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間章・秋虎

とある村・夕刻―――


「おら、徴収だぜ!!」


 シラユキら三人がゴブリンの調査に向かっていたのと同じ頃、秋虎とその舎弟たちはようやくその日の活動を開始し始めた。

 昨晩は朝まで浴びるように酒を飲んでおり、実のところ、陽菜と会っていた時は二日酔いで頭と身体の動きが鈍かったのだ。

 ようやく酒が抜けた彼らが初めにやったこと。

 それは昨晩の散財分を村人から巻き上げる事。

 秋虎にとって、村の住人は財布代わりでしかなかった。


「いるんだろう……」


 なおも鞘に納めた刀の柄で戸を殴りつける秋虎。

 幾度となく続けられるノックは戸を壊しかねない程であった。


 戸を壊されてはかなわない。

 根負けしたのか顔だけ出せるくらいの隙間が空き、中から60ぐらいの老婆が険しい顔を覗かせた。


「帰っとくれ……あんたにあげられるほどの物はないよ!!」

「……手前、それがゴブリンからこの村を守っている俺に対する態度かよ」


 老婆の無礼な態度に我慢の限界を超えた秋虎が、刀の柄を隙間に差し込み力づくで戸を開け放つ。

 そこから覗く家の中は村長こと、秋二郎の家と比べても哀れな程寂れた中身だった。

 竈以外に物はない。

 およそ、動かせるものは何もかも売り払われた伽藍洞の中身。

 だが秋虎とて馬鹿ではない。

 この村の住人が意外にしたたかで狡猾であることぐらい承知している。


「で……へそくりはどこに埋めたんだ?」

「……何のことさね」

「とぼけるな、ババア……これじゃあ遠からず飢え死にするような状態じゃないか……そこまで追い詰められているようには見えねえな」


 老婆の腹の脂肪をプニプニと触りながら秋虎が嘘を看破する。

 秋虎は本当に飢え死にするような家を見知っている。

 それに比べればこの女はまだ余裕がある。

 つまりは巻き上げても大丈夫な家だという事だ。

 もっとも……それは彼の手前勝手な理屈でしかないのだが。


「どうしても金を出さないのなら、孫娘に俺の相手をしてもらおうか……確か10代の、尻の大きな女だったよな……田舎の野暮ったい奴だがそれなりには愉しめるだろう」


 秋虎が下卑た笑みを漏らす。

 彼は自他ともに認める女好きであり、この村からほど近い、大都市・相州ソウシュウの遊郭でもそれなりに知られた名前であった。

 

