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ハッピー・バースディ

 今年30歳になる ゆうちゃんへーーー


 ゆうちゃんがニートを脱出して早や五年、いったい何をしていたの?

 朝から深夜まで仕事して、月に20万も稼げないなんて情けない。

 私ももう68歳、お父さんも70歳になります。


 家事も辛いですし、医療費やらその他の費用も嵩んで年金とゆうちゃんの給料だけではとても暮らしていけません。

 ゆうちゃんは育てて貰った恩を返そうと言う気はないの?

 お兄ちゃんは大学法学部を出て今も頑張っています。

 同じく育てていてなんでこうなったのかしら。


 ともかくもう愛想が尽きました。

 私達は知り合いのツテでもっといい場所へ引っ越します。

 あの家も引き払うつもりですから、ゆうちゃんも覚悟を決めてください。


 母・小冬音(コトネ)より


*****


 手紙を読み終えた俺は頭を掻きむしり、ついで手紙をまるで親の仇のようにくしゃくしゃに握りつぶすと、目についた自販機隣のゴミ箱にそのくしゃくしゃになった紙束を放り投げた。


 荒い息を吐きながら、なんとか絞り出した言葉。


「俺の名前は雪月(ゆきづき)だから「ゆうちゃん」じゃなくて、「ゆきちゃん」だろう」


 心底、どうでもいいことだった。


*****


 いったい、なんでこんな事になったのか。

 昔から気侭な性格の母親だったが、おばさん(俺が物心ついた時で既に50近いおばさん)からおばあさんにジョブチェンジしてからそれがさらに酷くなった。

 自分の人生は失敗したと考え、その失敗の代償をなぜか息子に求めるようになった。


 やれ遊行費や医療費が足りない……お金をよこせ。

 家事をするお嫁さんを連れて来いと我儘放題。

 まあ、お金もそんなに振り込んでないし、家事もほとんど手伝っていないが……。


 身体だけは丈夫だから長生きするんだろうな……早く死なな……さすがに母親にそれは不味いか。

 そして俺は缶チューハイをごくりと飲んだ。

 嫌な事を忘れるには酒が一番だ……。


「うまい……やはり氷〇だな」


 今俺は山の中をテクテクと歩いている。

 ブラック企業の最大手と名高い居酒屋チェーンに務める俺にとって休日はどんなものより貴重だ。

 昼まで寝ていても何にも言われないだぜ。

 そこから缶チューハイとビールを飲んで夕方までダラダラ過ごしても携帯が鳴らない。

 最高だ。

 これ以上の愉しみはないだろう。


 それはともかく、そんな貴重な休日を浪費してまでこんな僻地に来たのには理由がある。

 今晩、夜8時から高校の同窓会が行われるのだ。

 会費は一人4000円……氷〇やストロ〇グが何十本も買える凄まじいボッタくりだが、恐らくはもう開かれない(俺が呼ばれない)ことを考えると不参加も選びにくい。

 母親も参加しろと煩かったし……一度だけのことと考えて参加を選択したのだが、早くも俺は後悔していた。


 なぜ、こんな山の中でやる必要があるのか。

 宴会なら、都内の白木〇や和〇でいいじゃないか。

 なんでも幹事の河野彰コウノアキラが自然の素材を使う店がいいとかクソくだらない理由でここを選んだらしい。

 死ね。

 思い返すだけで頭にくる、あの河野。


 高校時代はサッカー部のキャプテン。

 イケメンで成績優秀、当然女にもモテて、今は有名大学を卒業して公務員。

 給料が下がることもクビになることもない特権身分……絵にかいたリア充は社会でも成功する、だ。

 こんなことならば高校時代に実はホモだったとか、ロリコンだとか(根も葉もない)悪評をもっと流して貶めてやれば良かった。

 もう少しうまくやれば俺がやったと気付かれなかったのに。


やあ、おはよう雪月……。


 ある時、誰からも挨拶されることのなかったボッチの俺に挨拶してきたあの男。

 俺には分かる……あれはある種の警告だったのだ。

 ……これ以上俺の悪評を流すならば抹殺する。

 その意思を正しく理解した俺はそれ以上の行動は控えた。

 しょうがない……俺も命は惜しい、相手が悪すぎたのだ。


「ちっ、飲み終わったか……次はストロン〇」


 飲み干した缶チューハイをビニール袋に戻すと、俺は同じコンビニのビニール袋から次の缶チューハイを取り出す。

 自前の車を持っていない俺にとって歩くしかない山中の十数キロは苦行だ。

 それを乗り越えるためにもドーピングとしての酒は必要不可欠。

 ここまでで缶チューハイを十本中、五本消費。

