……そんな生活続けると30過ぎぐらいからボケてくるぞ。
……俺が言っても止めないだろうし、多分俺もこれから同じ条件で働かせられるのかもしれないが。
「先に休みますか……シラユキさん」
「いや、私はこのまま朝まで頑張りますよ」
とりあえず俺はやる気があるところを見せておく。
ブラック企業に勤めていた経験上、こういう社畜上司どもには変に難癖をつけられないよう真面目なところをアピールするのがいいと俺は知っている。
何事も全力で職務に邁進し、隙を見てサボって体力と精神力を温存する。
それができなければ死だ……もしかすると俺は現代版歴戦の勇士なのかもしれない。
先の二人の発言で俺の中の社畜スイッチが入り、諦めという弾丸が心に打ち込まれた。
もはやこの命尽きるまで、社畜道を邁進するのみ。
何事もダラダラ過ごす俺にしては珍しく覚悟を決めたのだが、どうにも二人の反応は鈍い。
陽菜が何処か心配そうに顔を覗き込んでくる。
「あまり無理をしなくていいですよ……シラユキさんには出来るときに仮を返してくれればいいですから」
いや、後に回しても返す当てはないですよ……とはさすがに口には出さないが、兎にも角にもこういう見当外れの期待は止めて欲しい所。
勝手に期待されて後で失望されるのも嫌だが、期待に応えてしまうのもそれはそれで嫌なのだ。
なぜかは知らないが嫌なのだ。
失望のため息よりも、賞賛の拍手の方がストレスがたまる。
なんでこうなってしまったのだろうか。
そんな益体もないことを考えていたせいか、どうやらうっかり表情に出てしまったらしい。
ふと陽菜を見ると、彼女は目を細め、どこか不機嫌そうな顔をしていた。
いつも笑顔と言う無表情の彼女にしては珍しい。
「期待されることが苦痛ですか……褒められることが嫌いですか?」
「いや、そういう訳ではないです」
心を見透かされるようなその目に、ドキリとする。
もしかすると、俺の心はシラユキという少年の身体に引きづられているのかもしれない。
どうにも17歳くらいの陽菜が年上のような気がしてならない。
「シラユキさんはただ慣れてはいないだけですよ……これからは私がいっぱい褒めます……そのうち耐性がついて褒められることが嫌ではなくなるでしょう」
「え……は?」
思わず俺は地が出ていた。
この、この女は……なんというストレートな恥ずかしいセリフを……後で後悔するぞ、黒歴史になるぞ。
俺の驚愕に、自分が言った事を正しく理解したのか、ほんのりと陽菜の頬が赤くなる。
だが彼女結局、発言の撤回はしなかった。
あくまでこのまま押し通る気らしい。
なぜだ、どういうことだ……これは罠だ、俺を陥れて笑いものにする罠だ。
「……あんまり調子に乗るなよ」
頭に圧迫感がある。
何か細長いもので締め付けられている。
痛い……これは指だ、リーネの指だ。
俺は今彼女にシャイニングフィンガーされている、このままではヒートエンドしてしまう。
やめろリーネ。
もしかして俺は生涯(もう一度死んでいるけど)一度のモテ期かもしれないのに。
もう次のモテ期は何度か生まれ変わらないとないかもしれないのに。
邪魔をするな。
俺は俺の喜びを邪魔する腹ペコ割烹着を追い払うべく、魔術を行使しようとする。
確かこのシラユキは、夢?で黒いナイフのような術を使っていたはず。
彼の身体を乗っ取っている俺にも同じことができるはずだ。
ナイフを、黒いナイフをイメージする。
そうすると心臓ら辺がカッと熱くなり、体内の血流が増加したような錯覚が起こる。
同時に身体から何かが抜けでるような……俺という殻を破り、何かが俺の背中に漏れ出すような奇妙な感覚。
ドロドロとした不定形の何か……それはしかし、形にならずに突如として霧散する……失敗だ。
俺は何らかの魔術の行使に失敗したらしい。
「あ……」
呆けたような声が後ろから聞こえた。
振り返ると陽菜の右手からタラリと赤い液体が流れていた。
血だ……。
え……もしかして俺に好意を見せると流血するの?
そんな身体しているの?
それか、俺は好意を見せた相手に呪いをかける仕様なのか。
だがそんなくだらない理由では勿論なかった。
彼女の不調は、もっと差し迫ったものだったのだ。
「……式神が破壊されました」
「リーネさん!!」
恐らく陽菜よりも身体的な感覚が鋭いであろうリーネに俺は呼びかける。
俺の予想は当っていた……彼女は先んじて危機を察知していたのだ。
「前からは獣の匂い……ゴブリンの集団、数は数十……それと鈴の音が聞こえる」
リーネの顔ははっきりと彼らを嘲笑していた。
これから現れる者達を、心底憐れんでいた。
「後ろからは金属……刀だな……話し声から秋虎率いるゴロツキ軍団……数は十数人……私が分かるのはそれだけだ」
「十分です……例えその倍の数だとしても私の敵ではありません」
いつもと変わらぬ笑顔で陽菜が彼らの不幸を淡々と告げた。
詳しくは分からないが……ここは、むしろ襲撃を掛ける秋虎たちが返り討ちに合ってひどい目に合う場面であるらしい。
もしかすると秋虎ニートは大怪我を負うかもしれない……あるいは殺されるかもしれない
だが俺はそれを恐ろしいとは思わなかった。
死を知るのは二度目……自分の死という経験を積んだ俺は妙に冷静でいられるのだ。
誰かが殺されるのも、あるいは自分たちが殺されるかもしれないのも、もはや目新しい経験ではないのだ。
「よう、カンパニーの社畜ども……お前ら残念だったな……だがお前らが悪いんだぜ、俺に逆らったからこんな目に合うんだ」
そうして俺たちの前に秋虎が姿を現れる。
恐らくは、その選択を彼は生涯に渡って後悔するだろう……そんなことを俺は思った。