 彼はこの村で巻き上げた金を集め、遊郭に一人赴くこと日課としていた。

 玄人を自認する彼は遊郭特有のねっとりとした空気を味わうべく周囲を周回、その客層やそこに務める遊女の姿を眺めながら一人酒をたしなむのを愉しみにしていた。

 退廃したその空気はこの寂れた村では味わう事の出来ない都会の空気であり、それを味わうことで彼は通好みを自称しているのだ。

 数多の快楽と欲望が渦巻く男女の巣……本当の所がどんな物なのか……入ったことがない彼は知らない。


「孫娘ならもういないよ……」

「どこかに就職したのか……働いたら負けだぜ」


 この家の娘について秋虎は思い出そうとする。

 特に尖った所のなく、どこにでもいそうな10代後半の娘であった。

 強いて言えば刺繍がうまく、花やら動物やらの刺繍の入ったハンカチなどの小物を売って家計の足しにしていた。

 だがもうやってはいない……やる気がなくなったようだ。

 そんな腑抜けた娘だったが、それでも何かの手伝いぐらいはできるだろう。

 数日後にやってくる自分が懇意にしている人物……その相手ぐらいは務まると秋虎は踏んでいた。


「奉公だよ、西から来たあの商人……背の高い眼鏡をかけたニコニコした青年に連れて行って貰ったよ」

「ババア……孫娘を教国の奴隷商人に売ったのか」


 秋虎が忌々しげな顔で老婆を睨む。

 敗戦よりこの方、ムスペルハイム教国の奴隷商人が和人の買い付けに来るようになったのだ。

 落ちぶれたとはいえ、かつてこの大陸を主導していた和人。

 特に異世界人ナグルファルとその血を引く者は高く売れるのだそうだ。

 和人から見れば、侵略してきた奴らに身内が連れ去られていくのだから、胸糞悪いことこの上ない。

 奉公などと誤魔化すのも相まって、秋虎はこの老婆からいつも以上にむしり取ろうと考えた。


「私一人なら年金で食っていけるんだけどね……もう一人も養うとなると」


 すすり泣く老婆をしかし、意に返さずに秋虎は家に上がり込もうとする。

 だがそれを舎弟の一人が止めた。

 その顔は、村長の甥である秋虎に逆らう恐怖と、心を苛む良心の痛みに引き裂かれそうになっていた。


「手前……俺を止める気か」

「いや、だけどこれはあんまりで……」


 気弱そうな舎弟の一人に、秋虎は暴力的な快感がうずくのを感じる。

 老婆にぶつけようとしたそれが、そのまま気弱な舎弟に方向を変えた。


「お前、幼馴染の女に狙っているんじゃないのか……その後の生活のためにも金が欲しいだろう」

「……」

「それとも真面目に就職して、50歳までプロポーズを我慢するのか……お前は待てても彼女の方は待ってくれるかな?」


 弱点を的確につくと舎弟はみるみる顔を青ざめて身を縮こませる。

 もはや土下座して秋虎に謝らんばかりの動揺ぶりであった。


 侵略してくるムスペルハイム教国に対抗するため、軍の再編を行うべく増税の特別法案が議会を通ったのは何年も前だ。

 個人にかかる人頭税は、滅私奉公の名の下に凄まじい率に達し……もはや給料の全額を天引きされるまでになっている(この家の孫娘も、小物を売った代金を税として国に全額召し上げられる(つまりは作るだけ赤字)ことから刺繍を止めたのだ)。

 ただしそれではまともな生活など出来ない。

 だからその救済処置として、国が建てた寮に入れば衣食住は保証される……そこまで国は無慈悲ではない。

 

 また、そんな無茶苦茶な状態では経済活動自体が困難になってしまうため、一部の商会や商店では例外として減税されている。

 なおそういった一部の商店に就職するには実力は当たり前として、何よりもコネが必要になるために、一般人には縁のない話である。


「まともに稼げない男なんか見切りをつけて、50歳以上の年金受給者の妾になっちまうかもな、幼馴染は」

「や、止めてくれよ、秋虎さん……冗談じゃない」


 秋虎に抗議した舎弟の心は既に折れている。

 先程の非礼を、慈悲を乞うように情けなく謝る姿に、秋虎の心がスゥーと癒されていく。

 彼は子供の頃、癇癪を起すと玩具に八つ当たりして壊してしまう癖があった。


「よし、意見が統一されたな……おい、ババア金をよこせ……俺の知人を祝う費用と、こいつの妻子を養う費用が必要なんだ」

「……」

「ババアはもう十分生きたろ……ここで死んでも本望じゃねえのか」


 沈黙する女性に秋虎が痺れを切らし、家の中を略奪しかける。

 その蛮行を、女性は一言で止めた。


「あ、あんたはもう終わりさ……」

「何……?」

 

 秋虎の額にヒビのように血管が走る。

 この期に及んでなおも抵抗するその女の無謀さが、秋虎の堪忍袋をキレさせた。

 しかしそれとは別に彼は女の名状し難い自信に不気味さをも感じていたのだ。

 だからこそ……直接的な暴力を躊躇した。

 その躊躇を正確に読み取った女がなおも挑発的に先を続ける。


「村長がカンパニーの巫女を雇ったみたいだよ……ゴブリン如きなんてあっという間に皆殺し……そうなったらあんたはお払い箱……諦めて就職しな……私たちのように50まで真面目に仕事して、それから好きにしたらいい」

「叔父が……」


 秋虎は愕然とした。

 身内である俺を、叔父が切り捨てるとは。

 ゴブリンがいなくなれば自分の存在価値はない。

 お金を搾り取れなくなる。

 だからこそ、今までゴブリンを全滅させない様に気を使ってきたと言うのに。


 なお、例えゴブリンがいなくても単純に恐喝を続ければいいのだが、秋虎はそこまで図太くは生きられなかった。

 彼にも武家の名門・西条家としての、スズメの涙ほどの矜持プライドはある。


「馬鹿な……そんな筈はねえ」

「村長様は、不出来な甥よりも村を取ったということさね」


 勝ち誇ったような女性を睨みつけるが、その視線に先程までの力はない。

 彼と彼女の立場を隔てていた壁には大きくヒビが入っている。


「秋虎さん……きっと陽菜とかいうあの女が村長をかどわかして」

「誰だ?……カンパニーの女か!!」


 舎弟の一言が秋虎を立ち直らせる。

 そうだ……ゴブリンを全滅させられる前にあの女を始末すれば……。


「……悪く思うなよ、カンパニーの女社員」


 今こそ、親より授けられたこの刀を振るうとき。

 血沸き肉躍るその瞬間を期待し、秋虎の身体が武者震いを起こす。

 彼の業、彼の剣は……我欲の下、弱者にのみ向けられる。

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