 帰りの分を考えるとこれ以上は消費できないが、しかし途中で力尽きて同窓会に参加できないのは本末転倒だ。


 何、帰りはしこたま飲んだ後だ、酒が切れるまでに山を降りられるだろう。

 そう計算した俺は秘密兵器たる特別な缶チューハイを取り出す。

 ラベルには、「ザクロ味」「AL10%」の文字が光る。

 正直おいしいとは思わないザクロ味……だが特質すべきはアルコール度数。

 他のシリーズがアルコール9%の所、これは10%なのだ。


 他の奴は美味しくないとか何とか言って買わないが、俺は違う。

 正しく商品の価値を理解し、同じお金で得する方を選ぶのだ。

 そう考えると何か、自分が他人より優れているような気がして、ちょっと気分が良くなる。

 肉体的疲労と精神的な疲労の両方を忘れさせてくれる俺の秘密兵器……。

 正直、自分の頭脳が畏ろしい。


「よし、後少しで店に着くぞ……」


 気合十分、足にも力が入った俺は残りの道を歩き始めたのだが……何かの陰謀か、俺の携帯ががなり立てる。

 誰だよ……この忙しい時に。

 苛立たしげに尻ポケットに入れていた型落ちの携帯を取り出してディスプレイを見ると、そこにはつい先日登録した男の名前が。


「河野……? なんでまた」


 表示された名前は河野彰。

 同窓会が終われば携帯の電話帳どころか俺の記憶からも消去される予定の名前が俺のナイーブな心を苛む。


 何の用だ……?

 まさか学生時代の恨みから俺を嵌めたのか。

 店に着くと誰もおらず、ドッキリでしたと立て看板だけが……。

 本当の同窓会は別な場所で行われており、携帯からは愉しんでいる同級生の声が。

 ……思い知ったか、雪月!!

 河野の悪辣な声が聞こえた気がした。

 いや、それはあり得ないだろう……俺みたいな陰キャラに河野みたいなリア充が本気で潰しにかかることなんて。


 手が震ええええる。

 まるで三日禁酒した時のように身体がビクビクと痙攣する。

 恐怖と戦ったのは数分……もしかするともっと短かったかもしれない。

 だが俺はその戦いに勝利し、なんとかコールが途切れる前に電話に出ることができた。



「もしもし……」


 鶏が絞められた時に出る断末魔のような聞き苦しい声が俺の口から洩れる。

 だがそんな勇気を振り絞った声に電話口は無言で応えた。

 何、悪戯?

 やはり奴は俺を嵌めて。


 再び妄想に浸りそうになった俺を現実に引き戻すように、ようやく声が聞こえる。

 十数年ぶりに聞いたクラスメイトの声だった。


「ごめんな……」

「はっ、河野……?」


 なぜに謝罪……?

 そんな疑問が頭をよぎった直後……眩い光が雪月を包む。

 光に片目をやられ、痛みに耐えながら光の方向を見ると……。

 そこにはトラック。

 トラックが、すぐ目の前まで迫っていた。


「おい……おい、なんだ、なんだよ!!」


 何が何だか分からない。

 なんで俺はトラックに狙われているんだ? 

 え、俺はどうすればいいんだ?

 誰か指示をくれ……俺に命令してくれ!!


 縁石も何もないその山道に遮蔽物はなく、おれはそのまま跳ね飛ばされた。

 最期に見えたのは運転席の赤毛の運転手。

 まだ三十代くらいのおっさん(俺と同じくらいか少し上)だが妙に疲れており、赤い髪は枯草のように生気がなかった。

 あいつも俺と同じ社畜か?


 そして視界が真っ暗になった。


「家の事は聞いたよ……お前が一番死んでも悲しむ人間が少ないみたいだ……だから選ばせてもらった」


 河野が俺を嵌めた事だけは理解できた。

 だがそれが分かったとしてなんだ。

 俺はもう死ぬ。

 なんだか良く分からないが、河野の踏み台になって殺されるんだ。


(これで俺は終わりかよ……)


 走馬灯のように浮かぶ光景。

 苛められて不登校気味だった学生時代。

 大学受験に失敗……そしてフリーター。

 そしてフリ―タ―すら失敗して……あげくにニート。

 ニートを脱出して居酒屋勤務……朝から深夜まで働いて、しかし評価されず……挙句の果てに家族に馬鹿にされ……そして家を追い出されることになって。


 負けっぱなし……馬鹿にされっぱなしの人生。

 いつも見る、母親のがっかりした顔。


(なんでこんな人生になっちまったんだよ……)


(ははは……やり直してぇ)


 涙だけが温かった。

 それ以外は全てが冷たい。

 そして俺は死んだ……。

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